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「諒太、どうしたの?」

 女の子が小さな声で声をかけて、諒太君とやらの腕を引っ張る。でも諒太君は、私を睨み付けたまま。

 これ、変な評判立つんじゃないんだろうか。佐原さん、ただでさえ敵も多いのに。

 佐原さんは、良くも悪くも目立つ人だ。それを、県内の演劇関係者があまり良く思っていないと、昔耳にしたことがある。たぶん、それが3年経ったから良くなっているとは、思えなかった。

「団長のこと思うなら、すぐカッとなるのはやめた方がいいんじゃない? 諒太君」

 私の言葉に反応したのは、女の子だった。諒太君はムッとしたままだ。


「諒太、知り合い?」

「いやいやいや、私、初対面ですけど!」 

 あくまで小さい声だけど、主張をする。そもそも、私が諒太君の名前を知ったのは、女の子が名前を呼んでいたから、だけだ。

「一回会ってるだろ、3年前!」

 小さな声で、でもとげのある声で返してきた諒太君の言葉に、もしかして、と、私が思い出したのと、さっきまで舞台で主役していた人の声がしたのは、ほぼ同時だった。

「手違いがあったようで、大変申し訳ありません」

 3年ぶりに間近で見る佐原さんだった。


 舞台で見た時は、変わらないな、と思ったけど、近くで見ると、ちょっと老けたな、と思う。

「諒太も、ちょっとこっち来い。そちらの方も、一緒にいいかな?」

 流石に、1回飲みに行ったくらいじゃ、私の顔は覚えてないだろう。私は黙ってうなずく。

「ケイさんだよ」

 諒太君が、懐かしい私のハンドルネームを呼ぶ。今はどうなのかは知らないけど、10年前くらいのネットの世界では、自分のネット上での名前をハンドルネームと呼んでいた。

 私はイニシャルがK.K.なので、?ケイ“というハンドルネームを使っていた。そして、昔あったこの劇団の掲示板に、その名前で書きこんでいたのだ。

 今はTwitterがその役割を担っていて、掲示板など消えてしまったのだけど。


「ケイ? って、あの、ケイ? あ! え? え?!」

 佐原さんも、思い出したらしい。

「お久しぶりです」

 私は頭を下げる。

「ええっと、とりあえずこっちへ」

 佐原さんにやや動揺が見て取れる。最初で最後の飲みが、あんな感じで終わったからかもしれない。

 まだあの時は、私も生意気の盛りで、言いたい放題言ったから。

 今なら多くは言わないだろう。オブラートに包むという言い方は、覚えた気がする。

 促されて、控室になっているだろう部屋の扉の中に足を踏み入れる。外のフロアよりも、断然寒かった。かなりエアコンが効いているらしい。舞台の上は暑いらしいから、仕方のないことなのかもしれないけど、普通に私には寒かった。


 劇団に足しげく通っていたけど、控室に入るなんて、初めての経験だった。私はぐるりと見回す。何もかもが、目新しいものだった。

「そこ、座ってくれる?」

 動揺はまだ見て取れるけど、落ち着いた様子の佐原さんに、パイプ椅子をすすめられる。

「どうやら、彼は、3年前の飲みでの私の様子が気に入らなかったようですよ」

 私はそのまま告げた。変にオブラートに包んでも意味はなさそうだと思ったからだ。それでも、私はあの時のことを佐原さんに謝る気はない。

 あの時、ストレートに言いすぎだったとはいえ、私は事実を述べた。オブラートに包んでも、内容的には変わらなかっただろう。

「ああ、諒太、あの時いたっけな」

 あまり記憶が定かではない様子の佐原さんが、頭をかく。


 控室になっている部屋には、私と、佐原さんと、諒太君と、高田さん。様子を見ていた2人の団員さんたちはビラ配りに控室を出て行った、他の団員さんも、諒太君の替わりにビラ配りに出たようだった。

 高田さんも一旦外に出ようとしたけど、ケイ、という名前を聞いて、部屋を出るのをやめていた。その時の飲みにも、参加はしてなかったけど、飲みの内容を知っていそうな高田さんは、何だかニヤニヤしている。高田さん、性格は悪いと思う。この事態を楽しんでいるんだろう。悪趣味だな、とだけ思う。

「ケイちゃん、寒いんでしょ? これ、かけといたら?」

 でも、案外人を見ているらしい。私にフリースのひざ掛けをくれた。

「ありがとうございます」

 私は借りて来た猫みたいな気分で、高田さんにお礼を言った。性格は悪い癖に、人を気遣えるんだな、と思う。

 ……高田さんを性格が悪いと思っているのは、別に今日の話だけじゃなくて、掲示板での高田さんとのやり取りも影響している。掲示板でのやり取りでも、高田さんは性格悪そうだ、と思っていたのが、きょう再確認されただけのことだ。


 本当は、あの時の飲みに高田さんも来る予定だったのだけど、予定があるとかで高田さんは来れなくなっていた。そして、代わりに一人来るから、と言われていた。

 そして確かに私と、佐原さんと、もう一人いた。もう一人の顔も名前も、ほとんど覚えていないんだけど、諒太君だったのかもって気はしている。

「あの公演で、俺デビューしたんで」

 ぶすくれたままの諒太君に、佐原さんが頷いた。

「ああ! あの公演、諒太のデビュー作だったんだよな。だから、諒太は、よく覚えてるのかもな」

 ああ、そうだったんだ。私も納得する。それは、印象に残るデビュー作になっただろう。あれだけ、けなされれば。


 それに対して佐原さんは、それについては、それほど気にもしていない様子だ。まあ、公演なんてしてれば、称賛されることも、けなされることもあるだろう。それにいちいち動揺していては、こんなこと続けられるわけもない。

一ファンのけなした言葉に、いちいち反応はしてられないだろう。でも、なら、何で、動揺したんだろう、とも思う。

「どうして、動揺してたんですか?」

「さすが、ケイちゃん。見逃さないねぇ」

 ニヤニヤしていた高田さんが、おかしそうに声を出す。本当にこの人、何のためにこの場に残っているんだろう?

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