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「でも、ケイちゃんがそんなつもりないみたいだったから。……それで、ケイちゃんに拒否されないために、体の関係だけだって思わせるように夜にしか訪ねなかったし、でも、ケイちゃんの気持ちを自分に向けさせるために、毎回大切に扱ってた」
私は、驚きで固まる。高田さんが私を見て、柔らかく笑った。
「……変化球、過ぎませんか?」
私は困って、そう口にした。高田さんが、クククと笑う。
「ケイちゃんは、そうでもしないと関係を終わらせちゃいそうな気がしたからね。でも、終わらせたくなかったし。まあ、今日の話聞いてそれどころじゃなかったのは分かったし、僕が役に立ってたのも分かったけど」
高田さんの気持ちに気付いていなかった。そういう風に扱われてたなんて……。意識すると急に恥ずかしくなる。
「照れてるケイちゃんって貴重だね」
私は気まずくて、話題を変えることにする。
「それで、どうして今日はドライブに誘ってきたんですか?」
「ケイちゃんの僕への視線が、何回抱いてもニュートラルだったから、変化をつけようかと思って」
「確かに、朝から高田さんに誘われたのは、びっくりしましたけど」
高田さんが苦笑する。
「目的はびっくりさせるとかじゃなかったんだけどね。そしたら、一人で泣いて、一人で問題をクリアして、穏やかになったケイちゃんができて」
私を高田さんが切なそうな表情で見る。
「もう僕はケイちゃんには必要ない?」
「一人で問題をクリアしたわけじゃないですよ。問題がこんなに早くクリアできたのは、高田さんのおかげですよ」
「でも、恋愛対象としては、見てもらえないんでしょ?」
「えっと……それは、今は考えられないです」
私は首を横にふる。でも高田さんはちょっとハッとする。
「いずれは?」
「それは分からないです。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない」
「可能性はあるってこと?」
「そんなに追求しないでください」
今答えられるわけがない。高田さんから目をそらして外を見る。
「ケイちゃん……薫?」
名前を呼ばれたことにびっくりして、高田さんを見る。そう言えば、前にも一度呼ばれたけど、その後は「ケイちゃん」呼びに戻っていて、忘れていた。
「何で知ってるんですか?」
うちには表札が出ていないし、郵便物も高田さんが来るころには、もう目のつかないところにある。高田さんが私の名前を目にすることはないはずだ。
「連絡先交換したの、覚えてない?」
「え? でも、それ、私の下の名前は入ってません」
「最近じゃなくてもっと前に、連絡先を交換したことがあるの、覚えてない?」
……もっと前? 私は首をかしげる。どうして高田さんと連絡先を交換したんだろう?
「3年前くらい位に、劇団のホームページの掲示板を使えなくしたでしょう? その後の公演の時、帰りがけにケイちゃんが僕に話しかけに来て、掲示板がなくなった理由を聞いてきたんだよ」
「……そう言えば、高田さんに話しかけたことありましたね」
「ケイちゃんとは掲示板で色々やり取りしてたでしょ。だから、一度は本人に会ってみたかったんだよね。本人が話しかけてきてびっくりして」
劇団のホームページの掲示板でのやりとりは、佐原さんとのやりとりよりも、高田さんとのやりとりの方が多かった。だから、佐原さんよりも高田さんの方が聞きやすかった、というのもあった。高田さんは最初の時以外は舞台に上がってなかったけど、顔はホームページにも出てるから、良く知ってたし。
「それで、折角だから飲みに行こうって話になって。佐原も行きたいって乗ってきて、ついでにそばにいた諒太も参加することになって」
「……確かに、そういう流れでそうなったような」
「一応日程とかはそこで決めて、念のためっていうことで、僕とケイちゃんが連絡先交換したの。その時の連絡先も、苗字しか書いてなかったんだけど、僕が下の名前がケイなの? って聞いたら、下の名前は薫でイニシャルからつけたんですって話してて。その場で下の名前も登録しといたの」
そんな会話を誰かとしたような記憶はある。あれは、高田さんだったんだ。
「それで私の名前知ってるんですね。でも高田さん、あの飲み参加してませんよね?」
「僕が予定の日に都合が悪くなって、ケイちゃんに連絡とったら、その日以外は無理ですって言われて。仕方ないから僕は不参加になったんだよ」
なるほど、と頷いた。私が地元に帰ってくると言っても、1週間もいられないから、いつも予定はタイトだった。
「たぶん、地元の友達とも飲みの約束とか色々組んでたから、日程変更も難しかったんだと思います」
「ケイちゃんは女の子だから、また後日にもう一度って無理強いするのは悪いなと思って。もし、また公演の時に会って飲む機会が作れれば、話しするのもその時でいいかなと思ってた。でも、それから3年も会えなくなるとは思わなかったから、予定変えてでも飲みに行けばよかったなとは思ってた」
高田さんは少し遠い目をした。そんな時から、という事実は、不思議ではあったけど、少し心が温かくなった。
「高田さん時間大丈夫ですか? まだ動揺しそうです?」
高田さんは視線を私に向けると首を振った。
「そうだね、帰ろうか?」
さっきまでのつきものが落ちたような様子で、高田さんが再びハンドルを握る。
「高田さん、安全運転でお願いします。」
高田さんは、返事の代わりに柔らかく笑った。