2 崎谷星那と恋バナ
「茜先輩、去年はこれを一人でやってたって本当ですか?」
「え、うん。ちょっと引継ぎがごちゃごちゃしちゃってね。前任のノウハウなしで書記が二人とも別件で時間取られちゃったの。フォーマットもよく分かんなかったしイチから全部作り直しちゃった」
「え、それ良いんですか?」
「何処かで見直さなきゃいけないものを私がやっただけ。星那も、気にいらなかったらフォーマット変えていって良いからね。フォーマットってそう言うものだし」
「いや、そんな余裕ないですよ。というかどうして生徒会じゃない茜先輩がそんなことを?」
「一時期、私のことを副々会長と呼ぶくらいにはズブズブだった」
当時副会長だった月の補佐だから副々会長。
いや、私と月で得意な事が違う(正確に言うと万能の月と書類仕事が得意な私)から一緒に仕事したこと自体はそれほど多くない。
全員でやるべき仕事でもなければ二人でやるのは非効率だった。
いやいや、あの忙しかった日々はもうない。
今じゃ生徒会室で後輩が仕事している横で優雅に読書。
去年は色んな不幸が重なったけど、今年は無事仕事の引継ぎができる。
本来私は外部の人間なんだから、雑談相手くらいがちょうど良い。
「それってやっぱり、月先輩がいたからですか?」
「そうだよ。一年の秋、忙しそうにしてる月に何かできることある? って私から声かけたのがきっかけなんだ。そこから、生徒会行事には大抵参加してる」
「生徒会って一般生徒も参加できるんですね」
「どこも人手不足だからね。多忙な月を少しでも助けてあげたくて声をかけたのに、本人は私が入ってできた余裕でさらに仕事を増やしたのは誤算だった」
後輩に愚痴るのはちょっとカッコ悪いかな。
でも月が悪いんだよ。
「おっと、茜先輩も惚気たりするんですね」
……。
今のが惚気になるのはよく分からない。
何故かこのタイミングで目をキラキラさせた人物は、崎谷星那。
二年生で生徒会初参加。
天文部と掛け持ちしているなかなかアグレッシブな少女だ。
なんてことを言ったら、多少強引な手を使って引き込んだので星那から文句が来るかもしれない。
ポニーテールを高めの位置で括っている、少し中性的だけどちゃんと可愛い女の子だって分かる後輩だ。
「あ、ひょっとして茜先輩が生徒会に入らないのって、自分が手伝う前提で人手が一人でも多い方が良いとかそういう感じですか? 月先輩が会長になるのはほぼ確定してましたし」
「……そういう面もある。月には内緒ね」
「はい。月先輩には黙ってます」
すっごい他意を感じる。
でもいいか。
嘘が広まるよりずっと良い。
「はぁ……。やっぱり月にも話して良いよ。どうせ気付いてるはずだし」
「いやあの、黙っていた方が良いなら墓まで持って行きますよ」
「ううん。月も同じようなことしてるし、私達が仲良い噂が立つのは私にとっても都合が良い」
月は他の娘を牽制と言った。
なら、私が同じことをしても構わないよね。
私にだって目的はある。
「茜先輩って、ひょっとして独占欲強いタイプですか?」
「そういう訳じゃないんだけど、そういうことかもしれないね」
自分がどういう感情を持っているかなんて分からない。
でも、月と一緒にいたいと思ったことは本当だ。
「月先輩の方はあからさまでしたけど、茜先輩はよく分からなかったんですよ」
「そんなにあからさまだった?」
星那を勧誘する切欠となった出来事がある。
天文部が部活紹介の資料を作成する手伝いを生徒会に依頼し、それを私と月が受けた。
「それはもう。天文部内でおふたりが付き合っているか訊く訊かないで揉めたくらいです」
「楽しそうね」
「盛り上がってる時にそんな感じで月先輩が乱入してきて肝を冷やしました。結局私が生徒会に売られることで事なきを得ましたけどね」
「あれ? 前に天文部を作った時の借りじゃなかったんだ」
「借りっちゃ借りですけどその程度なら気にしませんよ。そもそも生徒会が悩みを募集しているのにそれを借りだなんて言われたらたまったもんじゃありません」
それもそうか。
「じゃあ月に無理矢理手伝わされてるの?」
月がそんなことするかなぁ。
多少強引なとこあるけど嫌がる娘を拘束期間半年の生徒会に巻き込む?
