泣き上戸、告白をする
ヴァールハイトは私を抱き上げて宿の部屋に戻ると、私をソファに降ろした。
逞しい体にしがみつくようにしながらすんすん泣いていた私は、ぼんやりとお部屋を見渡した。
「少し落ち着いたか、エルフィ」
「……うん」
「……聞いておきたいんだが」
私の隣に腰を降ろしたヴァールハイトが、私の目尻の涙を無骨な指で拭ってくれる。
紙に溢れたインクのように深い黒色をした瞳が、私の感情まで全て見透かすように、私を見つめている。
「ん……」
私がこくんと頷くと、小さな子供に言い聞かせるように優しい声で、ヴァールハイトは続ける。
「どうして、……あんたは俺が、姫様のことを忘れられねぇなんて勘違いをしているんだ?」
どうして。
どうして──って、違うのかしら。
「あなたは、骸竜を討伐しに行く前に、ラシャーナ姫と結婚の約束をしたのでしょう……? それで……あなたが亡くなったと信じたラシャーナ姫が、グレンと幸せになっているのを……あなたは見て、……だから身をひいて、身分を隠しているのでしょう?」
その事実を確認することは、胸の痛みにつながるけれど。
でも、それと同時に感動と尊敬で心がいっぱいになる。それは純愛と言えるものではないのかしら。
私はぎゅっと、ヴァールハイトの手を握りしめる。
「愛だわ……愛と言わずに、なんと言うのかしら……! あなたはラシャーナ姫を愛しているのよね、だから……」
「いつからそう思い込んでいたんだ?」
「そ、それは、あなたにラシャーナ姫との話を聞いてから、ずっとだけれど……」
「それで?」
「それで……? それで……」
「どうして、そんなに泣くんだ?」
私は言葉に詰まった。
自分の頬に手を当てると、はらはら涙が溢れていることに気づく。
私、どうして泣いているのかしら。
──違う、わよね。
わかっている。理由なんて。
「……私……私、……あなたが、好きなのかもしれないって、思って……」
「エルフィ」
「違うのよ、こんなの、おかしいってわかっているの……あなたとは会ったばかりで、私の恩人で……私も、あなたに命を救われた。尊敬をしているし、心配だってしてる。……それでも、好きなんて、おかしいでしょう」
私、何を言っているのかしら。
頭の片隅に残った理性が、それ以上話すなって言っている。
けれど、一度口をついて出た言葉が、止まらない。
「あなたの顔を見ると、声を聞くと、優しくされると……胸が、ざわざわするのよ……」
「……エルフィ」
ヴァールハイトが私の名前を幾度か呼んでいる。
頬を撫でる手も、涙を拭う指先も、私とはまるで違う。
硬い、男の人のもの。
触れられると胸が苦しくて、駄目だって分かっているのにどうしても、どうしても──。
駄目なのに。
「私、……わかっているのよ。アレク様の婚約者に選ばれた時、ご挨拶をしてすぐに……嫌われてしまったこと。男の人は私みたいな、嫌な女じゃなくて……もっと、可愛いくて女らしい女性が好きなんだっていうことぐらい、わかっているの」
涙と共に、言葉が溢れる。
よくないわよね。こんなの、よくない。お酒を飲みすぎてしまった。
いつもは一人だから、どんな醜態を晒したって誰も見ていないからって──油断していた。
ヴァールハイトと二人で出かけるのが嬉しくて、浮かれてしまった。
駄目だわ、私。本当に、駄目。
「……だから、もう諦めていて、……一人で良いって、思っていて……でも、だから、男性に慣れていないから……あなたに、恋を……こんなのいけないから……男性に慣れなければいけないって、思って……」
「ふぅん……あのなぁ、エルフィ」
「うん……」
「あんた。俺の前以外で酒を飲むな」
「そ、そうよね、……そうよね、迷惑だものね……ごめんなさい、ヴァールハイト……私、少し浮かれていて……」
「……あんたが男に好かれないなんて、そりゃあんたの勘違いだ。その上、俺が姫君を引きずってるって? そんなわけねぇだろ。そんな初心な初恋野郎みてぇな殊勝な人間だと思うのか? 俺が? 笑える」
「……違うの?」
「あぁ、違う」
漆黒の瞳に、涙で目元を張らした私の情けない顔が映っている。
何かを促すように黒い瞳に見つめられると、びくりと体が震えた。
「そもそも……俺は騎士団長なんて立場は向いてなかったしな。単純に、逃げたんだよ。……立場からな。傭兵やってた方が気楽だ。魔骸の討伐と浄化は……骸竜の瘴気が国に溢れたのは俺のせいでもあるしな、罪滅ぼしみたいなものだった」
「……あなたのせい、なんかじゃない。だって……あなたの手に聖痕が浮かび上がったのだって、偶然のようなものだったのでしょう? その偶然で、命を賭けるなんて、間違ってる」
「……俺にそんなふうに言うのは、あんただけだよ。なぁ、エルフィ。……あんた、俺が好きなんだよな?」
「……わ、私……」
「あんたの怖ぇ爺は、あんたに教えなかったのか? 泣きながら男に縋ったらいけねぇってな。あんたを可愛いって思っている男と、寝室を共にするのは危ない……ってな」
「……え?」
今、可愛いって──言われた。
可愛いって。
私のことを、可愛いって言ったわよね……?
「ヴァールハイト……?」
「あんたが悪い。……立場を弁えようかと思ったが、やめた。俺のことが好きだと泣いて縋ってくる可愛いあんたを、俺なんてやめとけって言えるほど、育ちが良くねぇんだよ、俺は」
「え、え……?」
「こっちも苛立ってるんだ。やたらと俺に懐いてくる癖に、別の男と遊ぼうとするあんたにな。男に慣れてねぇんなら、俺で慣れれば良い。あんたは独り身のつもりで生きてきたんだろ? 俺も独りだ。何も問題がねぇよな」
ヴァールハイトは私の体を抱き上げた。
急に体に訪れた浮遊感と、少し熱い体温に、私は目を見開く。
これって──どういうことなの?
頭にたくさんの疑問符が浮かぶ。混乱する私を、ヴァールハイトはさっさとベッドに横たえた。
「良いか、エルフィ。俺はあんたのことを可愛いと思ってる。で、だ」
「で……?」
「今から、あんたを抱く」
「え……え……っ」
「あんたは俺に恋人になって欲しいんだろ? 俺はあんたが可愛いと思っている。そうだな……好きだ。真っ直ぐで潔い……エルフィが好きだ。これで良いか?」
「は、は……はぃ……っ」
ヴァールハイトの少し癖のある黒髪が、私の頬に触れる。
見上げた天井が、ヴァールハイトの精悍な顔で隠れた。
長い黒髪がカーテンのように私の顔を覆った。呼吸が触れるほどに、顔が近い。
顔が触れる前に鼻が触れて、それから、唇が重なった。
シーツをぎゅっと掴むと、衣擦れの音がやけにうるさく耳に響いた。
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