5 立花胡桃の相談
生徒おなやみ相談室。
茜が気まぐれで始めた生徒会主催の企画で、今ではそれなりの知名度を誇っている。
その名の通り悩みを抱えた生徒の相談を聞く場を設けている。
実は星那ちゃんともこの関係で知り合った。
「いやー。実は茜を生徒会に引き込むために無理やり通した奴なんだ」
月の爆弾発言で衝撃の事実を知る。気まぐれどころじゃなかった。
え、そんな時から私のこと好きだったの?
一年生の、まだ関わって一ヶ月しない内じゃない?
「あ、この時はまだ茜を好きとかじゃないよ。星那なら分かってくれると思うけど、茜が三日手伝ってくれるだけで溜まってた仕事が一気に進んでね」
「あー。そりゃそうですよね。なるほど。確かに引き留めたいですよね」
「えへへ。茜は生徒会が忙しいから手伝ってくれた。なら、暇になっちゃったら縁が切れちゃうってね」
「多少忙しくなろうがそれで茜先輩が手伝ってくれたら儲けものって事ですね。そこはかとなくヤンデレっぽい思考ですが」
「茜が全肯定してくれるから調子に乗っちゃうんだよ」
「あー」
「私の所為みたいな言い方不本意なんだけど?」
「そういうことは私の提案を一度でも断ってから言ったら?」
「断る理由ないのに断る訳ないじゃん」
「そういうとこだよ」
え、私ってそんな感じ?
いやいや、普通だよね。
「そういうとこですよ」
星那ちゃんにも言われてしまった。
分が悪い。
この前の新婚三択も結局やってしまった。
週末遊びに来た月と一緒にご飯を作って食べ、一緒にお風呂に入ってシャンプーとかしてもらい、一緒の布団で絵本を読んでから寝るというフルコース。
最近の絵本って大人向けのも沢山あって、高校生の私達でも没入できて凄く楽しかった。
いや大人向けってそっちの意味じゃない。もちろん何もなかった。
何もしてくれなかったし、私からする理由もなかったから当然と言えば当然。
私達女の子同士なんだし、一緒にお風呂くらいで何かした内に入らない。
そもそも修学旅行で経験済みだしね。
話題に出したのは当然お互いの嗜好について。
結局今も意見は合わないけど、恋人をやめる気は私も月も全然なかったことだけは確認できた。
一晩語り合って収穫と言えばそれくらいだ。
「ちなみに生徒会の参加率が悪いのは私が茜と二人っきりになれるように画策していた名残です。好きになってからの話ね」
「通りで途中から私がくる時に限って月しかいないと思った」
「え、じゃあ私席外してた方がいいですか?」
「もう恋人になれたから大丈夫」
「それにもう時間だよ」
私の言葉が終わるか終わらないかくらいのタイミングでノックの音がした。
――コンコンッ
「どうぞ」
おなやみ相談室、今日のお客さんの登場だ。
「立花胡桃です。陸上部のマネージャーをしています。よろしくお願いいたします」
来客用のソファーに座ってもらい、自己紹介を済ます。
と言っても月はこの学校で有名人だしメインになるのはやっぱり依頼人の方だ。
「一年生? 学校にはもう慣れた?」
第一印象は気の弱そうな娘。
月より背が低くて、少し大きめの制服を着ていてつい最近まで中学生だったのがすぐ分かる。
髪は私と同じくらいの長さでストレートにおろしている。
私の方は月に遊ばれてなんか編み込まれた。
後ろに大きくまとめられていて、これなんていう髪型なんだろう。
「はい。ありがとうございます。私女子高って初めてで」
初々しい。
私もこんな感じだったかも。
いや、一年生の春はまだ生徒会を訪ねる勇気はもっていなかった。
私が生徒会と――というか月と――関わりだしたのは一年生の秋のことだ。
「それで、相談って?」
月の交友の範囲内だったらある程度分かる時もあるけど今日はそうじゃない。
私も月も初めましてだ。
学年が違うし星那ちゃんも同じだと思う。
「生徒会長さん。こんなこと言うのは失礼かもしれませんが……」
立花さんがいったん口を開くが申し訳なさそうにもじもじと言葉を止めてしまった。
よっぽど言いづらいことらしい。
「あの!! 彼女を毎日生徒会室に連れ込んでいるって本当ですか!?」
「ッブふァッ」
固まったのは私と月。
噴き出したのは星那ちゃん。
どうしよ。
え、一年生の間ではそんなことになってたの?
