表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/52

大切なものは一つだけ



 姫──姫とは、ラシャーナのことだろうか。

 それ以外には考えられない。

 侍女頭が大急ぎで外にでいき、それからばたばたと戻ってくる。


「ヴァールハイト様、ラシャーナ様がいらしていて、あなたに会いたいと……!」


「……俺に」


 俺の存在がラシャーナに知られていたのか。

 聖痕の力を人前で使用したのは一度だけで、それ以外は大人しい旅路だったと思うのに。

 だとしたら──見張られていたか。

 俺を見張っていたわけではなく、おそらくは、エルフィを。


 胸を支配している嫌な予感がさらに膨らんでいく。


「ヴァルト!」


 屋敷の入り口の扉を勝手に開いて、姿を現したのはラシャーナだった。

 最後に見た日からかなりの年月が経っているが、変わらない姿で俺の前に立っている。

 俺の姿を見ると、瞳に涙を浮かべて駆け寄ってくる。


 抱きついてくるラシャーナの肩を掴んで、俺はその体を引き剥がした。

 俺たちの様子見て、侍女頭や警備兵が困惑した表情を浮かべている。


「俺はそのような名前の男ではありません。ロングラード邸に姫君ともあろう方が、一人で何の用でしょうか」


「ヴァルト、残酷なことを言うのはやめてください。あなたはヴァルト。ヴァルト・ハイゼン。私はあなたのことを、忘れた日など一度もありませんでした……!」


「お戯を。あなたはグレン・エジールの奥方ではありませんか。そのようなことを言ってはいけません」


 何を言っているのか、ラシャーナは。

 俺が咎めると、ラシャーナは目尻に貯めた涙をぽろぽろとこぼした。


「あなたが骸竜の討伐で命を落としたと聞いて、私はグレンと婚姻を結びました。けれどグレンは私を愛してなどいないのです。グレンは家に滅多に帰ってはこない。子も、いません。私は不幸です……あなたを失ってから、ずっと不幸でした」


「……エルフィならば、そんなことは言わない」


 心が、冷えていく。

 ラシャーナの事情など、俺は知らない。

 グレンと結婚したのはラシャーナの選択だろう。

 ラシャーナはあの頃と変わらない。着るものもその姿も、美しく整えられている。

 少なくとも不自由しているような様子はない。

 グレンは、ラシャーナが欲しくて俺を殺そうとしたのだろう。そこに愛が全くなかったとは思えない。


 いや、そんなことはどうでも良い。

 二人の問題に、俺は関係がない。

 そして──エルフィならば、己の不幸を嘆いて、結婚をした相手ではなく別の男に縋るような真似はしないだろう。


 なぜ、ラシャーナがここにいる。

 グレンは妻の不貞を許すような迂闊な男ではない。ラシャーナが俺を知っているのならばグレンも同様だ。

 俺が一人になった頃合いを見計らってラシャーナをここに送り込んだ。

 何か、意味があるはずだ。


「エルフィがなんだというの!? あなたにとって、何なの……!? ヴァルト、あなたは私と結ばれる。約束をしたじゃない。どうか、私を連れてこの街から逃げて……! どこか、遠くに!」


 金切り声をあげながら、ラシャーナが俺に縋り付いてこようとする。

 哀れだ。

 俺がラシャーナと結ばれていれば、ラシャーナは己の不幸を嘆くことなどなかったのかもしれない。

 だが、過去は変えられない。

 失った時間は戻ったりもしない。

 俺が愛しているのは、欲しいのは、エルフィだけだ。


「……俺はヴァルトではない。俺は、ヴァールハイト。過去を持たない、エルフィの護衛だ」


「あんな女……! アレクから聞いたわ。我儘で自分勝手で、生意気で、男のように聖銃を持ち歩く田舎者の野蛮人だと。王家を……アレクを愚弄した、立場をわきまえない愚か者だわ!」


「血筋がそんなに大切なのか。俺は何も持たない孤児だ。英雄でもなんでもないただのヴァールハイトを、エルフィは受け入れてくれた。帰れ、ラシャーナ。あんたに構っている暇はねぇんだよ」


 エルフィの元に行かなければ。

 頭の中で何かが鳴り響いている。

 エルフィが、危険だ。

 迂闊だった。やはり行かせるべきではなかった。


「ヴァールハイト様、エルフィ様が!」


 顔を真っ青にしながら、ウォレスが屋敷へと駆け込んでくる。

 説明を聞いている時間はない。

 嫌な予感が的中をした。


「剣を」


「ここに!」


 侍女たちが、俺の剣を手にして恭しく捧げた。


「皆、荷物を纏めてロングラード領へ向かえ。大切な者たちを連れて。ここにいてはいけない。嫌な予感がする」


 確証はないが、王都に留まるのは危険だと、警鐘が響き続けている。

 俺は剣を掴み、それでも縋りつこうとしてくるラシャーナをウォレスや警備兵たちに任せると、外に出る。

 ロングラードの侍従たちは成り行きを見守っていたのだろう。

 俺の意図を察したのか、すでに屋敷の前には黒炎が厩から連れてこられていた。


「黒炎、いくぞ!」


 黒炎に飛び乗り、ソファラ大神殿へと駆ける。

 エルフィの無事を、祈りながら。



お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