表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/22

4 好きになれるように

 あの後すぐにごめんねという言葉を残して(あかり)は帰ってしまった。

 必然的に一人になる。

 (あかり)と付き合う前は一人で帰ることも珍しくなかったけど、一人でいるのと(ひと)りでいるのでは全然違う。

 恋人になって以降、初めて独りで歩く帰り道はいつもよりも長く感じた。

 自責の念が私を襲う。

 (あかり)に悪いことをしたとは思うけど、何が悪かったのか明確にならない。

 頭の中グッチャグチャだ。



――茜、自分が歪んでいること気付いてる?



 この言葉、きっと親友であった時ならのみ込んでた。

 月がここまで私の心に踏み込んできたのは私達の関係が恋人に進んだからこそだ。


 恋人同士であっても、好き合っているとは限らない。

 私と月がまさにそれだ。


 好き同士になってから付き合うことはあるかもしれない。

 私だって女の子。

 そこまで社交的じゃなくたってクラスの女の子と恋バナしたことくらいある。

 好きな人から告白されたいと願う話題に参加したことだってある。


 ただ、その好きって感情はいつだって分からなかった。


 (あかり)を好きになれないのは別に、相手が女の子だからじゃない。

 むしろ男の子だったらここまで仲良くなれていないし、仲が良くない人の告白を受けたりしない。


 月に告白されて、最初に驚愕があった。

 親友だとしか思っていない相手だったから、そういう目で見たことなかった。


 そりゃあ、冗談で抱き合ったりあーんで食べさせあったり手を繋いだり(恋人繋ぎ)、膝枕したりされたり髪型いじったりいじられたり、二人で買い物行ったりプラネタリウムでカップルシートに座ったり……。


 そのくらいまで考えた時点で恋仲になってない方がおかしいと流石に自分で気づきましたよ。

 やってる時は全然本気じゃなかった。

 友達として仲が良い方とは思ってたけどそれだけ。


 恋人になったらそれを意識するだろうけど、そこまで変わらないんじゃないか。

 キスやその先もするだろうけど、今までだってほっぺにキスされたことあるしバストアップと称して月の胸に触ったことだってある。

 その時を思い返しても全然拒絶の感情は浮かんでこない。


 そして思ってしまった。

 ()()()()どうなるんだろう。


 きっと今までの関係じゃいられない。

 仮に友達でいようとしても、どうしたってギクシャクする。

 最悪生徒会を出禁になって縁を切られる。


 周りに噂がばれてもアウト。

 普段の私の行動的に、受け入れない方が不自然と思われても仕方ない。


 (あかり)と一緒にいられなくなる。

 それがどうしても嫌だった。


 受けた未来と断った未来。

 もう告白された過去は変えられないからその二つを天秤にかけて選ばなきゃいけない。

 保留(キープ)もちょっとだけ考えたけど、そんなの断ったのと同じだ。


 だから私は、



――良いよ。()()()付き合おっか。



 中途半端な選択をした。

 思えば最初から月にはバレてたんだろう。


 とはいえそれを非難される謂れはない。

 何度も言うように、"恋人同士"と"好き合っている"はイコールじゃない。

 特に、私達みたいな片方の告白で始まったカップルの大半はそうじゃないとおかしい。


 試しに、友達から、利害の一致。

 色んな理由があると思うけど、私達の場合は恋に恋焦がれたから。


 人を好きになれないことがずっとコンプレックスだった。

 月ならきっと好きになれる。

 恋愛感情を知りたい、なんて乙女みたいなことを想ってた。

 いやまぁみたいは余計か。

 私は純然たる乙女だ。



――ここで無理やり唇を奪っても、茜は私を好きにならない



 キスみたいに恋人がするような行為をすれば人を好きになれるかもしれないという願望は残念ながら(あかり)本人に否定された。

 私はこのまま人を好きになれないままなのかな。

 恋愛感情という意味を除いたら、私の一番好きな人は間違いなく(あかり)だ。

 月を好きになれないなら、私はきっと今後一生人を好きになれない。






月:今時間大丈夫?

月:通話しない?



 帰宅して、ご飯を食べて、部屋に戻ってからようやくスマホを見た。

 普段ゲームもしないし動画もそれほど見ないから気付いたのはメッセージがあって一時間くらいしてからだった。


 あんなことがあったから、ひょっとして月から連絡があるかもしれないと思ってたけどまさか本当にあるとは思ってなかった。

 少し気が重いけど、応えない訳にはいかない。

 明日に回すことはできない。


 既読をつけてしまった。

 覚悟を決めるために深呼吸。

 大丈夫。ただ(あかり)と話をするだけだ。


 パジャマ姿でベッドに寝そべり、メッセージを返す。


茜:遅くなってごめん。

茜:今なら大丈夫だよ。



 一秒後、通話がきた。



 メッセージを送った瞬間に既読がついたけど、ひょっとしてずっとスマホ見てたのかな。

 いきなり先手を打たれて決めたはずの覚悟が霧散する。


 たっぷり五秒ほどかけて覚悟を繋ぎなおし、なんとか通話ボタンを押す。


『ヘイ彼女、今どんなパンツ穿()いてんの?』


 二連続で出鼻をくじかれた。

 いや大丈夫。

 落ち着いて私。


 別れを切り出される訳じゃないから最悪じゃない。

 いくら(あかり)でもこの流れから別れ話に繋げるわけがない。

 私はまだ()()