それこそ断れる程度の借りだと思ってた。
なんて、この疑問は星那の続く言葉ですぐさま解消された。
「え!? いえいえ、そんなことありません。参加資格を持つ部員の中で生徒会の椅子を賭けて戦争が起こったくらいです。この席は私が勝ち取ったものです」
「戦争って大袈裟な」
「あ、戦争ゲームです。ボードゲームですよ」
随分平和な戦争。
天文部だから天文らしいことで決着つければいいのに。
「もうアナログゲーム部に名前変えれば? 手続きできるよ、私」
「職権乱用ですよ。それに星が好きな集まりであることだって本当なんです」
「ごめん、そりゃそうだよね」
コミュニケーション能力が低くても話さなければ身につかない。
ただ、コミュニケーション能力が低いと話す機会も少ないからますます身につかない負のスパイラルに陥りやすい。
私は外部の人間だから普通に追い出される可能性が高い。
そんなことになったら月に合わせる顔がないし、月に愛想を尽かされてしまう。
「月、早く帰ってこないかな」
なんて一人反省会をしていたら何故か手を合わせられた。
「ごちそうさまです」
「どうして」
「天文部には浮いた話ないですから先輩達みたいな話題に飢えているんですよ。お二人を傍で見るために生徒会に入ったと言っても過言ではありません」
後輩がなかなかたくましい。
恋バナがそんなに好きか。
ならちょっと利用させてもらおう。
「んー。じゃあ星那ちゃん。恋人ってどうすればいいと思う? 付き合うってどんな感じなのかな」
「知りませんよ。私は二次専なんで一つの飲み物をストロー二本で飲むとか言っちゃいますよ」
「それもうやったんだよ」
「じゃあ、時期は違いますけどイルミネーションとか憧れます」
「……。実は生徒会の打ち上げを月と二人で抜け出した事がありまして。ちょうどクリスマスに」
「え?」
「友達でもほっぺにキスくらいするよね」
「まぁよっぽど仲が良ければ」
「ハグも普通だよね」
「まぁ友達でも見かけないこともないです」
「髪型いまいち決まらない時に月に頼ったり」
「そんなことしてたんですか?」
「耳かきお願いされたり」
「それ膝枕ですか?」
「うん」
「あと、弁当のおかずをあーんで交換したり」
「完全にバカップルじゃないですか! そういえば春休み前に恋人繋ぎの目撃情報ありますよ、時系列的に付き合う前ですよね!?」
「や、流石に恋人繋ぎの時はそういうロールプレイをしようって遊びだったよ」
「やっぱり事実だったんですか。その遊びが赦される関係は恋人手前だけなんですよ」
「だって、私も月も女の子同士だし、月も好きな人いないって言ってたし」
「本当に好きな人って言ってました? 好きな異性みたいな感じでボカシてませんでした?」
「……ボカシてた、かも」
「月先輩の好き好きアピール凄かったですよ。私初対面でも分かりました」
「そう、知らなかったのは私だけだったの」
「逆になんであんなに月先輩を受け入れていたんですか?」
「そんなレベルだった?」
「それはもう」
今にして思えば、だけどスキンシップは多かった。
月があんまりボディタッチしているイメージはないから私だけだったのかも、きっとそう。
「拒絶する必要がなかったって事はそういう事で良いのかな」
「私に聞かれても本当に困るんですけどね。このキャラとこのキャラがページ越しに目線が合ってるとか言っちゃうタイプの私からするとお二人は前世からカップルですよ!!」
「それなら良かった」
私はちゃんと恋人をできる。
「あ、一緒に買い物とかどうですか? 思い切って水着とか下着とか」
思わず目を逸らす。
「……」
「……」
お互い沈黙。
意図は伝わってしまった。
「ちなみにどっちの方です?」
「……両方」
「先輩達のどすけべ!!!!! キスでも⚪︎⚪︎⚪︎でも⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎でもすれば良いんですよ!!!!! もうヤってるかもしれませんがね!!!!」
「流石にそこまではしてない!」
「どーだか、意味分かってる時点で怪しいんですよ」
「それはお互い様だよね」
「私はオタだからいーんです!」
理不尽な後輩をなんとか宥める。
もうすぐ月が帰ってくるだろうし言葉は選んで欲しい。
これ相談した私が悪いのかな。