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私が口をつぐむと、高田さんは話題を変えてきた。
「ケイちゃんは、島から出ないの?」
「今は、出ません」
今は、伊野島で過ごしているのが、私の精神を支えていると言っても過言じゃない。
「伊野島、不便だけど、景色はすごくいいよね。僕も時々ドライブに行くよ」
「そんな暇あるんですか? 新しい公演の準備に2か月じゃ、結構忙しいんじゃないですか?」
次の公演は9月だ。それに皆学生なわけでもなくて、社会人が多いと思う。それだけでも、2か月で次の公演をするってことはハードだと思うわけだ。
「みんないつでも集まれるわけではないからね。それに、この2か月ごとのなのは、7月から11月までの3回だけだから。今回は、第1回目だね。佐原が、今のメンバーでガンガン発表したいって言い出して」
へー、と声が漏れた。
「私、良い時期に行きましたね」
「そうだね。あ、一つ謝っておきたいんだけど」
高田さんが私に視線を少し向けた。
「何でしょう?」
「諒太がさ、ケイちゃんを、あんなに怒ってたのは、諒太が、この3年間不安だったからで、不安の裏返しなんだよ」
「不安?」
私は首をかしげる。
「ケイちゃんが熱心なファンなのは、あの飲みの前に、諒太には言っておいたから。その熱心なファンが、自分の演技のせいで足が遠のいた、と責任感じちゃったみたいでね」
「……そんな責任感じるようなことですか。たった一人ですよ。というか、私が来てるかどうか、ずっとチェックしてたんですか?」
「たった一人でも、我々にとっては、大切なファンだからね。たぶん、諒太は気にしてたと思うよ。帰りのビラ配りは、必ず出てたから」
……そうなんだ。ファンは大切にしないと、とは言われるけど。
「おかげで、諒太の舞台への心構えが変わったよ。きっと、ケイちゃんが来たら見返してやろう、と思ってたんだろうね。だから、ケイちゃん見つけてつい戦闘的になっちゃったんだと思うよ」
私は苦笑する。
「何だか、責任云々は理解できましたけど、見返してやる、は、責任云々ですか? 単なる、逆恨みみたいなんですけど」
「まあ、まあ。それで、諒太の演技どうだった?」
「そんなの、諒太君の前で聞いてあげればいいのに」
「この話を諒太の前でしたら、諒太がまた暴走しそうだと思ったから」
「彼、若いですもんねぇ」
私の返しに、高田さんは苦笑する。
「まあ、若さが良いこともあるよね。勢いとか、勢いとか、勢いとか」
たしかに、若いからこその勢いってあるけど、と思う。
「勢いしかいいところないみたいですよ。確かに、勢いもありましたけど、演技は断然良くなってましたね。感情移入がすぐにできましたから」
それは、本当のことだった。多分、諒太君の3年前の演技と見比べたら、私は別人だと思うだろう。
「そっか。諒太の努力は報われたんだね。良かった」
高田さんがホッと息をつく。
「今回も1回目だったので、私も見るのは不安があったんですけど、完成度高かったですよね」
「そうだね。佐原もケイちゃんの言ったことで考えさせられたみたいで、公演前にしっかりとクオリティ上げるように持っていくようになったね。稽古が厳しくなったよ。そのおかげで、その当時のメンバーは諒太以外そっくり入れ替わってしまったんだけど」
なるほど、と頷く。3年しかたってないはずなのに、メンバーがほとんど変わってたんだと理解する。3年前には、10年クラスの団員さんもいたからだ。
「ところで、3年くらい顔を出してなかったのは、どうして?」
ギクリ、とする。飲み会の時に聞かれるんじゃないかと思って身構えていたんだけど、佐原さんも、高田さんも聞いてこないから、もう気にしてないのかと思っていた。
「それは、こっちに来る余裕が時間的にあまりなかったんで。それだけですよ」
私は何でもない風に告げる。そういう風にしか言えなかった。
「こっちに来るって……ケイちゃん、こっちにずっと住んでるんじゃないの?」
あ、と思う。でも、いいや、とも思う。
「いえ。私、先月までは東京にいました。こっちに戻って来たのは、今月からです」
これくらいなら、話しても気持ちは揺れない。
「そうなんだ。やっぱり、地元が良くなったの?」
うーん、と唸る。伊野島は厳密には地元じゃないから。でも、地元に戻って来たのは、間違いがないのかな?
「そうなりますね。私は都会には向いてなかったみたいです」
当たり障りのない答えで充分なことって色々ある。だから、私は高田さんが提供してくれた言い訳に乗った。
「若い時の憧れとかあるよね。僕も、東京に出ようかと思ったことがあったけど、佐原に劇団に誘われて、こっちで劇団やるのも面白いかと思って、残ったから」
「どうして、舞台に立たなくなったんですか?」
私は高田さんを見る。
「それは、自分に向いてないな、と思ったから。役者としての限界を感じたし、舞台監督のほうが性に合ってる」
私は咄嗟に首を振った。
「あれだけ演じられたら、いいじゃないですか!」
それは、お世辞でもなんでもなかった。
「1回しか見てないのに、言い切るねぇ」
高田さんが苦笑する。
「だって、高田さんの演技に魅入られましたもん。確かに佐原さんの脚本が好きだっていうのもありましたけど、高田さんの演技もあったから、劇団Airにはまったんですから」
つい、力が入る。
「それだけ力説されると、恥ずかしい」
真っ直ぐ前を見たままの高田さんの耳が、赤くなっている。照れているらしい。でも、本当のことだ。
「だから、もし高田さんが舞台に立つんだったら、私、絶対見に行きます」
「ん。まあ、そのうち、気が変わったらね」
高田さんスタンダードの軽い返事。……絶対、気が変わりそうにない返事だ。