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アレク・ライヒルド第二王子とエルフィ



 ヴァールハイトと別れを告げて、私はソファラ大神殿へと向かった。

 ライヒルド王家の婚姻の儀式は、ソファラ大神殿で行うと定められている。

 王家の方々は女神ソファラ様と、大司教ラミア様の前で愛を誓いあうのである。


 ソファラ神殿は各地に建てられていて、各地の神殿でも婚礼の儀式を行っている。

 けれど、尊い御身である大司教ラミア様が姿を見せてくださるのは、王家の婚礼の儀だけである。


 私が大神殿に辿り着くと、すでに何台もの馬車が大神殿の前には到着していた。

 馬車から降りて、ウォレスと共に大神殿前の大階段を登っていく。

 私の姿をちらちら見ながら、顔見知りの貴族たちがこそこそと何やら噂をしている。


「……言いたいことがあるのなら、私に直接話しなさい」


 何を言われているのかは分かっていたので放っておけばよいのだけれど、聞こえよがしの噂話というのは腹が立つ。

 つい大きな声でそう口にすると、貴族令嬢たちが口元に扇をあてて怯えたような表情を浮かべた。

 ――怖がるのなら、余計なことを言うのではないわよ。

 怖がっている仕草も、演技なのかもしれないけれど。


「エルフィ様、お気を静めて」


「ええ。……つい。駄目ね。気をつけるわ」


 ウォレスに言われて、私は頷いた。

 ヴァールハイトは、言いたい奴には好きなように言わせておけ――と、言われていた。

 私の手に指を絡めながら「あんたには俺がいるだろ? 他の有象無象に構うんじゃねぇよ」と言う、ヴァールハイトの低く甘い声を思い出す。

 少し、気持ちが落ち着いた。


「それでは、エルフィ様。私はこちらで待機しております。何かあればすぐに駆け付けます」


「ありがとう。行ってくるわね」


 王家の結婚式の会場である大神殿の礼拝堂の前では、他の貴族の方々の従者と思しき者たちが待機している。

 扉の前には兵士たちが並んでいて、厳重に警備がされていた。

 礼拝堂の中には立場のある者しか入ることができない。

 従者や護衛は基本的には扉の前で待機することになっている。とはいえ、扉一枚隔てた場所なので、他の貴族の護衛も、兵士たちも、異変があればすぐに中に入ってくることができる。


 私はウォレスに別れを告げて、礼拝堂の中へと入った。

 礼拝堂の一番奥には、女神ソファラ様の像がある。

 女神ソファラ様は、肩に瓶を乗せてそれを両手で抱えた髪の長い女性の姿だ。

 瓶からは清らかな水が流れている。実際に水が流れているわけではないが、石を掘り出して水の流れが表現されている。


 薄暗い礼拝堂にある沢山の燭台には火がともっていて、揺らめく炎が天井画や壁画を照らす様は荘厳で幻想的だ。


 最奥の女神の像を中心として、礼拝堂には椅子が並べられている。

 着飾った貴族たちが立派な長椅子に座って、式典の始まりを待っているようだった。


 私が礼拝堂に足を踏み入れると、貴族たちの視線が一斉に私に向いた。

 まるで――私を、待っていたかのように。

 奇妙な雰囲気に、なんともいえない恐ろしさを感じた。女神の像から礼拝堂の入り口までは、赤い絨毯が敷かれている。

 早く席につこうと心では思っているのに、まるで金縛りにあってしまったかのように体が動かない。

 

 絨毯に足の裏がh張り付いてしまったように動けないでいる私の横を、あとから来た者たちがすり抜けて、それぞれ長椅子に座っていく。


 まるで川の流れをせき止めている川石のようだ。

 動けないのは、皆が私を見ているから――だけではない。

 どういうわけか、礼拝堂の奥の女神ソファラの石像の前に、白い祭礼着を着たアレク様が立っている。

 久々に見たアレク様は、金の髪に青い瞳をしたいかにも王子様然とした姿の方である。

 

