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ヴァールハイト・ロングラードとしての幸せを



 あぁ、もう──なんでも良い、かな。

 そんな気がしてきた。

 酔った勢いでこんなことになってしまったこととか。

 ロングラード侯爵である私が、結婚前に──はじめて、まだ恋人でもない人と体を重ねてしまうとか。


 絶対にだめなことだと、思っていたのに。


 私はヴァールハイトが好き。

 そしてヴァールハイトは私に娶って欲しいと言ってくれている。


「……ね、ヴァールハイト。……本当は、こんなこといけないの……でも、嬉しいって思ってしまうのよ……恥ずかしいけれど、嬉しい。好きな人に、愛されるのって幸せなのね」


「またあんたは……そうやって、可愛いことを……」


 深々とため息をついたヴァールハイトが、私の体を抱き寄せた。

 これは、腕枕というやつ……!

 話には聞いて知っていたけれど、誰かに腕枕をしてもらえる日が来るなんて思っていなかった。

 いえ、もちろん、腕枕をしてもらいたいっていう欲求が強いわけでもないし、誰でも良いから恋人になって欲しいなんて思っていなかったのだけれど。


「……エルフィ、はじめてだったんだろ。悪かったな。今度はあんたが素面の時に、じっくり可愛がってやるから安心しろ」


「あ、安心できないんですけれど……」


「安心できるだろ? 王都までは長旅だ。あんたとの旅は悪くねぇなって思いはじめてたところだったんだが、もっと良いものになりそうだな。王都に着く頃には俺なしじゃいられねぇ体に……」


「そ、そういうこと、言わないでください……」


「いや、あんたがあんまりにも緊張してるから、冗談を言ったんだが」


「冗談に聞こえないのよ……!」


 私は真っ赤になった顔を見られたくなくて、ヴァールハイトの胸に顔を押し付けた。

 でも──。


「これきり……じゃない、の……?」


「なんでそう思うんだ」


「だ、だって、……あなたはこういうことに慣れていて、だから、情けなくて可哀想な私を……慰めてくれた、とか」


「そんなわけねぇだろ。これでも元々騎士団長だったんだ、貴族のお嬢さんの体がどれぐらい大事かなんてことは理解してる。気まぐれで抱いてあんたを捨てて逃げるような最低な男に……見えるか……うん、見えるな……」


「み、見えない、見えないけれど……っ、ご、ごめんなさい、私、嬉しくなったり、不安になったり、おかしいわよね……」


 幸せで溢れていた心が、急に花が萎れたみたいにしおしおになって、それでもすぐにヴァールハイトの言葉に安心したりして。

 変だわ、こんなの。

 こんなに落ち着かないのは、はじめてだ。


「なぁ、エルフィ。あんたを離す気はねぇよ。それに、あんたは俺を娶ってくれる約束をしただろ? ロングラード侯爵家に相応しいような男じゃねぇことは百も承知だが、……あんたのためになら、爺さんに五百回ぐらいは殴られる覚悟をしておかないといけねぇな」


「セルヴァンは殴らないと思うわ……それにきっと、喜んでくれると思うの。マルグリットだって、結婚しない私のために街中から顔立ちの良い男性を集めるつもりでいたぐらいだもの……!」


「なんだそりゃ。妬けるな。……俺が一番顔が良いだろ、エルフィ。それに体格も良いし、強い」


「うん……」


「そこで肯定されると、照れるんだが……」


「あなたが好き。ヴァールハイト、あなたが……好きなの。……私で、良いの? 私と結婚したらあなたはロングラード侯爵家の婿ということで、ロングラード侯爵領を私と一緒に支えなければいけないのよ。重たく、ないの……?」


「あんたの細くて小さい体で支えてるものを、俺が重たいと思うわけがねぇだろ? 俺は戦うしか能がねぇが、あんたは俺を甘やかしてくれるはずだから、問題ない」


「……どうして私が、あなたを甘やかすってわかるの?」


「だって、あんたは俺に惚れてる」


「うう……」


 自信たっぷりに言われると、返す言葉もない。

 だって本当にその通りだからだ。

 私は、深く息を吸い込んだ。不安になったり、心配したり、疑ったり。

 私らしくないわね。

 ヴァールハイトは私がはじめて好きになった人だもの。私は、私が選んだ人を疑うなんて、したくない。


「……あなたが、好き。ヴァールハイト、好き。大好き」


「あぁ。……俺もだ、エルフィ。眩しいぐらいに真っ直ぐで綺麗なあんたを、これからは俺が守ってやるよ」


「うん。……ありがとう」


 ヴァールハイトの腕の中でみじろいで、私はその手に自分の手を重ねた。

 私の手をすっぽりと包むことができるぐらいの大きな手だ。

 重ね合わせると、体温が混じり合うみたいで──すごく安心する。

 一人は、寂しいから。

 こうして繋いでいれば、もう、一人じゃない。


「……あなたは、ヴァルト・ハイゼン。孤児だったのよね」


「そうだよ。たいして面白い話でもねぇがな、聞きたいか?」


「うん。……あなたのこと、知りたい。私のことはもう、すっかりあなたに話してしまったもの。あなたは私の全部を知っているから」


「小さい頃に親を失くして、爺さんたちと一緒に領地と家を守っていた。骸竜を自分で倒そうと思って聖銃の訓練をして、実践経験がなかったくせに魔骸に躊躇なく立ち向かう、強い女だ。だが、奇妙なぬいぐるみを抱いていないと眠れない、馬車が怖くて……気は強いが、素直で可愛い。俺のエルフィ」


