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保育園の運動会が終わって、11月の公演の準備が本格的になっても、高田さん……航さんの来る頻度は、増えることはなかった。去年の話ではない。今年の話だ。付き合い始めてから一年が経って、佐原さんの7月、9月、11月の公演のチャレンジは、今年も行われている。
今回は公演の準備が大変らしい。なぜ大変なのかは聞いても答えてはもらえない。きっと佐原さんが新しい仕掛けを作っているせいだと踏んでいる。去年の公演の時とは違って、疲れ果てている航さんを見ると、うちに来なくてもいいですよと言いたくなるのは仕方がない事だと思う。航さんが拗ねてしまうので、一回しか言ったことはないけど、航さんが拗ねると大変だった……。
航さんは部屋をまだ引っ越してない。私が同居するのをいまだにYesと言わないから、らしい。航さんの職場と劇団の本拠地が近いので、私も無理に引っ越してほしいとは言えない。ただ航さんの部屋には何だか行きづらくて(たまには行くこともあるけど)そのために会うのはもっぱら、伊野島の私の家になっている。
私の就職先は無事決まった。去年の11月の初めから働いている。結局私がいいなと思っていた職場はタッチの差で決まってしまっていて、受けることもできなかった。何事もタイミングは大事だ。
でも新しく決まった職場は、私がやりたいこともできるし、何よりリハビリテーション科のトップが非常におおらかで、下の人たちもすごく雰囲気が良い。土曜日は隔週半日出勤で日曜日と祝日は休みの職場だ。あと船で通いやすい場所にある。今のところ条件が良い。ただ最近は実習生を担当することになって、帰りが最終の船になることもあるので、住むところはそろそろ考えようかと思っている。
公演の会場まで行くと、会場の前に貼っているポスターが前回の公演の時に配っていたビラと、変わっていることに気付く。何が変わったんだろう? と思いながらポスターを見る。間違い探しの間違いは、すぐわかった。キャストに航さんの名前があって、顔写真が出てる!
「高田さん出るのね。」
私の隣から聞き覚えのある声がした。
「ああ、藤沢さん。お久しぶりです。今回は見に来たんですか?」
いつの間にか、私の隣に藤沢さんが立っていた。
「あなたとは会わないけど、時々来てるのよ。やっぱり佐原さんの書く話は好きだな、と思って」
そう言ってにっこり笑う藤沢さんは、前回会った時のような表情は全くなかった、
「航さんが出るの知らなかったんで、びっくりです」
「ああ、うまくいったのね」
首を傾げて藤沢さんを見ると、藤沢さんが逆にびっくりしたような顔をする。
「あなたたち、まだ付き合ってないとか言わないわよね?」
そう言った後にも、あなたならあり得るのよね、と聞こえてくる。
「付き合ってますよ」
藤沢さんがホッと息をつく。
「そう良かった。責任感じてたから」
「あ、でも、あんなこととかなかったら、私自覚しなかったみたいなので、感謝してます」
藤沢さんが目を見開いた。
「あなた本当に自覚できてなかったのね。すごく鈍いって言われない?」
「言われました」
「でしょうね」
藤沢さんがクスクス笑う。
「ところで、そろそろ会場に入らないと。どうしてギリギリなの?」
確かに前回会ったときは早めに来て、差し入れを持ってきてたから。
「今日は仕事だったので。半日なんですけど残業あって、なんだかんだでこんな時間になりました」
本当は差し入れもってくる時間もあったはずなんだけど。職場にはまだ残ってる人もいたから、間に合っただけ良しとしよう。
二人連れだって、会場に入ると会場はほぼ満席だった。
会場のワクワク感が、私にも伝わってきて、私のワクワクする気持ちが倍増した気がした。
*
「打ち上げ出なくていいんですか? 私、実家に帰るつもりだったから、送ってもらわなくても大丈夫ですよ?」
公演が終わって、航さんに、お疲れ様と感想を言いに行くと、航さんは他の団員たちにも何も言わず、私を連れて帰ってきてしまった。今は航さんの車の中だ。仕事の都合もあって2回目の公演を見に来たから、航さんに声をかけてから一人で実家に帰るつもりでいた。
「今日は飲む気はない。佐原に恩売ったから大丈夫だよ」
恩。もしかしなくても、出演したことなのかな。
「いつ出ることになったんですか?」
航さんを見ると、航さんはムッとした表情になった。どうやら無理やり押し付けられたらしい。
「園の運動会終わったら、僕の名前がキャストにあった。その前の打ち合わせまでは、一言も言ってなかったのに。まあ、一人急に辞めることになったからなんだけど」
あれ?
「そういう時って、他の劇団の人にヘルプ頼んだりしてますよね?」
「そうなんだよね。僕もヘルプ頼めばいいって言ったんだけど、いつも頼んでるメンバーが自分たちの公演も控えてるから無理だって言われたって。今回だけだって念押して、渋々出ることにした」
「そうなんですね。でも久々に航さんの演技が見れて良かったです。やっぱりこれからも舞台に立ってほしいです」
「でも、演技ひどかったと思うよ。自分でもわかる」
航さんが首を横にふった。
「それは仕方ないと思います。14年ぶりですから。でも舞台の上での存在感は、変わらなかったですよ」
「舞台については辛辣な薫が、甘い点数を出すのはどうして?」
「今日の舞台が、航さんの演技で壊されていれば酷評したでしょうけど、佐原さんは航さんの演技力も加味して完成させたんじゃないかなと思えた舞台でした」
「佐原が天才のように聞こえるね」
航さんが、クククと笑う。
でも、本当のことなのだ。