 黒い髪に、夜の闇を凝縮したような漆黒の瞳をしたヴァールハイトとは全く違う。


 アレク様の隣には――婚姻を結ぶはずの、フィオナさんの姿はない。


「エルフィ、待っていた。来ると思っていた」


「……え?」


 アレク様はどういうわけか私の名前を呼んだ。

 まるで私を迎え入れるように手を差し伸べているアレク様を、私は入り口から少し進んだあたりで立ちすくんだまま、唖然としながら見つめた。


「君が来てくれなかったら、花嫁不在で婚礼の儀式を行うところだった。エルフィをこちらに」


「な、なに、なんなの……離しなさい!」


 長椅子に座る貴族たちにじろじろ見られながら、私はいつのまにか私の元にやってきた兵士たちに腕を掴まれて、祭壇へと連れていかれる。

 女神ソファラ様の石像が安置されている祭壇には、アレク様が一人きりだ。

 アレク様の横に強引に並ばせられた私は、混乱する頭を片手で押さえた。

 理解ができない。意味がわからなすぎて、頭が働かない。


「これは、いったい……アレク様、フィオナさんは、どちらに」


「エルフィ。君は勘違いしている。私と結婚をするのは君だ」


「私との婚約は破棄されたはずです……! それに、招待状には……」


「フィオナとの婚礼の儀式とは書いていなかっただろう。アレク・ライヒルドの結婚式の招待状とだけ、書いたはずだ。花嫁は君だからな」


「どういうことなの……」


「一年前――君は一方的に私を嫌悪し、領地に逃げ帰った。だが、婚約は破棄されていない。そのような通達を、ロングラードに送った覚えはない」


 アレク様は聞き分けのない子供に言い聞かせるように言った。


「私と君は、婚約者のままだ。……だが君は私を嫌っている。どれほど私が君に謝罪の手紙を送っても、君は返事一つ、返してはくれなかった」


 嘘だ。全部、嘘。

 謝罪の手紙なんて、貰っていない。


「フィオナに浮気心を抱いてしまった私に罪がある。だが、あれはただの男爵家の娘だ。私とは身分が釣り合わない。私はロングラード侯爵家を継ぐことを、父や兄から求められている。そのために、君と結ばれる必要がある」


「……っ」


 私は唇を噛んだ。

 嘘つきと怒鳴りつけたい。勝手なことを言うなと、その頬を殴りつけたい。

 けれど――そんなことをしたら。

 アレク様はライヒルド王家の、第二王子だ。そしてこれほど多くの貴族の前では。私は――王家に仇なす者とされるかもしれない。


「どれほど君に手紙をだしても、君は私と会おうとしてくれなかった。けれど……君もきっと、私に情があると信じていた。エルフィ、君は真面目な人だ。だから結婚式の招待状を送れば、ロングラード領のために、家のために、王家に忠誠を示すためにここまで来てくれるだろうと」


「……私は」


 私は――何と答えれば良いのだろう。

 アレク様が私の両手を強引に掴んだ。触れられた皮膚から、ぞわりと悪寒が走る。

 全身に鳥肌が立つ。気持ちが悪い。

 ヴァールハイト以外に、触れられたくなんてない。


「エルフィ、来てくれて嬉しい。……君が来てくれなかったら、ライヒルド王家に反意があるとして、君を断罪しなければならなかった。私は君を愛しているから、そんなことはしたくない」


 それは、予想していた。

 わざわざ私に招待状を送ってくるのだから、何かしらの意味はあるのだろう。

 私の行動は、試されているのかもしれない。

 けれど――こんなことになるなんて、考えていなかった。


 ただ単に、私をフィオナさんとの結婚式に呼んで、笑いものにしようとか、その程度のことだと思っていた。

 私は、甘かった。

 アレク様の言う通り、フィオナさんは領地を持たない男爵令嬢だ。

 アレク様を婿にすることはできないだろう。だから、王家はアレク様に公爵姓と領地を与えるものだと考えていたけれど、魔骸が土地に溢れて小さな村や町が襲われて、人が減って。


 人が減れば、経済は滞る。魔骸が増えれば、瘴気により土地が汚染されて、枯れてしまう。

 アレク様に渡すことのできる領地など、王国にはないのだろう。

 どこかの貴族の領地を切り崩せば、不平不満が王家にむけられる。

 その上アレク様は側妃様の息子だから、そこまでのことは王家としてはしたくないのかもしれない。


 だから、私が選ばれた。

 アレク様は私と結婚をしてロングラードを私から奪い、フィオナさんを呼び寄せるのだろう。

 元々そのつもりだった。そしてそれは、私が勝手に終わったと思っていただけで――何も、終わっていなかった。


「そんな……」


 私は、アレク様と結婚なんかしたくない。

 あぁ、駄目だ。

 でも、言っては駄目。

 アレク様は結婚式に顔を出さなければ、私を断罪すると言っていた。

 結婚式に参加しなければ私は断罪されて領地をアレク様に奪われていた。

 そしてここで私が拒絶を口にすることも、王家に対する反逆だとされるだろう。


 頭では、分かっている。

 けれど感情が。あふれる感情が、唇から言葉をこぼれさせた。


「嫌……嫌よ。私は、あなたと結婚なんてしない。絶対に嫌……!」


 私の手を握るアレク様の手を、私は振りほどいた。

 アレク様の口角が、獲物を前にした肉食獣のように吊り上がった。



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