何も知らない愚かなエルフィ
グレンは途中から兵士たちを下がらせた。
私を見張るのは自分一人で十分だと言って、私と二人きりになった。
どういうつもりなのかわからない。最悪の事態が――死罪になるという事態が避けられたのか、それとも最悪を免れたあとに再び最悪がやってきたのだろうか。
私は両手と体を動かすことができないように縄で縛られている。
縄ごと腕を掴むようにされて、引きずるようにして連れてこられたのは、ソファラ神殿の礼拝堂から更に更に、奥深くまで進んだ場所にある部屋だった。
奇妙な部屋だ。
窓がないせいか薄暗い部屋にはいくつもの燭台がある。燭台には蝋燭の炎が灯り、部屋を橙色に照らしている。
燭台の明りだけでは光源としては不十分なのだろう。部屋は端にいくほどに闇が溜まっていて、どれぐらい広い場所なのかもわからない。
部屋の中央には、見上げるほどに大きな女性の姿を模した石像がある。
石像は両手を空に掲げている。何かをすくうような形でぴったりとあわさった両手からは、黒い水のようなものが湧き出ている。
黒い水は石像の足元に零れ落ちている。
石像の足元は池のようになっている。池よりももっと大きいのだろうか。
どこまでつづいているのかは、池の先は暗闇になっていて見ることができない。
「私を、どうするつもりですか」
私はグレンを睨みつけながら言った。
この人は――ヴァールハイトを殺そうとした。
骸竜を倒したのはヴァールハイトなのに、その手柄を横取りして、ラシャーナ姫もシャルムリッター騎士団長の立場も奪った。
嘘をついて皆を騙して『英雄』という肩書を、恥ずかしげもなくひけらかしている。
そんな人が、私を助けてくれたりしない。
「気の強いことだ。そう警戒しなくて良い。私は、君と話がしたいと思っている」
奇妙な空間には、立派な椅子が一脚置かれている。
どことなく玉座にも似た造りの椅子である。
天鵞絨張りの座面に、金の貼られた立派なひじ掛け。背もたれも長く、ゆったりした大きな椅子だ。
「そこに座ろうか、エルフィ。立ち話よりは良いだろう」
グレンに促されるままに、私は椅子に座った。
拘束の縄が解かれる。縄が体に食い込んで痛かった。案の定、腕にはくっきりと縄目の痕がついていた。
グレンは私の前に膝をついた。
まるで、女王の前に跪く騎士のような仕草で。
「……拘束を解いて良いのですか」
「君は逃げられない。君もどうやら鍛えているのだろうが、私には敵わない。それにこの部屋を出れば兵士たちが、礼拝堂にはアレクがいる。ソファラ神殿は礼拝堂を抜けないと外にはでられない。ここから逃げたとしても、君は拘束されるだろう」
グレンの言う通りだろう。
今はまだ、様子を伺うべきだ。逃げるタイミングがきたら、いつでもここから抜け出せるようにしておかないと。
ここから逃げて――でも、それでどうなるのだろう。
私が逃げればロングラードの家の者たちは、追われる立場になってしまうのではないだろうか。
だとしたら、逃げてはいけないのではないか。
私が大人しく処罰を受ければ、ロングラード領は平和なままだ。
私一人の命で領地の者たちの平和を保つことができるのなら、守ることができるのなら、私は――。
「もっと抵抗するかと思ったのだが、思ったよりも賢いのだな、エルフィ。私は、賢い女は好きだ。昔は愚かな女が可愛いと思うこともあったが、今は駄目だな。愚かな女はずっと愚かなままだ。馬鹿と話すのは疲れる」
「何の話……?」
「いや、今のは余談だ。エルフィ、君とは大切な話をしなければいけない」
「グレン様と話すようなことは、私には何も思い当たりません」
「それは嘘だな」
グレンは私のスカートを、無造作にめくり上げた。
拘束されていない両手で捲られたスカートを抑えつけようとしたけれど、片手で簡単に私の両手は拘束されてしまう。
グレンは私の太腿にあるホルスターから、聖銃を抜き取った。
そして私から手を離すと、聖銃を私の前に掲げてみせた。
「やはり、持っていた。アレクに見つからずに良かったな、エルフィ。聖銃を礼拝堂に持ち込んでいたことが分かれば、あの場で兵士に切り捨てられていたかもしれない」
「それは、護身用です。王都といえども、魔骸が現れるかもしれません」
「下手ないいわけだな。……だが、私は責めているわけではない。君が聖銃をもっていることを確認したかっただけだ」
グレンはそう言うと、聖銃を黒々とした水をたたえた池へと投げ捨てた。
どぼんと、水の中に聖銃が沈んでいく音がする。
「――ヴァルト・ハイゼンは、君と共にいるのだろう」
「……何のことです」
心臓が大きく脈打った。
どうして知っているの?
