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太陽の騎士と骸竜討伐



 セルヴァンは私の指示を、部下に伝えた。

 ロングラード家にはセルヴァンの他にも仕事を手伝ってくれている者たちが三人程いて、セルヴァンが執事として教育をしてくれている方々だ。

 セルヴァンはもう歳だから後釜の準備をしているらしい。

 私はセルヴァンを信用しているので、その辺りは好きなようにしてもらっている。


 五歳で両親を失った私は、セルヴァンと共にロングラード侯爵家を守ってきた。

 両親が亡くなった時は、遠い親戚たちが侯爵領を継ぐといって押しかけてきたり、侯爵家にある家財を持ってこうとしたりと、大変だった。

 あの時から十五年。ロングラード侯爵領は今の所平穏で、私も色々あったし、いまだに女だからと侮られることはあるけれど、領民たちの暮らしを守ることはできているように思う。


「やはり私は納得いきません。出自の不明な者を雇うなど」


 セルヴァンは手にしている細身の杖の先端を、ヴァールハイトに向けて言った。

 確かにその気持ちはわかるけれど、ヴァールハイトは私の命令に従った。

 乱暴だし、粗野だし、品はないけれど、子供の命を守ったのだ。

 それだけで、十分信用できるのではないだろうか。


「セルヴァン、ヴァールハイトは……」


「爺さん、それじゃあ、あんたは身元が確かな人間なのか? 骸竜が現れて、その後、魔骸が国にあふれた。こんな世の中じゃ、出自が確かな人間の方が、少ねぇんじゃねぇのか」


 私はヴァールハイトを庇おうとしたのだけれど、その前にヴァールハイトが淡々と言った。

 私のように、骸竜のせいで大切な人を失った人々は沢山いる。

 そして、魔骸によって、命を落とした人たちも。

 皆が皆、私のように強い護衛を雇えるというわけではないのだ。自分の力でなんとかしなければいけない方々の方が、大多数だろう。

 ヴァールハイトは傭兵として、私よりもずっと多くのものを見てきたのかもしれない。


「私はセルヴァン・ディラーク。元々は、ここサンタナで傭兵として働いていた。出自は、孤児だ。ロングラード侯爵、今は亡き旦那様に拾っていただき、礼儀作法や勉学を教え込まれて、エルフィお嬢様の護衛と、教育係を兼ねた、執事となった。ディラークという姓は旦那様にいただいた。清廉なる者という意味だ」


 私は、初めて聞いたセルヴァンの過去に、少しだけ驚いていた。

 私が物心ついた時からセルヴァンはずっとそばにいてくれたから、それが当たり前になっていた。

 セルヴァンは自分のことをあまり話さなかったし。私も、聞いたりしなかったから。

 ヴァールハイトの今の立場と、セルヴァンの過去は似ている。

 ヴァールハイトもそう思ったらしく、腕を組むと口元に不遜な笑みを浮かべて言った。


「それなら俺と一緒じゃねぇか。傭兵ギルドで働いていた、身元不詳の男。それがあんたであり、俺だ。あんただって、身分を証明するものなど何もなかっただろう」


「私がそうであったから、同じような立場のお前が信用できないのだ。とりあえず、身辺調査させてもらう。剣は預かり上衣は確認したが、どこかに凶器を仕込んでいるとも限らん」


「どこかに。これ以上何を脱げと? お嬢さんの前で、全裸にでもなれっつうのか」


「まずはその手袋を外せ、ヴァールハイト。室内ではめている手袋というものは、何かを隠すためのものだ。軍人の制服となれば別だが、傭兵が手袋をはめる意味はなんだ?」


「冷え性なんだ」


「嘘をつけ」


「じゃあ、これは親の形見だ。外せない」


「……セルヴァン、外したくないと言っているのだから、良いのではないですか。手袋の下に凶器を隠すことなどしないでしょう」


 私は思わず口を挟んだ。

 誰にだって隠したいことの一つや二つあるはずだ。手袋を外したくないのなら、無理にはずさせる必要はない。

 手袋の下に隠せる凶器なんてたかがしれている。

 私は子供を守ってくれたヴァールハイトを信用しているし、態度は悪いけれど悪意がある人とは思わない。


「エルフィ様、甘い。これからこの者は、この家で共に暮らすのです。手袋を外せという簡単な命令が聞けないような男を、雇うことはできない」


「俺は別に、雇ってもらわなくても良いんだがな」


「あなたを雇う。これは私が決めたこと。すでに、傭兵ギルドには百万ルピア払いました。あなたが一方的に契約を反故にするというのなら、百万ルピア、あなたが返却してくれますか?」


