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聖痕の勇者



 ◆◆◆◆


 魔骸には種類がある。

 植物に取り憑いたものを総称して、生い茂るものディグローシュ。

 動物に取り憑いたものを総称して、地を這うものクローリゲル。

 人に取り憑いたものを総称して、ヒュームリゲイラ。


 その中でも種類ごとに細分化されるが、結局は魔骸であることに変わりないので、細かい名称などは覚える必要はない。

 結局、殺せさえすればそれで良いのだ。

 無尽蔵に沸き続けるように見える魔骸もいつかは、消え去る時が来る。

 一つ一つ潰していけば。

 永遠に続くものなどありはしないのだから。


 俺は魔骸の神経毒にやられて動けなくなった気の強い雇い主を見下ろして、嘆息した。

 お嬢さん──エルフィが、右の大腿にホルスターを巻いていることには気づいていた。

 護身用の聖銃を持っている貴族は案外多い。

 エルフィも貴族である。エルフィ・ロングラード。

 ロングラード侯爵家の領主。まだ二十歳のお嬢さんだと、酒場で誰かが話をしていたのを聞いた。


 顔は可愛いのに気が強く、そのせいで婚約者だった第二王子に振られた。

 誰か、慰めてやれ──などと、冗談混じりに誰かが言って、「エルフィ様に対してなんてことを言うんだ」と別の男が怒り、喧嘩になっていた。


 ひとところに長期間止まらないようにしている俺がロングラード侯爵領に来たのは、数ヶ月前。

 王都から離れている僻地であり、そのため余計な雑音も耳に入ってこないので、居心地が良かった。

 金を稼ぐため、ついでに、魔骸を討伐するために傭兵ギルドに入って適当に働いていたが、こんなお嬢さんに雇われることになるとは。


 魔骸と戦ったこともないくせに俺を押し退けて聖弾を撃ち込んで、気を抜いて、魔骸が消滅する時に最後の抵抗として撒き散らす神経毒にあっさりやられるような、無謀で無知なお嬢さんに。


「だが……そうか。水路を守りたかったのか」


 聖銃を握りしめていたエルフィは、焦っているように見えた。

 あの時魔骸は俺が斬り殺して、後はどろどろに溶けて死ぬだけだったから、放っておけばそれで終わっていた。

 けれどどうしてもエルフィは、聖弾を魔骸にうちこまらなければならなかったのだ。


 街を、守るために。


 魔骸を殺したあと、魔骸の体はとけて消える。体がとけた時の粘液で、それが触れた地面は一過性の汚染が起こる。

 数日経てば消えてしまうものだが、数日間は、花は枯れ、水は毒となる。

 大きな水路だから、魔骸が一匹とけたところで、水量が多く、対した被害にならないだろうと軽く考えていた。

 それよりも魔骸が街で暴れて多くの人間を食い殺す方が問題だろうと。


 だが、エルフィは街を守るため、戦ったこともないくせに銃を構えたのだ。

 聖弾で撃ち抜けば、弱った魔骸を浄化することができる。

 聖弾にはそこまでの威力はないので、ただ撃ち込むだけでは駄目だ。

 先に炎弾や雷弾などを使用して、魔骸を瀕死にする必要がある。

 殺すだけなら炎弾や雷弾だけでも十分だが、それでも聖弾が使用されるのは、聖弾で浄化してしまえば、魔骸による汚染が起こらないためである。


 単純で、簡単な、正義感。

 それは、俺が──今はもう失ってしまった、眩いもの。


「……あぁ、……ったく、しょうがねぇな」


 俺はエルフィの前にしゃがみ込むと、額をおさえた。

 水路にはまだ、誰も来ていない。

 そのうち魔骸が倒されたことに気づいた街の連中が、俺たちを心配して現れるだろう。

 その前に、すませておかなければ。


 俺は右手の革手袋を、抜き取った。 

 右手の甲には、赤い円と三角形を組み合わせたような紋様が浮かんでいる。

 それは──聖痕、と呼ばれている。

 あのことがあってからは、誰にも見せていない。


「特別だ、お嬢さん」


 魔骸の神経毒は、数日間体を痺れさせるだけのもの。

 命に別状はないが、数日間は身動きが取れなくなる。

 おそらく先に子供を助けに来て、魔骸にやられて倒れている兵士たちも、神経毒が体にまわり気絶している。

 魔骸は、弱い子供はそのまま、兵士たちは気絶させてからゆっくり食おうとでも思っていたのかもしれない。


 動けないということは、早い話、生活の全てを人の世話になる必要があるということだ。

 このプライドの高そうなお嬢さんにとって、それほど苦痛なことはないだろう。


「浄化の雫」


 聖痕のある手を、エルフィの胸の上に押し当てる。

 湖面に雨の滴が落ちるように、体の上を滑るようにして水の波紋が広がっていく。

 聖痕が赤く輝き、すぐにおさまった。

 力を使ったのは久々だが、特に衰えてはいないようだった。


「……ん」


 小さく、エルフィが吐息を漏らした。

 苦しげだった呼吸が楽になったのだろう。穏やかに、胸が上下しはじめる。


「さぁ、行こうか、お嬢さん。とりあえず、診療所だな」


 俺は手に手袋をはめて、エルフィを抱き上げた。

 全員担ぎ上げて運ぶかどうしようか考えていると、水路の向こう側から「大丈夫か!」という声と、数人の足音が聞こえてきた。



お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

内容とタイトルが噛み合わないのにタイトルが思い浮かばないんですが、なんか良いのあったら教えて欲しいです…。

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