王家の結婚式への出立
お祝いのためのドレスは、薄い水色にした。
ロングラードの雪山を表現しているドレスである。アレク様の色ともフィオナ様の色とも違う。
本当はヴァールハイトの色である黒いドレスにしたかったのだけれど、お祝いの席で黒いドレスは忌避されるものだから、仕方ない。
「俺も一緒に行く」
朝らかずっと、私とヴァールハイトは押し問答を繰り返していた。
まるで親のあとをついて歩く雛鳥のように、着飾った私のあとをぴったりくっついて離れない。
「駄目よ。待っていて、ヴァールハイト。アレク様の結婚式には、陛下もいらっしゃるかもしれないもの。……それに、先の国王陛下アルスト様も。アルスト様はあなたの顔をよく覚えているでしょう。アレク様やレーヴァント陛下だって、きっとあなたの顔を知っている」
ヴァールハイトがヴァルト・ハイゼンだった時代、国王陛下でいらっしゃったのがアルスト様だ。
アルスト様には、レーヴァント様、ラシャーナ様、アレク様。三人の子供がいる。
レーヴァント様とラシャーナ様は歳の離れた兄妹である。
アレク様は、アルスト様がある程度のお年を召してからむかえいれられた側妃様の子供だ。
レーヴァント様とラシャーナ様とは腹違いの兄弟だけれど、仲が悪いわけではないらしい。
あくまでも、噂である。私とアレク様の関係は良いものではなかったから、アレク様からご家族の話は聞いたことがない。
セルヴァンは、「王家のことを悪くいうのはいけないことです。だが、ここだけの話、王国の端にあるロングラード領に、エルフィ様と結婚をさせてアレク様を送るというのは、厄介払いの意味合いが強いのではないでしょうか」と言っていた。
確かにロングラード領は中央から遠い。
王座を争うことや、余計な火種を燃やすことを避けるために、私がアレク様の婚約者に選ばれたという可能性はある。
それにアレク様は、最初から私との結婚を嫌がっているようだった。
──ロングラード領は、北の片田舎。私のことも、着飾ることを忘れた武器を手にする野蛮な田舎娘であると、言っていた。
「だが、あんたに何かあったら……あんたを守るのが俺の役目だ。それに、俺はあんたの恋人で、夫だろう? 一人で行かせるわけにはいかねぇ」
「……ありがとう、ヴァールハイト。でも、あなたが生きていることを誰も知らないのよ? もしラシャーナ様やグレン様も結婚式にいたとしたら……結婚式どころではなくなってしまう」
「それはそうかもしれねぇが」
「私は、あなたと穏やかに暮らしたい。そして、ロングラード領を守る必要がある。だから、あなたの存在を知られたくないの」
「だが」
「……それにね、ヴァールハイト。もしあなたとラシャーナ様が再会したら……あなたはラシャーナ様への恋心を取り戻してしまうかもしれないでしょう? ラシャーナ様は今でもとても美しいもの。私なんかよりも、ずっと」
ヴァールハイトの存在を隠したいのは、揉め事を起こしたくないから。
けれどそれだけではない。
思わず本音が唇からこぼれ落ちてしまって、私は慌てて両手で口を押さえた。
「い、今のは、忘れて……」
「可愛いな、エルフィ。俺があんた以外に惚れるなんてありえねぇよ」
「うん……」
「今は、あんたを失うのが怖い。もしあんたの身に何かが起こったら……なぁ、エルフィ。あんたは今の俺の全てなんだ。それを忘れないでくれ。愛してる、エルフィ」
「は、はい……」
背後からぎゅっと抱きしめられて、腹部に大きな手が添わされる。
私は僅かに震えながら、切なく眉を寄せた。
低い声も体温も、逞しい体も、私よりもずっと大人なのに、私に子供のように拗ねたり甘えたりするところも、全部、好き。
だから──失いたくない。この穏やかな幸福を、壊されたくない。
「顔を出してご挨拶をして、すぐに帰ってくるわ。護衛もいるから、大丈夫。そうよね、ウォレス」
「はい。旦那様、エルフィ様のことはこのウォレスにお任せを。王家の結婚式に悪漢が入り込むようなことはないでしょうが、エルフィ様に何か危険なことがあるようなら、私がこの身を挺してでも守ります」
ウォレスは、ロングラード侯爵家別邸を守ってくれている執事であり、セルヴァンに師事した騎士の一人である。普段は侍女である妻と二人で中心となってこの家を切り盛りしてくれている。
口の堅い信用できる人だ。私は使用人の皆を信用しているので、この家の者たちには、ヴァールハイトの出自や事情を伝えている。
「それはそうよね。アレク様の結婚式なのよ。警備も厳重でしょうし、何かあれば王家の恥となるでしょう。騎士団長のグレン様の名折れにもなってしまうもの。だから、大丈夫よ」
私がどれほど説得しても、ヴァールハイトはずっと浮かない表情のままだった。
時間に遅れてしまうので、屋敷を出ると、家の前に停めてある馬車へと向かった。
馬車馬は黒炎ではない。馬番の話では、黒炎も他の馬が使われることに拗ねてしまって、朝から食事をしていないらしい。
「それじゃあ、行ってくるわね。ヴァールハイト、大丈夫だから。帰ってきたら一緒に美味しいものを食べましょう? お酒も飲んで、明日はずっと一緒にいましょうね」
「一日、ベッドにいても良いのか?」
「ええ。もちろん」
「……戻ってきたら、あんたを抱かせてくれ。本当は今すぐ部屋に連れ戻したい。だが、我慢する。我慢強い俺を良い子だと言って褒めてくれ」
私はヴァールハイトの両手を握ると、背伸びをした。
顔を近づけてくれるので、その頬に口付ける。
「良い子ね。行ってくるわね。……心配してくれてありがとう。あなたが、大好き」
「……エルフィ。……やっぱり駄目だ」
「うん。でも、もう行かなきゃ」
私を抱きしめようとしてくる手から逃げると、私は馬車に乗り込んだ。
数時間耐えれば良い。
そうしたら私は、ロングラードに帰ることができるのだから。
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