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今日は体を重ねるのが、いつもと違う感じがした。なぜかはわからないけど、大切に扱われるだけでは物足りないような気分になってしまっていたし、高田さんもそれに気が付いているのか、いつもより強引だった。それでも嫌だとは思わなかった。
「今日は何だか違ったね」
高田さんの言葉にドキッとする。考えていたことを指摘されたような気分になる。
「そうですか?」
私の声は、心なしかかすれていた。
「うん。薫がひどく感情を出してる気がした」
「そうですか?」
「だって煽られたから」
何と答えたらいいのか、恥ずかしくなって答えられない。
高田さんは私を後ろから抱えたまま、私の髪を梳く。
「薫は今僕のこと、どう思ってる?」
「悪い感情はないですよ」
「それは知ってる。それ以上のことを聞いてるの」
「それ以上もそれ以下も、ないです」
「そうかな?」
「そうですよ」
私の返事に、高田さんはため息をつく。
「じゃあ、僕のベッドで僕の部屋で体を重ねたくないのはなぜ?」
高田さんの言葉にムッとする。“僕のベッド”まだ替えてないんだ。
「買い替えるって言ってたのに」
「……薫が部屋に来ないなら、買い替える必要もないかと思って」
その一言に頭をガツンと打たれたような衝撃を受ける。
「……高田さんにとって私ってどうでもいい存在なんですね」
自分の声がとても冷たく聞こえる。
「どうしてそんな話になるの?」
「だって私はあのベッドを使うのを嫌がったのに、まだそのまま置いてあるんですよね?」
「どうしてベッドを捨ててないだけで、僕は怒られるんだろう? 薫の言うことは絶対なの?」
私は顔を伏せた。
「……違います」
でも、私のことを好きだって言ってたのに……。私って傲慢なのかも。
「そうだよね? でも怒るってことは僕を好きだからじゃないの?」
好き……?
「違います。高田さん私のことを好きだって言ってくれたのに、私が嫌がったベッドをそのままにしてるから」
「それってすねてるってことだよね? 僕らは付き合ってるわけではないから、それこそ体を重ねる必要はない。僕は薫が欲しいけど、薫が必要としなければする必要のない行為だよね? でも僕のベッドにこだわるってことは、今薫にとって、僕と体を重ねる行為が感情を伴ったものになってるってことだよね?」
「そんなことないです。……だって、他の人が使ったってわかったベッドって嫌じゃないですか?」
「それなら、ホテルとかでは薫はできない?」
……それは、ない。そんな潔癖症ではないのは、自分が良く分かっている。
「答えないってことは、そういうことはないってことでしょう? 薫は僕の付き合っていた他の女性の姿がちらつくのが嫌だった、そういうことじゃない?」
「そんなことありません」
私がいつもと同じような感じで答えると、私の髪を梳いていた手が止まる。
「……今の状態で薫がそう言うのなら、僕には望みがないんだろうね」
高田さんの声が、急に硬い声に変わる。
「え?」
望みがないって、どういう意味?
「この関係は、もう終わりにしよう?」
終わりにする。その言葉に、突然世界から突き放された気分になる。
「薫と体を重ねるられるのは嬉しいよ。でも、僕は薫が好きで付き合いたいと思ってる。今日の薫の様子は、僕を好きでいてくれるんじゃないかと思えた。でも薫にとっては、そんなつもりはなかったってことでしょう? 今日の状態で薫がそうは思えないって言うんだったら、この先ずっと、もう僕には望みがないってことだよ」
「……そんなこと、今はまだ分からないじゃないですか」
高田さんに反論したくて、慌てて言葉を紡ぐ。
「薫は今日の自分がそれまでの自分とどれだけ違うか分かってないから、そんなこと言えるんだよ。今日の薫は、今までの薫と全然違った。僕に完全に身を任せてくれてる、感情をあらわにしてる、そう思えた」
高田さんはゆっくり体を起こすと、私の顔を切なそうにのぞき込む。
「薫はやっぱり、僕にその場限りの関係を求めてるの?」
そう聞かれると、違うと思える。
「そう思われながら、付き合える可能性を探り続けるのもしんどいものなんだよ?」
何か言わなきゃとは思うのに、声がのどに張り付いてしまっているみたいだ。
「薫が流されてくれたから、このあいまいな関係を続けることができたけど、もうやめよう? こんな関係を続けてきた僕が言うのはなんだけど、僕は薫に薫自身を大事にしてほしい」
高田さんの手が私の頭を一瞬なでて離れる。
「帰るね」
高田さんはいつもと同じような声でそう言って立ち上がると、自分の服を身に着け始める。