「ピンクの奴。桜の刺繍が入ったあれ」


『あ、春休み一緒に買いにいったあれ?』


「そうだよ」


 なんか月にペース握られっぱなしはやだな。

 こっちからも言い返してやりたい。


(あかり)はどんなの穿いてるの?」


『えー。当ててみてよ』


 普段の月を思い返す。

 (今思えばわざとかもしれないけど)学校での月は結構ガードが甘い。

 見放題とまではいかないけど月の下着事情はある程度わかってる。


「白。リボンのワンポイントのやつ」


『ぶっぶー。はずれ』


 残念。

 外れたことはどうでもいいけど調子に乗った(あかり)はちょっとうざい。


『どんなのか知りたい?』


「え、別に」


 恋人としての模範解答から逸脱していることを自覚しつつ、もう月に取り繕う必要はないから正直に答える。

そもそも知らない下着を穿いてる可能性も結構高い。


『正解は穿いてない、でした』


「なんで!?」


 冷めた声で流そうとして、予想外の(あかり)の返答に目を()く。


『なんでって、そりゃあ性欲発散させてたからだよ』


「いくら恋人だからって赤裸々に明かす必要なくない!?」


 さっきから月にペースを掴まれっぱなしだ。

 どうしたんだろう。

 いつもはここまでおかしなテンションじゃないんだけど。


『あんなことがあったからね。グルグルしたし、クラクラしたし、ムラムラしたんだよ』


 テンションが(ツー)ランク落ちた落ち着いた声。

 さっきまでの陽気な声が嘘のようだ。


「……」


 (あかり)がちょっとおかしかったのは私の所為だった。

 いや待って。よくよく考えたら私の所為じゃない。


 勝手に初めて、勝手に辞めたのは(あかり)の方だ。


「あのまま押し倒せばよかったのに」


『え、ヤだよ』


 拒絶されたことが思いの外悔しい。

 謎の敗北感に打ちひしがれる。

 決して押し倒されたかった訳ではないのにこの感情はなんだろう。


『"ちゃんと気持ちよかったよ"みたいな気を使った発言されたらしばらく立ち直れないダメージ受けちゃうもん』


 (あかり)の未来予想図で私どうなっているんだろう。

 言い返せないくらいにはありえそうで困る。


「最初はそんなものじゃない?」


『いやいや、私の方は溺れる。夢中になって独りよがりになって、茜を壊そうとする。茜は止めてくれないよ』


「痛いのは嫌だよ」


『茜はさ、問答無用でされた後に私が赦しを請うと赦しちゃうよね。絶対に赦さないっていうような人間じゃない。そういうの拒絶に入らないよ』


 なんで私そんなDV彼氏に尽くすメンヘラ彼女みたいな認識持たれてるの?

 そりゃあ(あかり)が一回や二回暴走したくらいでごちゃごちゃ言う気はないし、冷静さを欠いた月は一回見てみたいし、月の感情が私に向かうのは悪いことじゃないけど駄目だ月の言った通りの展開私にも見えた。


『ねぇ、茜はあの後ムラムラしなかった?』


「知らない。多分してないよ。少なくとも一人でするほどの発情はなかった」


 やっぱりというか、こういう話題になってしまった。


 好きって何だろう。

 恋愛研究なんて世の中に腐るほどあるけど、好きって気持ちを定義なんて誰にもできない。

 訂正、現状誰にもできていない。

 世の中にあるそれっぽいものは全部仮定に仮定を重ねたものだ。


 (あかり)と一緒にいたいって感情はそうじゃないのかな。

 星那ちゃんに冷やかされた時は私でも人を好きになれたんだって嬉しく思ったけど、残念ながら違ったみたいだ。


『先は遠いなぁ』


 寂しそうな声を聞きたい訳じゃない。

 でも、嘘はもっと望まれてない。


『言っとくけど、恋人辞める気はないからね』


「良いの?」


 私は(あかり)と一緒にいれたらそれで良い。

 恋人でも親友でもどっちでもいい。

 でも、月は辛いんじゃないかって少し心配している。


『そもそもそういうの分かってて告白したんだよ、私。いろいろ覚悟の上』


 付き合う前に随分試されたのを思い出す。

 その時の私の反応で分かってたことなんだろう。


「分かった。(あかり)を好きになれるように頑張る」


『……ホント、先は遠いなぁ』


 何故か呆れられた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