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「どうして、僕との結婚OKしてくれたの?」
「え? 結婚していいかなと思えたからですけど」
それ以外に理由があるのか教えてほしい。
「どうして、そんなにYesの返事が軽いんだろう? 一生のことだから、もっと考えていいんじゃないかとも思うんだけど」
「私の返事が軽いのが不満ですか? でも、結婚に対する理想がなくてハードルが低いからだと思うんですけど」
「ハードル?」
私はこくりと頷く。
「そうです。私の同い年のいとこに結婚願望が強い子がいるんですけど、結婚に対してすごく色々憧れがあるみたいで、何度かプロポーズされてるって話なのに、一向に結婚してません。本人は、理想と違ったってよく言ってます。でもそれって理想がありすぎるために、超えるハードルが高くなりすぎて越えられないんじゃないか、と今なら思います」
ここ3年は会ってないけど、この間聞いたときは、いとこはまだ結婚してないと言っていた。
「薫は憧れとかがないから、ハードルが低いってことね。もしかして結婚式とかは?」
「別にしなくていいです」
「でも薫、兄弟で女の子一人でしょう? ご両親はドレス姿とか見たいんじゃないの?」
「どうでしょう? 小さいころから結婚しないって言い続けてるので、結婚式とかまで想像したこともないと思いますよ。それに私が決めたらそれを通すことは知ってるので、やりたくないのを無理強いすることはないです」
航さんがため息をつく。とても大きなため息だ。それこそ理想と違ってたかな? ごめんなさい。プロポーズ取り消すのはやめてほしい。
「僕が見たいからドレスくらいは着てくれる?」
「よかった。別にいいですよ」
「良かった、って何?」
「プロポーズ取り消されるかと思って」
「それはないよ」
苦笑する航さんの言葉に、ほっとする。
「あ、結婚式は別にいいんですけど披露宴は嫌です」
「それは、いいよ。僕は薫のドレス姿が見られればいいから。家族とかだけの食事会にしよう?」
「それでお願いします」
「こんなに、あっさり決めちゃってよかったのかなぁ」
航さんが、首をかしげる。
「航さん長男でしたっけ? ……それなら、ご両親に結婚式はきちんとしないとダメだって言われるんじゃないですか?」
私の兄は面倒だと言っていたけど、親戚も呼んで盛大な披露宴もきちんとやっていた。田舎の結婚式はそんなもんだと諦めていたっけ。
「大丈夫でしょう。結婚したい子がいるって言ったら大喜びしてたけど、結婚式とかは好きなようにしていいって言われてる」
私は目を見開いた。
「もう結婚式の話とかしたんですか?」
「しようと思ったわけじゃないんだけど、うちの姉の結婚式が、お義兄さんの家族のおかけで、まあ大変でさ。それを思い出したらしくて、親の方から結婚式は好きにしていいからって言われたね。お義兄さんは、すごくいい人なんだけどね」
航さんが遠い目をしたので聞くのはやめておいた。
しばらくの沈黙の後、航さんが口を開く。
「今日は泊まってくれるでしょう?」
実家に泊まるつもりで、お泊りセットを持っていたので、迷わず頷いた。
「そう言えば女の子の日が始まったんです」
航さんの表情が、少し残念そうになる。でも私の女の子の日が不順な話を知ってるからか、ちょっとだけほっとしたような複雑な表情をしている。
「そんな残念そうな顔しなくても、いつでも一緒に眠れるようになるじゃないですか」
「まだご両親への挨拶も終わってないし、いつ結婚するかも決めてないよ」
「それは今から決めるんじゃないんですか?」
「僕としては、すぐにでも結婚したい」
「それは……」
それには、即答できなかった。
「部屋については、薫が今の職場から帰るのが遅くなってたから、どうにかしたいと思ってたし。薫もどうにかしようと思い始めてたから、きっと一緒に暮らしてはくれるだろうと思って探した。でも結婚して過ごす場所って思って探してた。勝手に一人で部屋決めちゃって悪いけど」
「ごめんなさい。今実習生のことで頭がいっぱいで、結婚の具体的なことは考えきれません」
「……ごめん、僕焦ってるね。薫がするっと逃げちゃうんじゃないかって、心配なんだよ」
航さんは自分で言って苦笑している。
「逃げないです。私も航さんの隣に居たいですから」
私の言葉に、航さんが頬を緩める。
「実習終わるのいつ?」
「12月上旬には終わる予定です。あとちょっとなんですけど、レポートの添削とか発表の原稿の添削とか、追い込み時期で大変なんです」
それなりに実習生の担当をしてきたけど、今回の実習生はちょっと頭が痛い。自分の実力不足もあるんだろうけど、言ったことが伝わらなくて本当に困ってる。他の同僚たちに指導方法を仰ぎながら、何とかやってるって感じになってる。だから、今すぐということは考えられない。
「落ち着くまではこの話は保留にしとこう? ただ遅くなったときうちに泊まって行って?」
「……服とかの問題もあるので、週末とか休みの前くらいなら……」
服のことが、単なる言い訳だということは航さんにもわかるだろうけど、今はちょっと余裕がなさすぎる。
「……わかった。でもどうしても遅くなったら、泊まって行って」
「……わかりました」
遅くなったらというところにこだわるのは、やっぱり航さんの中では、私は女の子なんだろうか。ちょっと笑みがこぼれる。
「何で笑うの?」
「航さんにとっては、私はまだ女の子なのかなと思って」
「そりゃそうだよ。僕の大事な女の子。守ってあげたい女の子だよ」
航さんはそう言って、私を抱きしめた。




