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海龍

「どうだ?」


 オズワルはそう告げると、船の指揮所で自分の横に立つオナスへ遠眼鏡を押し付けた。オナスはそれに目を当てると、肉眼ではまだ点にしか見えない何かへ向ける。


 オナスの目に遠眼鏡の丸い円の中、四本の帆柱を立てた巨大な船が、風上となる左手からこちらへ近づいてくるのが見えた。その主帆には見慣れた黄色に輝く十字の印があり、船舷では三段にもなる櫂がムカデの足のように動いているのも見える。


「間違いありません。海龍級(リバイアサン)です。教国における最大の戦艦ですよ。随伴艦は見えませんから、単艦での出撃です。それでも載せられる兵はこの船の倍ではすみません」


「やはりそうか」


 オナスから遠眼鏡を受け取ったオズワルがつぶやく。


「ですが腑に落ちません。海龍級だとしても、ここまでたどり着くだけでも奇跡みたいなものです。この季節のアマリア海へ、虎の子の海龍級を出してくるだなんて、普通では考えられません」


「奇跡について言えば我々もそうだ」


 そう告げると、オズワルはオナスへ小さく笑みを浮かべて見せた。


「振り切るのは無理なのか?」


 同じく遠眼鏡を覗いていたラムサスが、オズワルへ問いかけた。


「風上を押さえられている上に、船足は向こうの方があります。それにこの季節のアラム海とは思えないぐらいに天候に恵まれていますので、スコールの陰に隠れるという手も使えません」


 ラムサスは遠眼鏡を下ろすと、船の中央で不安げに小ザルを抱いているアイシャの方へ視線を向けた。その横では剣の柄に手を置いたクルトが、じっとあたりを見回している。


「向こうの目的はやはりあの娘か?」


「それしか理由は思いつきません」


 アイシャへチラリと視線を向けたオズワルが答えた。


「海龍級と、それに乗った精鋭を海の藻屑にする覚悟で追ってきています。それだけの価値、いや、向こう(教国)からすれば危険があると思っているのでしょう」


「ならば戦うまでだな」


 ラムサスの言葉にオズワルがうなずく。こうしている間にも、教国の戦艦はその姿をどんどん大きくしながら、こちらへと迫ってきている。主帆に描かれた金色の十字も、今では遠眼鏡なしにはっきりと確認出来た。


「とり舵! 帆をたたみ、櫂を下ろせ。両舷全速!」


 オズワルの命令に舵を切った船が、大きな軋み音を立てながら右へ傾き始める。帆桁に並んだ船乗りたちが、ロープをつかんで一斉に飛び降り、帆が一気にたたみ込まれた。船舷(せんげん)からは長い櫂が差し出され、それが水面をたたく音も聞こえて来る。


 ラムサスは手すりにつかまりながら、敵の船の進路をじっと見つめた。オズワルはこちらの方が小回りが効くことを使って、相手の衝角(ラム)を避けつつ横を抜けようとしている。


 しかし風上から侵入してくる相手の船足がそれに勝っており、反対側を回り込み、こちらに同航する進路を取りつつあった。


 どうやら相手はこちらへ乗船攻撃をしかけるつもりらしい。それを見たオズワルが、ラムサスへにやりと笑って見せた。


「我らの女神(イシス)を異教徒どもの手から守るといたしましょう」


 そう告げたオズワルは、腰から歪曲した剣を抜くとそれを空高く掲げる。


「イシス、アマリア!」


「イシス、アマリア、カルタ!」


 オズワルの声に合わせて船乗りたち、いや、海賊へ戻った男たちから一斉に鬨の声が上がった。



挿絵(By みてみん)


「間違いありません。アラン卿から連絡のあった船です」


 遠眼鏡を目に当てた副長のエリクが、船長のカーランドへ声を上げた。遠眼鏡を下すと、帆に描かれた巨大な金色の十字を見ながら、額の前で神への感謝の印を切って見せる。


「しかもここまで無事にたどり着けました。まさに神のお力としか言いようがありません」


「神の力などではないよ」


 そう感慨深げに言葉を吐いたエリクに、船長のカーランドが答えた。歴戦の船乗りであり、教団の大司教でもあるカーランドのものとは思えない台詞に、エリクが驚いた顔をする。


「アラン卿の力だ」


 カーランドはそう一言付け加えると、こちらへ向かう進路を取りつつある敵船へ視線を向けた。その帆柱を二本備えた船は、自分たちの乗る教国が誇る戦艦、海龍より一回り以上は小さい。


 甲板の上では海賊たちが帆を含めた可燃物をしまい、戦の準備をしているのが見えた。無駄と知りつつも、こちらと一戦交えるつもりらしい。それを見たカーランドは、背後の操舵員へ面舵の合図を送った。


「おもぉぉかぁじ!」


 操舵員の声に続いて、その太くたくましい腕が輪舵(だりん)を回す音が響く。それに合わせて、海龍の巨体がゆっくりと傾いた。


「敵の衝角(ラム)にだけは気をつけろ。共倒れになる。それと火矢はなしだ。生死はさておき、アラン卿からは娘の身柄の確保を厳命されている」


「了解です!」


 カーランドの指示にエリクが答えた。そして伝声管と旗を使い、その指示を甲板長や、海兵長へ伝えていく。カーランドは船が暴力の体現者たる準備を終えるのを満足げに眺めた。


「海兵の指揮はまかせる。櫂が絡む距離に入り次第、すぐに架橋で相手の船を固定して、娘を確保しろ」


「娘以外の者たちはいかがいたしましょうか?」


「捕虜はいらない。皆殺しだ」


 カーランドはエリクの問いかけにそう答えると、おもむろにその左手を上げた。海龍の巨体が同行する敵船へ近づいていく。


「乗船戦闘用意!」


 エリクの声に甲板にならんだ長弓隊が弓を掲げた。船舷から突き出るように設置されたバリスタ(槍投機)が槍を装填し始めるのも見える。


 カーランドは相手の船の指揮所を眺めた。かなり太めの船長らしき男が、剣を片手に指揮をとっており、その指揮の元で動く相手の動きは機敏だ。


 だが火力も戦闘員の数にも圧倒的な差がある。この海から生きて帰るのに比べたら、あの程度の小舟を沈めるのは大した問題ではない。娘の確保できれば、帰路もアラン卿の加護により、無事にマーカスの港まで戻ることができるだろう。


 できなければ、自分たちも海の藻屑となり果てることになる。カーランドは、船の帆柱の先にいる黒い点をちらりと眺めると、掲げた左手を前へおろした。

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