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「ケイ、あの後、見に来てないだろう?」

 佐原さんは、ひどく気まずそうに私を見た。

 私は劇団Airのファンを、14年前から続けていた。

 劇団Airの旗揚げと同時だったから、完全に古参のファンだ。

 なぜ劇団Airを知ったかと言えば、高校演劇を見に行ったのがきっかけだった。佐原さんが自分の母校に脚本を書きおろしていたのだ。そして、私はその作品のファンになった。残念ながら地方大会には進めなかったけど、私の中では、佐原さんの作品がダントツだった。


 そして、私が高校演劇を見に行くきっかけになった、演劇部だった高校の友達から、佐原さんがどうやら劇団を始めるらしい、という情報を貰ったのだ

 演劇部に教えに来てくれていた劇団の人が、その情報をくれたらしい。そして私は、劇団Airのファンを始めた。

11年間、高校生のお小遣いと大学生が自由にできるお金の関係と、社会人として自由にできる時間の関係で、全部とは言わないまでも、定期的には作品を見てきたし、昔あった掲示板にも、頻繁に書き込んでいた。

 だから、私が公演を見続けていたのは、佐原さんと、高田さんは、良く知っているはずだ。その私が、あのけなした公演の後から、ぱったりと見に来た様子がなければ、気になるのも当然かもしれない。

「それは、あの公演で見に来るのをやめた、というわけではないです。私の個人的な事情で来れなかっただけです。あ、今日の公演面白かったです。また来ます」

「ありがとう」

 佐原さんの表情は、明らかにほっとした様子だ。


 一ファンの言葉でも、多少は気になることはあるだろう。人間だから。それに、今回は今のが1回目の公演だったのも関係しているかもしれない。

 私が酷評したのは、1回目の公演だったからだ。

 前回見に来た時も、時間の都合で1回目の公演を見ていた。どうしてそういう流れになったのか、もう掲示板も残っていない今ではすっかり忘れてしまったけど、後日、佐原さんたちと飲みに行く予定になってたから、気合を入れて見に来た。

 だけど、作品の完成度の低さに、ああ、やっぱり2回目を見に来ればよかった、と思いながら、その飲みに行った。脚本は良かった。でも、タイミングのずれとか、セリフの間違いとか、批判する場面が散見されていた。その点を、オブラートに包むことを知らなった私は、ストレートに伝えていた。


 その場では、年上の佐原さんは、表立っては流してくれてはいたけれども、時折反論されることから不快な様子は見て取れたし、一緒にいた人(諒太君らしい)は、明らかに機嫌が悪かった。そんな中で、無謀な私は、けなし続けた。その場の雰囲気は、推して知るべし。

「佐原さん、いいですか?」

 控室に団員さんが顔を出す。知り合いでも来たんだろうか。佐原さんが立ち上がる。

「ちょっと、行くわ」

 佐原さんの言葉に、私は頷く。

「じゃあ、私帰ります」

 キリがいいと判断して、私も立ち上がる。先に部屋を出ようとしていた佐原さんが振り向く。

「ケイ、今日の打ち上げ出てってよ」

 断る前に、佐原さんは部屋を出て行ってしまう。


 どうしようかと思って、高田さんに視線を向けた。

「私、部外者なので」

 完全にお断りの文句だ。家に帰れなくなるし。

「ケイちゃん、飲み出てきなよ」

 軽い感じで高田さんが笑う。諒太君は想像通り、ムッとしている。

「いえ。本気で部外者なんで!」

 十分な断る理由だろう。諒太君も、大きく頷いている。

「いいから。団長が良いって言ってるんだから、いいんだよ」

 高田さん軽い。私はため息をつく。

「帰れなくなるから、出れません」


「はい? そんな陸の孤島に住んでるような発言、しない!」

「だって、船の時間もバスの時間も、最終は9時ですから」

 2回目の公演の時間から考えて、打ち上げは9時過ぎから開始だろう。

 高田さんが、首をかしげる。

「船って、どこに住んでるの?」

「伊野島に住んでますから」

「え。ケイちゃんって、ずっと伊野島からわざわざ見に来てくれてたの?」

 伊野島と陸続きになる橋ができたのは、5年くらい前だっただろうか。その時には私はこっちに住んでいなかったけど、特に訂正する必要も感じなかった。

「まあ、そういうことで、じゃ」

 色々訂正するのも、面倒だ。しかも、こんな感じの高田さんじゃ。


「じゃ、車で送ればいいでしょ? 車出すから」

「「はい?」」

 私と諒太君が、同時に声を出した。全く同じ反応なことに、諒太君は嫌そうな顔をしている。そんな顔されても、困るんだけどな。私だって、高田さんの申し出に困惑してるんだから。

「そこまでしてもらう必要もありません。それに、片道1時間くらいだし、往復したら、2時間はかかりますよ。迷惑かけられません」

 それは、事実だった。橋でつながったからって、市内から伊野島に行くのは、断然船が早い。遠回りにならないし、海を突っ切った方が早いからだ。

「飲みは出てって」

 どうやら断られるという選択肢は、高田さんにないらしい。


「高田さん! こんな奴、打ち上げに出す必要ありません!」

 諒太君が声を荒げる。若さゆえの正義感かな。諒太君は、今が若さが爆発してる時期だろう。まあ、私もそんな時があったから、人このことは責められない。

「そうですよ。私も、ここの団員さんと関係が悪くなったら、今度こそ見に来にくくなります」

 我ながら良い言い訳だ、と一人頷く。

「いいの。いいの。諒太の大好きな団長の団長命令だから。ね」

 だけどなぜか高田さんがひいてくれない。

「命令って感じじゃなかったですよ」

「いや、あれは団長命令だった。だから、ファンのケイちゃんも、従うこと!」

 どんな団長命令だ。この人、ああ言えばこう言う……。切りがない。

「わかりました。何だか納得はできませんけど。高田さん、絶対飲まないでくださいね!」

 飲み会の席では、できるだけ小さくなっておこう。

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