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「ありがとう。ごちそうさまでした。じゃあ、また」

 車から降りると、運転席にひと声かけてドアを閉める。軽く手を振って、車が車道に戻るのを見送る。

 車が去って波の音だけがする中に、別の車のドアが、かちゃりと開く音がする。

 振り返ると、高田さんが車から出てきたところだった。

「高田さん早かったですね」

 まだ9時前だ。いつもの時間よりは早い。


「一応電話掛けたんだけど、気付いてないみたいだったから」

「あ! ごめんなさい。マナーモードにしたままだったの忘れてました」

「今の誰?」

 高田さんの声が、固い。

「大学の同級生ですよ」

 答えながら、私は首を傾げる。いつもの高田さんと何だか違う気がしたからだ。

 私が近づいていくのより、高田さんが向ってくるスピードのほうが速い。

「どうしてそんな恰好なの?」


 高田さんは私の顎をするりとなでると唇をふさぐ。あれ以来初めてのキスをされた。キスはとても執拗で、私の体から力が抜ける。くたりとなった体を、高田さんの腕が抱き留める。するりとなでられた背中が、ぞくりとした熱を帯びる。高田さんとの行為の中で、今までに受けたことのない感覚だった。

 唇が離れて、さっきの答えをと思うけど、熱を帯びた体が私の口を動かしてくれない。

 高田さんに腰を抱えられ背中を押されるようにしながら、私の部屋の前まで連れていかれる。時折、いたずらするように体をなでる動きが、私の思考を奪う。

「鍵取るよ」

 高田さんは、私のカバンから鍵を抜き取ると、ドアを開けて私と自分の体を部屋に押し込む。

 ドアを閉めて鍵をかけると、高田さんが私の顔を覗き込む。


「どうして答えてくれないの?」

 そう言いながら私を扉に押し付けて、高田さんが私の唇をなめる。反応して少し開いた唇に高田さんの舌が入り込む。

 高田さんは玄関先で私のジャケットを脱がし、ブラウスのボタンをはずしていく。 

 唇を離した高田さんが、私の目をじっと見る。

「きれいに化粧して女性らしい格好して、彼とどうなるつもりだったの?」

 どうなるつもり?

 そこでようやく高田さんの勘違いに気付く。

 口を開こうとすると、高田さんの手が膝丈のフレアスカートの裾から、太ももをなぞる。開いた口からは小さい吐息が漏れるだけだ。


 高田さんの目には、怒ったような感情が見え隠れする。……誤解を解きたい。

「し……ごと……け……が……くに……い……た……ら……」

 何とか言葉を紡ぐけど、とぎれとぎれになって、意味は分からないかもしれない。

「……仕事?」

 その言葉にたどり着くには少し時間がかかったけど、私が紡いだ言葉から、何とか高田さんが読み取ってくれた。

 私は小さく頷く。

 高田さんの手が止まる。押さえつけられていた力も緩んで、私の体がそのまま崩れそうになるのを、高田さんが慌てて抱えて止めてくれる。


「仕事がどうしたの?」

「……見学に……行って……」

 息を整えて、何とか説明を続ける。

「……見学……?」

「……だから、化粧とかして……」 

「ああ……」

 ため息のような声を、高田さんが洩らす。

 でも、と私を睨むように見る。

「彼は?」

「大学の同期なんです。見学に行った先で彼も働いてて、彼の奥さんも同期だから、夜ご飯でも食べようって話になって」

 ようやく息が整う。


「僕との約束があったでしょう?」

「7時くらいから始めればいいだろうし、帰りも近いから送るって言われて。高田さんは、いつも10時過ぎくらいにならないと来ないから、大丈夫かなって思って」

「その割には、帰りが早いね?」

「自宅でご飯をごちそうになっておしゃべりしてたんですけど、今日は久しぶりに人と会ったから疲れたなと思って、予定より早めに帰ってきたんです」

 高田さんのため息とともに、高田さんの体から力が抜けたのが分かる。

「誤解した。ごめん。男性の車から、きれいな格好して降りてくるから、考える間もなく頭に血が上った」

 高田さんは、私の体をやさしく抱きしめてくれる。


「再会してから、薫がスカートをはいてる姿を見たことがなかったし」

 確かに今の私のワードローブにはスカートはなかった。

「引っ越した時には、きれいな格好とかする気分にはなれなかったので、スカートの類は実家に送ってしまってたんです」

この服は見学に行くために実家に預けていた服を取りに行ったものだ。

「それに、薫がきちんと化粧した姿を見たことがなかったから」

 確かに、再会してから私がきちんと化粧をしたのは、今日が初めてかもしれない。7月の公演の時はほぼすっぴんだったし、9月の公演の時もちょっとおしろいはたいて色付きリップを付けたくらいだった。

「化粧あんまり好きではないんです。でも就職活動の時くらいは、身だしなみきちんとしないといけないから」

「そうだよねごめん。嫌がることはしないって言ってたのに」

 高田さんは、私のブラウスのボタンをはめ始める。


 高田さんの手が私の体をかすった時に、忘れていた熱がうずきだす。高田さんは、私の小さなため息を、聞き逃してはくれなかった。

「嫌がってはないの?」

 私は恥ずかしくなってうつむく。

「薫、こっち見て?」

 高田さんの言葉に顔を横に向けた。

「どうして見ないの?」

 高田さんは背中に手をまわして、私を引き寄せる。背中をなでる手に熱が集まっていくような気がする。私の口からは吐息が漏れる。

「ベッドに行こうか?」

 尋ねる口調だったけど、何も答えない私の手を引いてベッドに向かう。

「薫が嫌がったらやめるから。」

 そう言われてやさしくベッドに体を押し付けられた。

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