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7 小さな勇気と大きな軌跡

「今日は天文部に協力してくれるということで、集まってくれてありがとうございます」


 待ちに待った土曜日。

 無事に生徒会室に学年が違う六人の女の子が集まった。

 私と(あかり)、幼馴染の二人、そして天文部から部長の冨波冬華さんと、星那ちゃんだ。

 音頭をとったのは星那ちゃん。

 冨波さんは今日はサポートに徹するらしい。


「どういたしまして」


「遊びにきただけだけどね」


「ルールはなんとなく覚えてきました」


「ごめんなさい。アタシは結構うろ覚えです」


 本日実施するのはTRPGと呼ばれる遊び。

 月に建前は大事と言っておきながら実際は建前でも遊びだ。

 休日、学校に来てまで遊ぶ理由が天文部にはある。


「あの、これ本当に国立天文台が作ったんですか?」


 ビッグネームの威を借りる。

 国立、つまり税金で賄われている組織が開発(もちろん本命プロジェクトの外で)している遊びをするだけなのだから大義名分は通り易い。

 ちなみに休日の活動申請は生徒会で承認した。

 生徒会室も天文部室も使い放題だ。


 広いからという理由で生徒会室が集合場所に選ばれた。

 長テーブルを挟んで二人用ソファーが二つ。私の隣はもちろん月だ。

 向かいには一年生の幼馴染達。

 このくらいの距離感でリラックスできる関係ではあるらしい。


 私は月とこのくらいの距離で安心できるようにようになるのにどのくらいかかったかな。

 意外と早かった気がする。

 むしろ出会って一年半の私達の方がおかしいのかもしれない。


「そうだよ。『サンドキャッスル』って言うの。まあ普段の仕事が忙し過ぎるらしく日本語版がまだないんだけどね」


「え、でもこれ」


「これは(あかり)先輩と茜先輩に翻訳してもらった奴です。二人は英語ペラペラなので」


 バッとこちらを見る幼馴染's。

 そこまで驚かれるようなことでもないんだけどね。


「私達が翻訳しました」


「英語版ないの? 挿絵とかはあれにしかないよね」


 表紙や挿絵を入れて84ページ。

 それなりに量があったし、TRPGあるあるなんて全然分からないから正しく翻訳できた保証はない。

 そもそも技名とかは直訳無理だったし。


「英文を見ると頭痛がするので持ってきていません」


「生徒会として恥ずかしくないようにみっちり英語の勉強見てあげるね」


「あー。えー。……ほら、私だけ教えて貰うのはフェアじゃないと言いますか」


「任せて。天文部員全員面倒見るよ」


「息ピッタリですねお二人とも!!」


「「当然」」


「わーん。ありがとうございます」


 お悩み相談室に天文部がこの案件を持ってきたのは年度末のこと。

 翻訳サイトで訳しただけの資料を元に強行して遊んだのだ。

 ただ、身内で遊ぶ分にはそれでも良かったのだけど、外部に実績として残すには翻訳作業は必至。

 お世辞にも英語が得意とはとても言えない天文部の面々に変わって私達が翻訳した。


 日本語版はまだまだ出る気配がない。

 私だって待ち遠しくないといえばウソになるけど、天文台の人が単なる遊びに時間を取られ過ぎるのもどうだろうということで気長に待っている。


「国立……って日本で良いんですよね。英語しかないんですか?」


「アタシも気になります」


「もちろん日本の組織だよ。海外拠点も多いけどね。英語と日本語、両方開発しなきゃいけなくて、英語を優先したらしいよ」


 このTRPGを開発した責任者が動画サイトで理由を投稿していた。


「リモートでも遊べるコンテンツとしてTRPGを選んだんだって」


 私はTRPGというものをそれまで聞いたこともなかったけど、飛び入りで参加して普通に楽しめた。

 初心者でも楽しめるように設計されていることは強調されていたし、二人も充分楽しめると思う。


 そしてまだ馴染めていない一年生の方を向いた。

 初心者へ事前説明はしたけど実際やってみるまで分からないことも多いと思う。

 私の場合もルールより先に実戦だったなぁ。


テーブルトーク(T)RPG。二人は初めてなんだよね」


「「はい」」


「私も月も二、三回やっただけだからそこまで気にしなくて良いよ」


「でも、ルール間違えたらと思うと……」


「大丈夫。私今からルール違反するから」


「あ、私もだよ」


 TRPGはキャラクターを作成して、そのキャラクターになり切って遊ぶ。

 その自由度は電子ゲームとは比べ物にならない。


 GMとPLが納得するならルール改変くらい朝飯前。

 いや、流石にシナリオ開始前の話ね。

 始まってからも改変する機会はあるかもしれないけど、遊び始める前が一番だ。

 大富豪(大貧民)や麻雀で開始前にローカルルールを確認するのと同じレベル。


「事前にキャラクターシートは作ってくれましたか?」


「はい」


「アタシも……計算も合ってるはずです」


 チラッと確認。

 大丈夫。合ってる。

 後方火力のはずなのに前衛ステータスに振ったアカリみたいに変な構成になってたりもしない。


「ありがとう。で、先輩達の要望でちょこっとルール追加しました。先輩達のキャラは普通に作ったキャラより強く……。強く? ……できることが増やしたから、二人にも追加で強化案を持ってきました」