 私が選んだ私の護衛を、私は手放すつもりはない。余程の事情でもない限り。


「金はねぇよ。……あぁ、全く、しょうがねぇな。どこまでもうるさいお嬢さんと爺さんだ。……外せば良いんだろ」


 ヴァールハイトは、投げやりにそういうと、両手に嵌めている黒い革手袋をあっさり外した。

 もっと抵抗されるかと思っていたけれど、案外簡単だった。

 ヴァールハイトの右手の甲には、不可思議な模様が浮かんでいる。

 赤い、刻印のようなもの。

 これを隠したくて、ヴァールハイトは手袋をしていたのだろうか。

 私はその手をとって、思わずまじまじと見つめた。


「ヴァールハイト、これは……」


「やはり。お前は……救国のヴァルト・ハイゼンなのか」


「……ヴァルト・ハイゼン?」


 セルヴァンが、得心を得たように深々と頷いた。


「神経毒を浴びたお嬢様がこうして何事もなく動けていることに、違和感がありました。そんなことができるのは、聖痕の勇者ぐらいだ。聖痕の勇者は、十年前の骸竜討伐の際に、死んだと言われている」


「それは、私も知っています。十年前に、骸竜討伐部隊が骸竜を討伐してくれたと。骸竜を討伐したのは、グレン・エジール様。太陽の騎士団シャルムリッターの、騎士団長様です」


 私は一年前、王都にある高等教育を受けられる貴族学園で過ごしていた。

 貴族学園高等部は、十八歳から、十九歳までの二年間。

 高等教育を学ぶこともそうなのだけれど、貴族の社交のための人脈を広げる場としての意義が強い。

 何度かお城の晩餐会に出席をして、グレン様の顔を見ている。

 英雄グレン様に寄り添う、奥方のラシャーナ姫様の顔も。


「十年前骸竜討伐に向かったのは、太陽の騎士団団長だった、救国のヴァルト・ハイゼン。右手に聖痕があり、全ての邪悪を祓う力を使えるという、聖痕の勇者」


「聖痕の、勇者……」


 私はヴァールハイトの手を握ったまま、その無精髭の生えた顔を見つめた。

 髪で半分以上顔が隠れてしまっているし、髪の狭間からのぞく瞳は、光のない黒色。

 とても、勇者には見えない。

 ヴァールハイトは口元を歪めている。苦虫を噛み潰したような顔だ。


「……だが、骸竜を致命傷まで追い込んで倒れ、助けに駆けつけたグレンが、骸竜に留めを刺して、英雄として王都に帰還した」


「グレン様は……英雄として誉れ高き、シャルムリッターの騎士団長で……魔骸の襲撃からも、人々を守り続けています」


 皆が英雄として憧れているグレン・エジール様は、輝く金の髪に青い瞳をした、とても美しい方だった。

 私はどうとも思わなかったけれど、貴族学園の友人たちなどは、グレン様に憧れていた。


「ヴァルトは命を落とし、救国の勇者としてしばらくの間はたたえられていたが、実際に骸竜にとどめを刺したのはグレンであり、騎士団長という華々しい立場を引き継いだこともあり、ヴァルトの名は、忘れられていったのです」


「詳しいな、爺さん。十年も前の話なのに」


「骸竜は……ロングラード侯爵の、旦那様と奥様の仇ですから。もちろん、方々手を尽くして、討伐してくれたというヴァルト・ハイゼンについては調べました。けれど、何も見つからなかったのです。遺族もおらず、連なるものも誰もいなかった」


「討伐したのはグレンで、ヴァルトとやらは死んだんだろ?」


「生きているではないですか。あなたが、ヴァルト。聖痕の勇者。……だから、私の体を蝕んでいた神経毒を、癒してくれたのですね。……ありがとうございます」


「……そいつはもう死んだ。俺はヴァールハイト。貧乏な傭兵だよ、お嬢さん」


 ヴァールハイトは諦めたようにそう言って、頭を振った。


「奇妙な模様が入っている、ぐらいで済むと思ったんだがな。あれから十年も経っているんだ、どうせ覚えてるやつなんざいねぇだろうとな。……爺さんを甘くみていた」


「甘く見られては困る。まだ耄碌したつもりはないのでな。ヴァルト殿。いや、ヴァールハイト。ロングラード侯爵家はあなたを歓迎しよう。エルフィ様、あなたが信用しようと決めた男は、ロングラード侯爵家の恩人。英雄です」


「……ええ。ヴァールハイト。……両親の仇を討ってくださって、ありがとうございました」


「仇を討ったのはグレンだろ。急にしおらしくなったな、お嬢さん。偉そうな態度はどこにいった?」


「あなたに聞きたいことはたくさんありますが、まずは体をきれいにして着替えましょう。その見た目、なんとかしないといけません。私も、身支度を整えるから、そうしたら食事にしましょう」


 私がヴァールハイトを見上げて微笑むと、ヴァールハイトは私から視線を逸らして嘆息した。



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