エルフィ、ヴァールハイトを娶る約束をする
私──ヴァールハイトに、思いを伝えて。
それで、それで……!
それで、とても軽率な行動をとってしまった。
「ど、どうしよう、……私、ごめんなさい、こんな……っ」
「なんで謝るんだ、エルフィ」
「だ、だって、昨日、私はお酒を飲んで酔っていて、それで、こんなことに……」
私の中では、あり得ないことだ。
男性と酔った勢いで肌を重ねてしまうなんて。しかも私は、男性と──手を繋いだ経験も乏しいぐらいの、恋愛さえまともにしてこなかった女なのに。
「エルフィ、今更、嫌だったとは言わねぇよな」
ヴァールハイトの大きな掌が、背中を撫でる。
剥き出しの背中に触れる分厚くて硬い皮膚とごつごつした手の感触に、私は頬と言わず全身が茹蛸みたいに色づくのを感じた。
どうしよう、恥ずかしい。
昨日はまともに見ることのできたヴァールハイトの顔が、見られない。
(好き、とか、可愛いとか、……たくさん言われた……)
徐々に鮮明になってくる記憶が、居た堪れない。
アレク様のことも、嫌な思い出も全部、吹き飛んでしまった。
(だって、駄目だって思っていたのよ……? ヴァールハイトには……)
「あなたには、好きな人がいるはずで……」
「その話は昨日終わっただろ? おはよう、エルフィ。朝にはまだ早いが、もう起きたのか。喉が渇いた? 何か飲むか?」
「う、うん……」
困ったように笑いながら私の目尻を撫でた後、ヴァールハイトはベッドの横のサイドテーブルの上にあるハーブ水の入った水差しから、グラスにハーブ水を注いでくれる。
水差しの中にはミントの葉と輪切りのレモンが浮かんでいる。いつの間に、ルームサービスを頼んだのだろう。
それとも元々この部屋に用意されていたものなのかもしれない。
「ありがとう……」
「起き上がらなくて良い。全部任せておけ。大丈夫だ、エルフィ」
「っ、は、はい……」
優しい。
どうしよう、優しい。
私の体を支えるようにしながら起こして、グラスのハーブ水を飲ませてくれるヴァールハイトの気遣いに、全身がふわふわするような多幸感を覚える。
よくないのに。駄目なのに。
でも、やっぱり──好き。
幸せだった。昨日、半分ぐらい覚えていないけれど、すごく優しくしてもらった。幸せだったような気がする。
こくんとハーブ水を飲み込むと、喉から胃にかけて清涼感が広がった。
渇いてひりついていた喉が潤って、動揺していた気持ちも少し、落ち着いた。
「……あ、あの……」
「エルフィ。酔った勢いだったから無かったことにするとか言うつもりなら、素面のあんたを今からもう一度抱く」
「……っ、え、あ、そ、それは、だめで……っ」
「駄目なのか?」
「駄目……駄目な、気がします……」
「じゃあ、キスは?」
「……っ、して、欲しい……です……」
そっと唇を指先で辿られると、期待に胸が震えてしまう。
優しく触れ合った唇が一度離れて、もう一度深く、口腔内を弄られる。
私の手よりもずっと大きな掌が、私の手に覆いかぶさるようにして繋がれている。
まるで、逃がさないとでもいうみたいに。
最近ではずっと綺麗に結ばれていたヴァールハイトの髪は、今はほどかれている。
長い髪が私を覆うようにして落ちて、頬や耳に触れた。
「……可愛いな、エルフィ。初心で、素直だ。男心をくすぐるのが上手い」
深い口付けの後に、何度か啄むような口づけを繰り返したヴァールハイトは、満足そうに笑みを浮かべた。
今までとは違う、どことなく野生味のある表情だ。
今までのヴァールハイトは、爪を隠して眠っていた草原の獅子だったのかもしれない。
なんだか、起こしてはいけない獣を起こしてしまったような気さえする。
「そ、そんなことは、なくて……」
「なぁ、責任、とってくれるんだろ? エルフィ。あんたは俺のことが好きだと言った。あんな風に可愛く縋られたら、我慢できる男なんていねぇよ。だが、駄目だ。あんたは、俺だけだ。他の男に縋るなよ? ……俺が好きだと言った責任を取れ」
ヴァールハイトは私の隣に寝転がると、甘えるように私の髪を指に巻き付ける。
紫がかった薄桃色の髪が無骨な指に巻かれる様を、私はぼんやり見ていた。
長い口付けのせいで呼吸が整わない。体からは力が抜けてしまって、動くことも、逃げることもできそうにない。
「……責任を、……とるって、言うのではないかしら、普通……」
「俺は傭兵だからな。しかも孤児だ。その上偽名まで使っていて、金もねぇ。俺はあんたを養えねぇ。責任を取るのはあんただ。責任をとって、俺を娶れ」
「は、はい……」
勢いに押されて私は頷いた。
それから何だかおかしくなってしまって、くすくす笑った。
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