「ち、ちなみに二年生の間でも同じような噂話ありますよ。私何度か訊かれました」
笑いを堪えながらなんとか言葉を発する星那ちゃん。
そんなに面白いか他人の恋バナはそりゃおもしろいでしょうねえ。
「てことはやっぱり本当なんですか?」
「答えてあげたらどうですか、お先輩方」
星那ちゃんがニヤニヤこちらを見てくるけど、明らかに先輩に対する敬意とかが存在しない。
別にそれだけならいいけど私達のことを見てて面白いエンターテインメントのように扱われるのは流石にどうかと思う。
メリットはもう消えちゃった。
「連れ込まれてないよ。彼女なのは事実だけど去年生徒会に結構関わっていたからその名残」
「毎朝生徒会室に来てっておねだりすると聞いてくれるの」
そう考えると連れ込まれてるのかな。
特に何かされてる訳でもない(キス直前までいったあの時は例外)から違うかな。
「そうですね。どっちかというと月先輩より私の方が構ってもらっているかもしれません」
「む。それちょっと私不満」
「生徒会長さん、ちょおっと良い子にしててね」
「はーい」
ヨシ。
月に好き勝手されると話が進まないから少し黙っていてもらおう。
「ちなみに生徒会室でも三年生の教室でもこんな感じなんで噂の出処辿るときっと本人達ですね」
傍から見たらバカップルなんだろうけど実態は全然違う。
そのことに内心グサリとくるものがあるけど、きっと月は私の比じゃない。
「それで、その噂は(一部)本当だけどどうしたの? 今日の相談と何か関係がある感じ?」
月の口を封じてしまったので私が話を進める。
いきなり変なことを訊かれたけど普段の行いを見直すいい切欠にしよう。
「あのぅ」
立花さんはもじもじしながら言葉を詰まらせる。
人に相談しにくいことかな。
今までずっと麻痺してたけど、本来生徒会でもない私がここにいるとまずいのかも。
秘密を守るという信頼は生徒会の人間と一般生徒でだいぶ違う。
去年はそれでも生徒会業務をいろいろしてたからそうでもなかったけど、今はもうほとんど生徒会で本を読んでいるだけだ。
「あ、ひょっとして恋愛相談ですか? 相手は同性の」
「……うぅ。はぃ」
消え入りそうな声で、それでも肯定した。
どうやら内容的に私が居ても大丈夫そうな相談内容だ。
ただし恋愛系はホント駄目なんだよね。
資格はあっても資質はない。
「相手は? 誰ですか?」
星那ちゃんが目をキラキラさせながらぐいぐいいく。
こういう話好きだねぇ。
「幼馴染……です。昔からずっと一緒で、高校はクラス離れちゃったんですけど、同じ部活に入ってます」
「ほほぉ。それで告白したいけどいろいろ不安がある。入学した高校で先輩が似たような境遇で話を聞きたい、と」
「そうなんです! 入学する前は女子高だしひょっとしたら、と思ってたんですけどまさか生徒会長さんがそうだったなんて」
「去年までは大人しかったんですよ。でもこれからここの校風は百合の花があちこちで咲き乱れるかもしれませんね」
月、助けて。
アイコンタクトで救援を呼ぶ。
「それで、相談内容は何かな? 告白のサポート? 相手の身辺調査? 私達にもっとイチャイチャして欲しい?」
私の言うことを聞いて律儀に良い子にしていた月の封印を解く。
でも最後変じゃなかった?
「お話を聞きたかったんです。女の子同士でも上手くいくのかがとっても不安で」
「私席外しましょうか?」
「なんでー。混ざろうよ」
星那ちゃんが気をきかせてくれようとしたけど月が速攻で仲間に引き込む。
星那ちゃんの方も混ざる気満々だったからこれ以上遠慮なんてしないだろう。
もうどうにでもなれ。
「じゃ、じゃあ良いですか?」
「どうぞ」
立花さんはオドオドしていた割りにグイグイ来るタイプだった。
そうじゃないと相談室になんて来ないか。
「お二人ってどちらから告白したんですか?」
「私だよ」
「怖くなかったんですか?」
「怖かったけど、私の場合は受けてくれるの分かってたからそうでもないかな」
「そうなんですか?」
「うん。結構いろんなこと試したからね」
「この二人付き合う前からお弁当をあーんで交換する仲だったらしいですよ」
「事実だね。茜から聞いた?」
「はい。お二人のば、恋人っぷりが付き合う前からだったことは聞きました」
「そ、そのくらいなら私だってしました。クッキーでしたけど指が口に当たっちゃって私の方はドキッとしたんですけど平気そうでした」
「む、なら二人羽織りとかはどう?」
「!? やってないです」
「あ、今の季節だと難しいか」
「そういう問題ですかね」
「幼馴染だし間接キスくらいはもうしてると思って良いだよね」
「はい。私は意識しちゃうんですけど、特に意識されてはないみたいです」
「あー。自分だけ意識しちゃうと切ないよね」
「ゆーちゃんそういうの気にしないみたいで」
「腕組んで歩くは?」
「それができたら苦労してません……」
「あと何してたっけ? お揃いの小物とか?」
「中学の卒業記念としてペアルックでテーマパークは行きました」
「良いなぁ。私まだやってない」
「だいぶ距離近いですね」
「だからこそ壊れるのが怖いんですよ」
「試すのも限界あるもんね。嫌われるまでやったら意味がない」
「そうなんです。告白が失敗したら全部が崩れちゃう。それに告白が成功したとしても周りの目が気になりそうで」
「私はその辺外堀埋めきってからだったから学校では楽だったよ。むしろ両親が大変だった」
「もう親に紹介したんですか?」
「うん。恋人関係は卒業から先は考えてないって言ったらちょっと空気が緩んだ」
「私もちょっと不安です」
気づけば私をおいてすごい勢いで話が進んでいた。
ついて行けそうにない。
「お茶淹れてくるね」
逃げよう。
この戦いにはついていけそうにない。
その、ゆーちゃんという娘が立花さんを受け入れるか否かは告白してみるまで分からない。
告白後のサポートならある程度できるかもしれないけど、そこまでの過程に私の入る余地はない。
――茜、自分が歪んでること気付いてる?
