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「あら、噂のケイちゃんね。私、佐原の妻やってます。陽子さんって、呼ばれたい!」

 ほろ酔い加減の佐原さんの奥様が、私の座っている横に座り込んだ。飲み会の会場の居酒屋は騒然とした雰囲気で、人が入り乱れている。

「えっと、陽子さん。初めましてです。すいません。何だか、今回突然、参加することになっちゃって。ケイちゃんとでも、なんとでも呼んでください」

 多分私は掲示板に頻繁に顔を出していたから、当時の関係者の中では有名になっているんだろうと思う。

「ケイちゃ~ん!」

 陽子さんとは違う低い声で、反対側から私の名前が呼ばれる。

「高田さんは、勝手に呼んでてください。それに、打ち上げなんですから、私の横に座ってなくていいと思いますけど」

 私はムッとして高田さんを睨んだ。


 この人、飲みが始まってからずっと、私の隣から動いていないのだ。私は勿論動く予定なんてないんだけど、高田さんと話をしたくてやって来る劇団員は沢山いて、向こうに行けばいいのに、って思っている。

「だって、俺だけ飲めないんだよ。ケイちゃんも飲まないって言ってたから、せめて、酒の匂いの少ないところにいたいんだよ」

 頬杖をつきながら、私をじっと見ている高田さんの言葉に、私は首を横にふる。

「飲みたいなら、飲んでください。私も、ホテルにでも泊まればいいですし」

 選択肢にはあげてなかったけど、最悪時間が遅すぎなければ、実家にでも帰れるのだ。実家がある場所は、少なくとも伊野島よりは便利な場所にある。

「ケイちゃん、冷たい」

 少なくとも、高田さんの声は傷ついてもいなさそうな声だ。


「あら、高田君が、無理やりケイちゃん居残るように言ったんでしょ? 責任もって、連れて帰ってあげないと」

 ……陽子さん、そんな助言はいりません。

「そうだよね。責任もって、連れて帰ります!」

 酔ってないはずなのに、酔ってるようなテンション。高田さん、本当に飲んでない?

「私ね、1回くらい、ケイちゃんに会ってみたいと思ってたのよ」

 陽子さんがニッコリと笑う。それには悪感情など何も感じなくて、自分が少なくとも悪く思われていなかったのかが感じられてホッとする。

「私も、陽子さんには会ってみたかったです!」

 ファンの中で、7年前の佐原さんの結婚の話は瞬く間に広がったけど、奥さんについては、どんな人なのかということが、全く明らかにされていなかった。劇団に関係してないという点で、大っぴらにすることではないんだけど。まさか、会えるとは思わなかった。


「ケイちゃん、佐原のこと、好きだったでしょう?」

 陽子さんの思いもかけない話に、グホッとむせる。私からは離れるように斜め向かいにいた諒太君が、迷惑そうに私を見る。いやいや、私のせいじゃないよ。貴方の大好きな団長さんの奥様がいけないんですよ!

「いやだ、図星?」

 陽子さんの、嬉しそうな声。

「あの、そうですね……憧れてたって言うのは、間違いないですね。でも、若い子特有の、年上の人に憧れる感じ、って言うのが正しいと思います。陽子さんの旦那さんのことで申し訳ないんですが、キュンッとはしません」

 隣で、さっき自分が出した音と同じ音がする。……高田さん、汚い。

「あら、私の勘違い? まあ、年上に憧れる時期ってあるわよねぇ」

「それに私、割とずっと彼氏もいましたし、佐原さんとどうにかなりたいとかは思ったことないです」

 彼氏がいる時は、彼氏以外とどうにかなりたい、という気持ちは微塵も出ない。それに、佐原さんに恋愛感情を持った記憶はなかった。


「そうなの。ケイちゃん彼氏いるんだ? それとも、過去形になってたから、今はいないの?」

 ……食いついてほしくないところに、食いつかれたなぁ。

「ご想像にお任せします。私の話しても、面白くないですよ」

 私はにっこりと笑ってみせる。

「いやいや、伊野島からわざわざ見に来てた、ってだけでも、十分面白いよねぇ」

 私はぎろりと高田さんを睨んだ。余計な情報出さなくていいのに! 

「ほんとに? ケイちゃん、そんなにAir好きなの?」

 その質問に訂正の必要はないから、私は頷いた。

「そうですよ。旗揚げ公演見に来ましたよ」

 陽子さんが目を見開く。


「うそ~。旗揚げ公演って、もう14年くらい前よね。ケイちゃん、いくつだったの?」

「えっと、高校1年生でした。高校1年の時の高校演劇祭の県大会で森高校の舞台見て、すごく感動して、脚本書いている人が劇団立ち上げる、って言うから、迷わず見に行きました」

 陽子さんが頷く。

「ああ、佐原、在学中からずっと森高校の脚本書いてるもんね」

「そういえば、旗揚げ公演、高田さん出てませんでしたっけ?」

「ケイちゃん、そんなこと覚えてるわけ?!」

 高田さんの声が焦って、私は笑う。

 私は高田さんに意趣返しをするつもりで、そう言った。実は高田さん、その後舞台には立っていないのだ。

「出てた出てた! 高田君が出たのは、その後の1作だけだったねぇ」

 うそ! もう1作出てたのか……。

「高田さん、もう1作出てたんですか。私、見に行けなかったんだよなぁ。結構、高田さんの演技好きだったんですよね」

 それは、本当だった。


「あら、ケイちゃんも、高田の演技好き? 私も良いと思ってたんだけどね。あれ以来、出ないのよね」

 ちらり、と高田さんを見ると、明らかに照れている。へー。この人照れたりもするんだ。

「陽子さん、その時の作品、ビデオとか残ってません?」

「ああ、あれかぁ。誰か残してるかなぁ。あの時のメンバーは、佐原と高田君の2人しか残ってないからねぇ。高田君は、汚点だ! って言って残してなさそうだし。佐原は片付けが恐ろしく下手で。もうどこにあるか、わからないのよねぇ」

 陽子さんが首を横にふる。

「高田さん、DVD……いやビデオでもいいんですけど、あります?」

 私は高田さんの顔を見る。

「ないよ」

 高田さんが肩をすくめる。ああ、私の希望はついえた。

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