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「ここなの?」

 高田さんが、車の中から私のアパートを見上げて、驚いた顔をしている。

 まだ雨はフロントガラスに強く叩きつけている。

 私のアパートの前まで送ってもらうのは、色んな意味でとっても抵抗があったんだけど、突然のどしゃ降りにアパートの前まで送ってもらわざるを得なくなった。

「そうですよ」

 私の返事に、言葉に詰まる高田さん。その気持ちも分からなくはない。


 このアパート、見た目がすごくぼろいから。でも、部屋の中はとってもきれいだし、防音もしっかりしている。隣の人はどうやら音楽を大音量で聞く人のようで、窓を開けると大音量であろうことが分かるのだけど、窓を閉めると音が聞こえない。驚いて何度も窓を開け閉めしてしまったぐらいだ。

「ここって、家族向けじゃないよね?」

 そこ? 予想外の反応に、私の方が戸惑う。

「……そうですね」

 肩をすくめる。ここまで来て、嘘なんかついても仕方ない。


「ここ、地元じゃないの?」

 高田さんの声には、疑問だけがある。

「地元はこっちですけど、島は地元じゃないです」

 私は窓の外を見る。それ以上の説明をするつもりはなかった。

 車内に沈黙が落ちる。高田さんは、しばらく何かを思案していた。


「ここに、前回の公演のDVDがあるんだけど。雨が弱まるまで、見ながら雨宿りさせてくれないかな?」

 高田さんが、私の腕に触れた。ドキリ、と心臓が跳ねる。

 前回公演って単語だけで、テンションが上がる。だから心臓が跳ねるんだって、そう思うことにする。今日の公演が良かったから、尚更期待感は高まる。

 確かにこの雨じゃ視界は悪いし、送ってもらった後に事故にでも合われたら、目覚めは悪い。そう自分に言い訳をして、高田さんのお願いに頷いた。


 部屋に入る前に、移動するだけで雨で体が濡れてしまう。

「部屋きれいだね」

 タオルで髪を拭きながら、高田さんが呟く。

「外はあんな見た目ですけど、ね」

 お茶の用意をしながら、高田さんの感想に答える。

「いや、片付いてるなと思って」


「私のこと、片づけられない女だと思ってるでしょ?」

 暖かいお茶を高田さんの前に出す。

「そんなことないけど、思った以上に物が少ないから。」

「引っ越す前が、寮に住んでたせいですよ。部屋も小さいから、荷物は少なめにならざるを得なかったです」

 そのせいでもないけれど、TVは持っていなくて、DVDプレイヤーと画面が一緒になっているタイプのプレイヤーしかない。

 高田さんは、おやっという顔をする。


「テープはどうやって見る気なの?」

「実家に帰れば、見れるんで」

 DVDプレイヤーをテーブルの上に置くと、高田さんがDVDを入れて、私を手招きする。

 一緒に見るとなると、そういう立ち位置になっちゃうんだよね。

 でも、背に腹は代えられないから。

 高田さんの横に、わずかに隙間を開けて座る。


「それじゃ、見にくくない?」

 確かに、プレイヤーの画面は小さいから、見にくい。

「高田さん、舞台は見てるんですから私に譲ってください」

 精一杯のお願いだ。流石に、邪魔だから帰ってください、とは言わない。

「こうすればいいでしょ?」

 高田さんは、私の体ごと引っ張ると、私を抱え込むような姿勢になる。

「高田さん、近いです」

 何するんだ、この人。ため息をつきつつ、一応文句は言っておく。


「ケイちゃんは、冷静だね」

 高田さんが後ろから、私を覗き込んでくる。

「だから、近いですって」

 私が最後まで言い終わらないうちに、私の首は無理やり横を向けられて、高田さんに唇を貪られる。

 唇の隙間から入り込む熱を、私は嫌だと思わなかった。だから、目を閉じた。 

 彼氏がいる時には彼氏以外に見向きもしないけれど、彼氏がいないときにはその場限りの関係を持つこともあった。勿論、誰でもいいというわけではないけど、相手と付き合ってなくてもそういうことをすることには抵抗はない。

 高田さんには、別に流されていいと思っている。それが、今の私の気持ちだ。


 久しぶりの感覚に、体の奥が反応しているのが分かる。

 ん、と甘い声が漏れる。こんな声を出したのは、本当に久しぶりだ。前の時のことなど、思い出したくもないけど。

「薫、集中して」

 え、と思う。目を開けた私の顔を、高田さんが挑戦的な表情で見ていた。その表情に、ドクリと心臓が鳴る。

「集中させてやる」

 高田さんが噛みつくようにまたキスをする。高田さんの舌の動きに、私は考えていたことを忘れる。

 

 *


 すごく、大切に抱いてもらった。今までに体験したことのない丁寧さで、自分の中の女の子を、大切に大切にしてもらえたような気がした。終わった後、こんな気持ちになったことは、初めてだった。

 高田さんは私を腕枕するように頭を抱えて、私の髪をやさしくなでている。

 高田さんがどういうつもりだったのかは、知らない。でも、私はすごく満足していた。この後もし高田さんと会えることがなくなったとしても、私は高田さんのことは恨まないだろう。それくらい、私の中に満足感があった。


「ごめん、DVD見損ねたね」

 高田さんが、本気で申し訳なさそうな声を出す。

「いいです。でも貸しといてください」

 約束がしたかった。

「そうだね。また取りに来るよ」

 この口約束が、少し嬉しい。もし高田さんが取りに来なくても、それはそれで構わない。今、私を大切にしてくれている態度が、私にとっては何よりの救いだった。


「ちょっと、寝ていい?」

「いいですよ。狭いですけど」

「こうすれば、良いでしょう?」

 そう言って、横を向いて私を抱え込む。肌に触れる温かさが、心地よかった。

 それほど時間が経たないうちに、高田さんの寝息が聞こえ始めた。

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