 まさかできること増えたのに弱くなるとは思わないよね。

 私も月から聞いた時はびっくりした。


「こんなことしたいって要望あれば聞くけど、多分難しいと思うからこっちでいくつか強化案が書かれたカード作ってきたよ。思いつかなかったらこの中から一枚選んでね」


 今からやるのはただの()()()()

 TRPGなんて大仰な名前がついているけど、そんな大層なものじゃない。


 やりたいことをやる。

 ごっこ遊びはそれでこそだ。

 好きなキャラを演じる、それも自分で一から作り込んで遊ぶままごとにハマってしまった。


「あ、これ面白そうなんでアタシはこれにします」


 金子さんがカードを一枚選ぶ。

 星那ちゃん謹製のカードに書かれたオリジナル技を使えるようになる。

 ちなみに私と(あかり)のカードはもう既に渡された。

 提案したの昨日の夜なのに仕事が早い。


「あ、迷ってるならダイスで決めるのもアリだよ」


「世の中にはダイスで決めたことは絶対、なんて言ってダイス教の人もいるくらい」


 決めあぐねている立花さんに星那ちゃんが助け舟を出す。

 冨波さんもそれに乗った。

 天文部の二人はとりあえずダイスを振って決めるタイプ。

 私はどっちかと言うと自分で決めたいなぁ。


「じゃあサイコロ振ります」


 ころころ……


「あっ」


「あっ」


「え?」


 二人の微妙な反応に怯む立花さん。

 いや、そんなカードあるなら最初から抜いておきなよ。


「あー、いや、ある意味最強カードだよ」


「初心者向きと言えば初心者向け」


 フォロー……なのかな。

 いったいどんなカードを作ったんだと興味を惹かれて確認する。


***************************


小さな勇気と大きな奇跡


セッション中、ロールプレイを積極的に行うとGMは必ずボーナスを与える。


***************************


「ぁのぅ……これは?」


「ロールプレイしたら高補正。つまり、このTRPGという遊びの本懐とも言えるカードだよ。ようはこのキャラクターになり切ればなり切っただけ結果がついて来る」


 最強になるか最弱になるかは立花さん次第。

 せっかくTRPGをするのだからロールプレイをする必然性をあげるためのカードがあるのは当然といえば当然だった。


 ……私ダイス振らなくてよかった。

 ロールプレイは好きだけど、それがないと強くなれないのは困りものだ。

 私は金子さんが選んだような単純強化した方が好み。

 できればキャラの強化は不確定要素が入らない方が良い。

 だいたい、ロールプレイで判定におまけしてもらうのは普通だ。

 これはそれを大袈裟に書いてあるだけ。


「どうする? 気に入らなかったら変えても良いよ」


「でも、ダイスで決めたことは絶対、なんですよね」


 そんなこと言ったら天文部の二人に好かれちゃうよ。


「その覚悟やよし」


「潔い。その通りだよ」


 ほら。


「別に毎回毎回ロールプレイする必要はないよ。どうしても成功させたい時だけで良いんじゃない?」


「そうですね。ちょっと意識して心掛けるくらいにしておきます」


 (あかり)のアドバイスで方針が決まった様子。


 うん。

 別に無理する必要は全くない。

 楽しく遊ぼう。


「言ってた通り七夕のおはなしです。なので七夕について最初にちょっと紹介していきますね」



***************************


七夕たなばた伝説は、昔の中国で生まれました。


天空でいちばんえらい神様「天帝(てんてい)」には、「織女(しょくじょ)」という娘がいました。織女は神様たちの着物の布を織る仕事をしており、天の川のほとりで毎日熱心に(はた)を織っていました。遊びもせず、恋人もいない織女をかわいそうに思った天帝は、天の川の対岸で牛を飼っているまじめな青年「牽牛(けんぎゅう)」を織女に引き合わせ、やがて二人は結婚しました。


結婚してからというもの、二人は毎日遊んで暮らしていました。織女が機を織らなくなったので、神様たちの着物はすりきれてぼろぼろになり、牽牛が牛の世話をしなくなったので、牛はやせ細り、病気になってしまいました。


これに怒った天帝は、二人を天の川の両岸に引き離してしまいました。しかし、二人は悲しみのあまり毎日泣き暮らし、仕事になりません。かわいそうに思った天帝は、二人が毎日まじめに働くなら、年に1度、7月7日の夜に会わせてやると約束しました。


これが、現在私たちがよく知っている七夕の伝説です。



国立天文台(NAOJ)ホームページ

質問3-9)七夕について教えて   から抜粋

***************************



「これは天文学や科学の広報普及活動のための利用と言えなくもないので国立天文台は使い倒します。著作権の範囲は分かりませんが肖像権やパブリシティ権の影響がないとか商品化しないとかの基準はクリアしてます。サンドキャッスルがそもそも国立天文台のものなのであんまり関係ありませんが」


「誰に言い訳してるの?」


「著作物を使うのって緊張しません?」


 分からなくもないかな。

 テストプレイが終わったらシナリオをアップロードするらしいし頑張って欲しい。


「コホンッ。世界観が完全に合っている訳ではありませんが、サンドキャッスルにも織姫と彦星がいます。だいたいこの話と同じような経緯をたどって天の川の対岸に住んでいます。年に一度、七夕の日に会える約束をしています。詳しくは本人達に直接訊いてください」


 星那ちゃん(ゲームマスター)が開始を宣言した。

織姫と彦星はサンドキャッスルの公式キャラクターではありません。

別の世界線ではこことは違う織姫と彦星に出会う可能性があります。


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