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 車が動き出してからも、しばらくは静かな時間が続いた。私が話し始めないから、高田さんも口を開けないのかもしれない。

 私は暗い外の景色をじっと見つめていた。

「大したことじゃないと思ってたんです」

 声が、ふいに出た。

 私が話し始めたことに、高田さんはいくらかほっとしたようだった。


「何が?」

「彼の裏切りを理解したのは、彼と新しい彼女のキスシーンを見たからなんです」

 私の言葉に高田さんが息をのむ。

「さっき、そのシーンがフラッシュバックしちゃって」

 私は窓の外を眺めたまま告げた。

「ごめん」

 何と言っていいのかわからない様子で、高田さんが謝ってくる。


「ショックで何も考えられなくなっちゃって。藤沢さんがそばにいたから助けてもらいました。だから、藤沢さんを怒るのは違います」

 涙がボロボロとこぼれてくる。私は子供みたいに手で涙をぬぐう。

「泣かないで?」

 高田さんの声が、困っている。

「泣きたいわけではないので」

 それは本当のことだった。だけど涙がとまらない。


「僕が泣かしたことになるのかな?」

「違います」

 私は首を振る。

「僕が泣かしたんだね」

 その声は、優しい。

「違います」

 私はまた窓の外を見た。


「誰のキスシーンでも、フラッシュバックするわけでは、ないんでしょう?」

「わかりません」

 その答えなど、私にはわからないし、今は考えたくなかった。

「ショック受けたのは、フラッシュバックしたからだけなの?」

「わかりません」

 高田さんの質問に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 涙だけがボロボロとこぼれていく。

「僕が隙を見せちゃったせいだからね。今はそれでいいよ」

 高田さんは、それ以上追求してはこなかった。

 静かになった車内で、私が鼻をすする音だけが続いていた。


 *


 部屋に着くと、高田さんは私を抱きしめて背中をなでてくれた。ようやく、私が泣き止むと、顔を覗き込んでくる。

「キスしてもいい?」

 今まで聞かれたこともない質問に、きょとんとしてしまう。我に返って、力なく首を横に振る。高田さんはため息をつきはしたものの、無理強いするようなことはなかった。

「一緒にいるのはいいのかな?」

 高田さんの胸に顔をうずめて頷く。心は乱れていたけど、高田さんのそばにいるのは居心地がいいのだ。

「薫の嫌がることはしないから」

 ちょっとほっとしたように、高田さんは呟いた。


「そうだ、来週から園の運動会の準備が始まるから、休みの日だけくらいしか来れなくなる」

「次の公演、11月でしたよね? 準備と重なっても大丈夫なんですか?」

「次回の公演は、11月下旬だから。運動会10月の中旬だから、それまではそんなに稽古の頻度も多くないし。佐原の思い付きが4月だったから、11月は無理だって言ったんだけど、間開けるからって言われて、OKしたんだよ。運動会の準備とか遅番でも早めに行ったりしたいから」

「休みの日しか来ないって今までと変わらないですよね」

 いつも次の日はゆっくりしていた気がする。

「次の日が遅番の日とかでも来てたから。早めに帰ってた日もあったんだけど」

「そうでしたっけ?」

 私の返事に、高田さんは苦笑する。


「まあいいよ。つまり、しばらく来る頻度が減るからってこと」

「それは別にいいです。私もそろそろ地元の友達と連絡とろうと思ってるし、高田さんが来なくても大丈夫です」

「なんか言い方が冷たいね」

「いつものことじゃないですか」

「そうだけどね」

 いつものように高田さんと話していたら、ずいぶん落ち着いた。

「地元の友達にも会う気力が出てきたんだね」

「そうですね。ようやく連絡とろうかな、って気分にはなりました。幼馴染とかには怒られそうですけどね」

「薫を心配してくれてるからでしょう? 怒られてきなよ」

「そうします」

 高田さんが、慰めるように私の頭をなでた。


 *


 高田さんが私の家を訪れる頻度は、確かに減った気がした。

 まだ日付の感覚が曖昧なせいで、よくわかっていないのが正直なところだった。

 それでも、会えない日が続くと何だか寂しい気がしたのは、期間が空いているってことなんだろうか。

 高田さんが来るときは、前と同じように夜遅くにやってきて、私と話をして一緒に眠った。

 前と違うのは、何もせずに一緒に眠っているということだ。

 私たちの間には、性的な接触はなくなった。


 高田さんが何を考えているのかはよくわからないけど、抱きしめられて眠ることには抵抗はない。むしろ安心を覚えていた。

 翌朝は、のんびりしながら色々な話をする。高田さんが次にいつ来るかという話をするようになったのは、あれ以降だ。

「次は金曜日に来ても大丈夫? いつもの時間になると思うけど」

 私はスケジュールを思い返して頷いた。

「いいですよ」

 私も予定はあるけど、昼間のことだから問題はないと思うから。

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