ヴァールハイトが聖痕の力を使ったのは、ロングラード領の森で一度きりだ。
それからは、私の頼みをきいてくれて一度も聖痕を使用していないし、人前では手袋をしていた。
ロングラード領から王都まで噂が伝わるにしても、早すぎるのではないだろうか。
「誤魔化さなくても良い。私はもう、それを知っている。聖痕の英雄ヴァルトは生きている。いや――正確には、英雄ヴァルトの再臨――同一人物かはわからないが、かつての英雄のように強く、魔骸を倒すことのできる男がいる。その男は、聖銃を持った娘と旅をしているのだと」
「……私は聖銃を持っていますが、それはわたしのことではありません」
「誤魔化しても無駄だと私は言った。この国に聖銃を持ち、あまつさえ使用のできる女など、誰もいない。君以外はな、エルフィ」
「そんなこと、分からないでしょう」
「わかるんだ。聖銃は簡単に手に入る武器ではない。貴族が護身用に購入することもあるが、女性がそんなものを持ちあるき使うようなことがあったら、皆、眉をひそめる。君だけだ。恥も外聞も気にせずに、聖銃を扱う女は君だけ。なかなか、素晴らしい心がけだと私は思うけれどね」
「私以外にも……」
「いない。それに、君とヴァルトは王都まで来る間に、多くの人々を救ったのだろう。お人好しが仇になったな。聖痕などなくとも、魔骸を倒すような者は英雄とあがめられる。英雄と崇められれば、噂が流れるのは早い」
グレンは自信に満ちた声音で続ける。
「……証拠がないなど、愚かなことを言わないでくれ。エルフィ、アレクはずっと君の身辺を探っていたんだ。君の恐ろしく強い従者の……名は何だったかな。名前などはどうでも良いか。あの老兵が、病を患っていることも知っている。それから、君が新しい護衛を雇ったことも」
「……セルヴァンは、病気などではないわ」
「君は何も知らないのだな。賢いのに、何も知らない。賢く勇敢な君の周りには沢山の良心的な人間が揃ったようだ。揃いも揃って君に嘘をつくのだから。老兵は病だ。老い先短い」
「そんな……」
そんなことは、私は知らない。
セルヴァンは元気そうにしていたもの。もう年だから、腰が痛いとは言っていたけれど。
だから一緒に王都までの旅は厳しいと、言っていたけれど。
「アレクは老兵が倒れる日を待っていた。君の傍にあれがいるようでは、ロングラード領で暮らすのに心穏やかではいられないからな。いつ寝首をかかれるか、わかったものではない。老兵が倒れた故に、今回の茶番劇を開くことにしたのだろう」
「……セルヴァン」
私は、力なく項垂れた。
ずっと一緒に居たのに、私は何も知らない。
知らないことばかりだ。皆きっと、私を思って隠していてくれたのだろう。
それでも何一つ気づかないなんて。
私は本当に、馬鹿だ。
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