その娘が私と同じような歪み方をしていたら力になれるかもしれないけど、それなら告白を受けるとこまでしか保証できない。
恋人との付き合い方は、私達だって模索している最中だ。
お湯を電気ケトルで沸かしながら考える。
月を受け入れずに受け入れる方法があればいいんだけど、そんな都合の良いものはない。
好きはやっぱり難しい。
戻った時は会話内容が一周して相手と距離を縮めることについて話していた。
そっとお茶を出して会話には混ざらない。
「やっぱりプラネタリウムでカップルシート利用してから一気に詰めたよ」
「恋人じゃないのにカップルシート使ったんですか?」
「そうそう。あれ友達同士でも普通だよって」
「幼馴染でも大丈夫でしょうか」
「いや、告白したようなものだと思います。逆に提案して一切照れがなかったら脈無しですよ」
あの時は遊びのつもりだったから照れはなかった。
ただ、足が伸ばしやすそうだな、くらいの感想。
実際一人席よりずっと快適だった。
月と一緒で気負ったことなんて仲良くなってからは一度もない。
いつから月の隣にいて気負わなくなったんだろ。
「それならロールプレイしてみる?」
お茶を出す以外で久々の発言。
注目を浴びてしまった。
「付き合う前の、ちょうどカップルシート利用する切欠になった話なんだけどね。その時はえっと、あー。……ままごとの大人版みたいな遊びで月と恋人の真似をしたんだ」
「懐かしいね。"もっと私のことを見て”、だっけ」
「半分月に言わされた台詞だけど、場の雰囲気もあって恋人感よりは遊んでいる感じが強いものだったよ」
「? この年でままごと、ですか?」
「そうだよ。童心にかえれて思ってたよりずっと楽しかった」
「私達と一緒に遊ぶの良い案かも。私達そもそも立花さんの幼馴染の娘を知らないからアドバイスも難しいし」
「遊びで恋人。それなら……、はい」
「分かりました。いい感じのシナリオ用意しときます」
「大丈夫? またあれ使うの?」
「いえいえ。ちょうど幼馴染出てくるシナリオを作ったんでそれ使いたいですけどいいですか。テストプレイをどうしようか迷ってたんですけどどうせなら先輩達にお願いしたいです」
「じゃあ私と月と、立花さんと、……えーっと。あれ?」
私まだゆーちゃんって娘の名前聞いてないや。
「あ、金子悠夏です。おんなじ陸上部ですけどゆーちゃんは選手として期待の一年生なんですよ」
「んっ」
「どうしたの? 月」
「ごめん。お茶が変なところはいっちゃって」
「大丈夫?」
「うん平気。話進めて」
「分かった。その金子さんとで遊んでみよう」
何かあった。
それは分かるけどこの場で追及しないでとアイコンタクトされたので月から意識を外すようにさらっと流す。
「あと部長も呼ぶことになります」
「冨波さんね。この六人で予定合わせてみよう」
「はい。お願いします」
その後は私達の馴れ初めや立花さんと金子さんの過去話で盛り上がり解散となった。
相談と言いつつほぼ雑談で終わる。
平和で良い。
「そういえば月。金子さんがどうかしたの?」
立花さんが帰った後、月に追求してみる。
茶碗を片付けながらふと思い出す。
あの時、明らかに月は金子さんの名前に反応していた。
「うん。明日の相談者の名前が金子悠夏って娘なの。一年生」
同性同名の線は薄そうね。