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救国のヴァルト・ハイゼン



 骸竜ファルドロギアがこの国に現れたのは、十五年前。

 私のお父様とお母様は最初の犠牲者ではなかったけれど、骸竜の犠牲になった多くの人々の中に、その名を連ねている。


 骸竜ファルドロギアは、サンタナの街を覆いつくしてしまうほどに大きく。

 黒々とした体は瘴気を纏っていて、巨大な骨には瘴気が纏わりついていて、その肉は、溶解と再生を繰り返していると、言われていた。

 骸竜は、気まぐれに姿を現して、街の人々を喰らい、街道を往く人々を喰らい、牧場の動物たちを喰らい、建物を喰らい、森を喰らい、湖を喰らった。

 

 そんなに大きな竜がどこからきたのか。

 どうして人々を襲い、喰らうのか。

 長年研修を重ね、討伐部隊を向かわせて、けれど結局なにも分からず。

 そうして、五年。

 十年前に、とうとう骸竜は倒された。私が、十歳になったばかりのとき。その吉報は我が家にも舞い込んできた。

 お父様と、お母様の仇。

 誰にも倒せないというのなら、私が騎士になって――討伐をしてやると、思っていた。


「……ヴァールハイト。いえ、ヴァルト様。……骸竜を、倒してくださった、救国の騎士様」


「やめてくれ、お嬢さん。急にしおらしくなるんじゃねぇよ。エルフィ様とお呼びなさいとか言ってただろ、さっきまで」


「ただ強いというだけの、態度の悪い男だと思ったのです」


「ただ強いだけの、態度の悪い男だよ、俺は」


「十年前、何が起こって、あなたは死んだとされていて、そしてどうして生きていて、この街で傭兵をしているのかは分かりませんが、自分を卑下する必要はありません。あなたは、救国のヴァルト様なのでしょう」


「ヴァルト・ハイゼンは死んだ」


「ヴァールハイト様と呼んだ方がよろしいですか?」


「ヴァールハイトで良い。お嬢さんは俺の雇い主だろう?」


「……わかりました。あなたがそれを望むのならそうしましょう。あなたは私が雇った私の護衛ではありますが、私の両親の仇を討ってくださった恩人です。セルヴァン、おもてなしをしましょう。マルグリット、入浴を、それから、体の採寸をして、食事の場に相応しいお洋服を」


 セルヴァンが私の頼みに頷いて、部屋を出て行った。

 マルグリットは私の声が届いたのだろう、部屋の中に入ってきて、他の侍女たちと共に、ヴァールハイトを連れて行った。

 ヴァールハイトは特に抵抗するようなことはなかったけれど「風呂ぐらい一人で入れる。勘弁してくれ、いや、本当に……」と、マルグリットを筆頭とした女性たちに囲まれているせいか、なんだか少し情けない声をあげていた。


「ルイーズ、私も入浴を済ませます。今日はお祝いですから……ドレスを着ましょうか、久しぶりに」


「エルフィ様、ドレス! 一年ぶりですね、エルフィ様。とびきり可愛いドレスにしましょう、私たちのエルフィ様は、とても可愛いのですから」


「可愛いという誉め言葉は不要です。それに……学園では、私は鉄の女と言われていたのよ、ルイーズ」


 私の傍付き侍女のルイーズが部屋に入ってきて、私が大腿から外した金塊が入っていた小物入れと、聖銃のホルスターを受け取ってくれる。

 聖銃は流石に外されていた。

 テーブルの上に置かれているのを、ルイーズが手にしている四角い重厚感のある銀の取っ手のついたケースの中へとしまった。


「エルフィ様のどこが鉄なのです。薄紫の髪は夕方の空のように綺麗ですし、菫色の瞳もとても愛らしいのに……! 何もわかっていないのです、アレク様は……!」


「お菓子作りが好きな、女の子らしい女の子が、好きなのだそうよ。私のように、学園に入って、騎士科志望の生徒たちに混じって聖銃の練習などする女は、女ではないのですって」


「うううっ、悔しい、ルイーズは悔しいですお嬢様、お嬢様がどれほど頑張ってきたのか、アレク様はご存じないのです」


「それは、知らないでしょうね。唐突に、婚約のことだって……王家から、打診されたのだし」


「ロングラード侯爵家の財産目当てでしょう?」


「そんなことを言ってはいけないわよ、ルイーズ」


 私よりも余程怒っているルイーズを連れて、私は浴室へと向かった。

 脱衣所で、ルイーズに服を脱がせてもらい、一人用の浴室へと入る。

 たっぷりとお湯の張られた浴槽は、王国では贅沢なものだけれど、サンタナの街には水が豊富にあることと、それから、火山地帯から温泉を街までひいていることから、入浴は案外自由に行うことができる。

 王都の人々からしてみれば僻地であり、田舎と言われているロングラード侯爵領だけれど、観光目的で来るものもかつては、かなり多かった。

 街道に、魔骸が出没するようになるまでは、だけれど。


 お湯の中に体を沈めて、魔骸と戦っていたヴァールハイトについて思い出す。

 私はあの時、ヴァールハイトを――まるで、戦神のようだと思った。

 私は、間違っていなかった。


 ヴァールハイトは、私の恩人。

 ロングラード侯爵家の、恩人。


 出会うことができて、良かった。

 王都にいるときに、グレン・エジール様にはお礼を言わせていただいたけれど。

 本当にこの方が、骸竜を討伐したのだろうかと、僅かに疑問だった。

 グレン様は美しい方だけれど、あまり、強そうには見えなかったのだ。

 少なくとも、恐ろしい骸竜と戦ったようには見えなかった。


「本当は、ヴァールハイトが、竜を倒したのではないかしら……」


 私は、お湯の中に体を沈めながら、呟いた。

 食事の時に、話をしてくれるだろうか。

 十年前に、何があったのかを。




お読みくださりありがとうございました!

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