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「ケイちゃん、人と会うのは、今でもしんどいの?」

「そうですね。万全って言えるかは、よくわからないです。それでも、島に越してきた当初に比べれば、普通に仕事はこなせそうな気がします」

「7月の公演で会ったとき、無理してた?」

「こっちに引っ越してきてから、のんびり過ごして英気は養っている状態だったんで、多少は大丈夫でしたよ。それでも、諒太君との会話はしんどかったかな。ほら、敵意が見えるような口ぶりだったから。まだ今の内容が消化も何もできてないときだったんで、自分に向けられる敵意は、辛かったですね。若いからって免罪符で、何とか聞き流すしかなかったです」

 私は肩をすくめる。


「僕がからかってたのとかは?」

「あれは、瞬発力だけでしゃべれるんで気は楽でした。敵意向けられてるわけではないことはわかったし。前の職場にいた時は、みんなが私のこと気を使ってくれて、軽いやりとりをされることもなくなっちゃって、それも気づまりで、人と会うのがしんどかったんです。周りが気を使ってくれたのが逆に辛くて。わがままですよね」

 辛く当たられるのも嫌だったけど、気を遣われ続けるのも辛かった。

「何も知らない相手に、敵意とかが向けられなければ、大丈夫だったの?」

「どうなんでしょうね。私の好き嫌いも入ってくると思いますけど。少なくとも、もし高田さんが、そのパワハラ上司を彷彿とさせる人とか、すごく気を使って軽いやりとりしない人だったら、ダメだったでしょうね。私は、何が何でも飲みには行かずに帰ったと思います」

 私の言葉に、高田さんが息を吐く。


「……体を重ねたのは、大丈夫だったの?」

 高田さんは、聞くか聞くまいか、ちょっと迷ったようだった。

「あれは、高田さんになら流されてもいいや、って思ってたので大丈夫ですよ。それに、すごく大切なものを扱うように扱ってくれたので、私救われたんです」

「救われた?」

 私は頷く。

「そうです。ほら、職場での上司の私に対する扱いもひどかったし、彼氏の私への最後の扱いもひどかったですから、何だか自分の存在が無意味だ、って言われているような気がしてて。すごく虚無感に襲われてたんです。そんな中で、私を本当にすごく大切なものとして扱ってくれたので、私がいてもいいんだ、って気分がちょっと出るくらいには救われました」

「ちょっと、なの?」

 ちらり、と高田さんが私を見た。


「だって、あの1回で復活するくらいなら、私島で生活してないと思いません?」

「それは、そうだね」

「でも、高田さんが大切に抱いてくれるたびに、私は大丈夫になっていったんですよ」

「ほんとに?」

 その声は疑問形で、でも少し明るい声だった。

「ホントに、感謝してます。だから、今日前の職場でのことを高田さんに説明できたんだと思います。本当に気持ちが整理できたのは、今日だったんで」

「あの、涙?」

 私は頷いた。


「そうですね。ようやく、3年分の澱が流れたような気がします。今日あそこに連れて行ってもらって良かったです」

「そっか」

 それだけ言うと、高田さんは、何かを考えているようだった。

「何を考えてるんですか?」

 沈黙に耐えられなくなって、シートに体を沈めたまま、高田さんの横顔を見る。

「僕の役割は、終わった?」

「どうして?」

 びっくりして、体を起こして高田さんの顔を見る。


 高田さんは、私をチラッと見て、視線を前に戻す。

「気持ちが、落ち着いたみたいだから……」

「どうして、高田さんに役割があるんですか?」

「ケイちゃんにとっての僕は、その場限りの相手なのかな、と、感じられるから?」

「気付いてたんですか?」

 私の素直な返事に、高田さんが苦笑する。

「伊達に40年生きてないよね。それなりに、いろんな経験はしてるつもり。違いますって否定しないところが、ケイちゃんだよね」


 高田さんがサービスエリアに入るために、ウィンカーを出す。

「まだ時間の余裕はあるし、動揺して変な運転したくないから、止まらせて」

「いいですけど」

 そんな動揺するような話?

 人気の少ないスペースに車を滑り込ませると、高田さんは車を出る。

「お茶でも買ってくるよ。ケイちゃんは、化粧室とか大丈夫?」

「行ってきます」


 身支度を終えて車に戻ると、高田さんはすでに戻っていて、思い悩んだような表情でお茶を飲んでいた。

「動揺するような話があるんですか?」

 助手席に座ると、私は口を開いた。

「さあ、どうだろう。僕がケイちゃんを動揺させるわけじゃなくて、僕が、ケイちゃんから動揺させられそうだって話だから」

「そう、なんですか?」

「そうだと思うよ」

 高田さんはそう言って、私をじっと見た。


「ケイちゃんはさ、僕のプライベートには、あまり興味を持ってないよね」

「そう、ですね」

 それは否定はできない。確かに色んなくだらない話はしていても、我々の中でプライベートな話をすることは、ほとんどなかった。あえて聞いてなかった。

「結婚してるかどうかは気にしてても、僕に彼女がいるかどうか、確認はしなかったでしょう?」

 初めて体を重ねた時のことだ。


「あの時、きっとそうなんだろうなとは思ったんだけど、何回体を重ねてても、プライベートなことは聞かれないから、やっぱりそうなんだな、って思ってた」

「高田さんも、そういうつもりなのかと思ってました。だって、いつも夜遅くにしか来ないから」

「僕は、最初から恋愛対象としてケイちゃんを抱いたよ。だから、大切なものとして扱ったんだけど」

「え?」

 予想はしていなかったことで、声が漏れる。

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