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言わなきゃ、と思う。
「……私は……」
のどに張り付いていた声が、何とか出る。起き上がると、高田さんがシャツのボタンを留めていた手を止める。
「高田さんと……」
何とか、最後まで言ったけど、声は小さくなった。
「僕と何?」
私が続けた言葉は声が小さすぎて、高田さんには届かなかったようだった。
私はもう一度言うことができなくて、首を横に振った。
人に伝えることが、こんなに勇気がいるものだなんて思わなかった。
「薫、言いたいことがあったら今言って。もうこんな風には話もしないだろうから」
高田さんの言葉に涙があふれる。
「どうして泣くの?」
高田さんは困ったように、いつかみたいに私の涙を拭いてくれる。
「高田さんと……」
「僕と?」
「関係を続けたい……」
「この関係を続けたいってこと?」
また硬くなった高田さんの声に、自分が言葉を選び間違ったことに気付いて、慌てて首を振る。
「違うの?」
戸惑いを含んだ声に頷く。
「高田さんに大事にしてもらいたい」
伝わっただろうか? 見上げると、高田さんは戸惑った様子で止まっている。まだ伝わらなっただろうか?
「高田さんが、好き、なんだと思います」
自分でも今自覚したばかりで、これが好きと言う感情なのか、自信がない。
高田さんはベッドに座って、私と目線を合わせる。
「どうして断定ではないの?」
「好きって、どんな感じなのか自信がないんです」
すっかり私が忘れてしまった感情だから。パッと燃え上がるような恋ではなかったから。今、心の中を満たしている気持ちが「好き」なのか自信がなかった。
「ただ寂しいから、僕との関係を終わらせたくないだけなんじゃないの?」
でも、寂しいだけではないと、それには首がふれた。
「高田さんと会えなくなるのは寂しいし、それ以上に、会えなくなるのが辛い。それに……」
その先の言葉を続けていいのか、ちょっと戸惑う。
「それに?」
高田さんに促されて口を開く。
「今まで体を重ねてきた相手とは、今日みたいに体を重ねたことはないんです。いつも頭のどこかが冷めていたような気はしてて……。高田さんの言う通りに、今日の行為が完全に身を任せているというのであれば、その場限りと思っている相手に完全に身を任せることなんてできるはずもないし、高田さんが特別だからなんだと思います」
好きで付き合ったはずの相手とも、体を重ねる時には頭のどこかが冷めていた。自分から求めることはなくて、求められれば応えるくらいのものだった。体を重ねることに抵抗はなかったけど、淡泊だとは言われていた。ドライブに一緒に行く前の高田さんとの行為も、そうだった。頭のどこかが冷めていた。だから、高田さんが前と違うと感じたのは、合っている。
「僕は、薫の特別になれた?」
改めて聞かれるとすごく恥ずかしくなる。顔をそらすと、そらした先に、高田さんが座る。いたたまれない気分になっていると、高田さんが私を抱きしめる。
「薫と掲示板でやり取りしてた時の印象も、薫に再会した時も、薫はとても飄々としてて、感情をあらわにすることもないし、つかみどころがなかった。そんな薫がすごく気になって、仕方なかった。でも、今みたいに感情を表に出す薫も、すごくかわいい」
抱きしめられていた腕が緩められて、高田さんが私を覗き込む。
「いつもみたいに飄々とした薫も好きだけど、こんな風に感情を出してくれると、かわいがりたくなるよね」
好きな人にかわいいと言われることが、こんなに嬉しくて恥ずかしくなることだとは、思いもしなかった。
「好きだよ」
高田さんは私の耳元にささやいて、私の耳朶を甘噛みする。私の声が漏れたのを見て、高田さんの舌が私の唇にするりと入り込む。ぎこちなく自分の舌を動かす。
キスをこんな風に自分からしたいと思ったのは、初めてだった。
「ごめん。薫の誤解解かなきゃいけなかったんだった。」
高田さんの腕の中で、くたりとした私の背中をなでながら、急に思い出したように高田さんの声が色気を潜める。
私はなでられる背中から湧きあがる気持ちを抑えられなくて、高田さんを見上げる。高田さんは息をのむと、あ、と気が付いてなでる手を止める。
「先に誤解を解いておきたいんだけど。いい?」
私は頷くしかない。
「僕のベッドのことなんだけど」
聞きたくない話が出てきて、一気に気分が下降する。
「そんな顔しないの。薫のせいでもあるんだから」
「どうして? なんで私のせいなんですか? ベッドを買い替えるのは、高田さんの意思の問題だと思うんですけど」
さっきまでの艶やかな空気は、もうどこかに行ってしまった。