「……っ、あう……」


 低く落ち着いた声にそんなふうに言われると、心臓がうるさいぐらいに脈打ち始める。

 動揺から変な声が出てしまって慌てて唇を噛んだ。

 ヴァールハイトは「可愛いなぁ」と言いながら、私の目尻に口付けた。


「……俺は、王都からそんなに遠くない小さな村でうまれた。その村は元々貧乏な村でな、その上運の悪いことに、俺が生まれた時は、大旱魃の最中で村には飢饉が訪れてたらしい。そこに、両親とは違う見た目……黒髪黒目で産まれた俺は、悪魔の子だの呪いの子だの言われてなぁ」


「なに、それ……」


「小さな村ほど、悪習が残ってるもんだ。迷信もすぐ信じるし、何かを誰かのせいにして、押し付ける。その時は飢饉は俺のせいってことになったんだろうな。……つっても、こうして生き延びたわけだから、一応は育てて貰ったんだろうが……物心ついた時には、小さな家の物置みてぇな部屋に転がされてて、ろくに言葉も話せねぇ有様だった」


「ご両親はいたのよね……?」


「あぁ。いたが、……あの村が、一番最初だったんじゃねぇか? あれはいつだったっけか、忘れちまったが。両親が……それから村の連中の様子が突然おかしくなってな。皆、魔骸に姿を変えた。骸竜が、この国に姿を表す前、だ。村の連中は魔骸──ヒュームリゲイラに姿を変えて、どういうわけか無事だった俺に、襲い掛かってきた」


 ヴァールハイトはどこか懐かしそうに、続ける。


「俺はその時はじめて人を殺した。人っつうか、化け物に成り果てた両親や町の連中だけどな。頭は悪いが、どうやら俺は強かったらしい」


「怖かったわよね……だって、あなたは子供だったんだもの……」


「どうかな。よく覚えちゃいねぇが……まぁ、死にたくなかったんだろうな。生存本能だけは人一倍あったみたいだ。だから、生き延びた」


「……無事で、よかった。あなたが、無事で」


 村の人々については、私はどういう気持ちを向ければ良いのかよくわからない。

 だって彼らはヴァールハイトを、なんの罪もないのに悪魔の子だと言って……多分、ひどいことをしたのだ。

 だからって、ばちがあたったとか、死んでも仕方ないなんて思えないのだけれど。


「それで……そこに、王都から騎士団の連中が来て、無事だった俺は保護されて、孤児院に入れられた。それで、そのうち騎士団に入って……英雄ヴァルト・ハイゼンになったわけだ。ただの人殺しなのになぁ」


「……あなたは多くの人を救ったわ。そんなふうに言ってはいけない」


「あんたは本当に良い人間だな。俺の持っていない……もしかしたら、一度は持っていたかもしれない、綺麗なものを持ってる。俺はさ、悪魔の子だと罵られてる時も、英雄っていう肩書きがついた時も、本当は何もかもがめんどくせぇって思ってた」


「面倒……?」


「誰かに向けられる感情が面倒だった。全部な。……そう思いながらこの歳まで一人で生きてきたんだが、……あんたに泣きながら好きだって言われるのは悪くねぇな」


「私のことも、面倒ではないの……?」


 ヴァールハイトの気持ちは、わからない。

 けれど、強く抱きしめていないとすぐにどこかに消えて、いなくなってしまうような気がする。


「エルフィ、……あんたに向けられる感情は、心地良い。俺みたいな後ろ暗い人間は、あんたが眩しい。つい、欲しいって手を伸ばしたくなって……手に入れることができた今は、絶対に離したくねぇって思ってる」


「私も、あなたを離さない。約束よ。あなたを私が娶ってあげる。ヴァールハイト・ロングラートとして、……たくさんの幸せを、あなたにあげるわ。面倒だって逃げ出したくなくなるほど、……楽しいことや、嬉しいことを、あなたが感じられるように……」


「気持ち良いことも?」


「そ、それは、……うまくできるか、わからないけれど、頑張るわね……」


 ヴァールハイトは私の耳元で、「可愛いなぁ、今すぐ食いたいぐらいに、可愛い」と言って、低い声で笑った。

 それから、私に覆いかぶさるようにして優しく口付ける。


「なぁ、エルフィ。……今すぐ食っても良いんだよな。あんたは俺のもので、俺はあんたのものだ」


「ん……」


 もう、夜明けが近いのだろう。

 カーテンの隙間から、明るい日差しが差し込み始めていた。

 


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