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聖痕の英雄とエルフィの不安



 怪我人の中には、ディグローシュから発生した瘴気にあてられて意識を失っていたものもいたようだ。

 けれど、そういった方々もヴァールハイトが行った『浄化』と共に、体から瘴気が抜けて、動けるようになっていた。


 怪我人や被害状況をギルフェルドが確認する間、私とヴァールハイトは砦の中に案内されて、昼食をご馳走になった。

 私も手伝うとギルフェルドに行ったのだけれど、ギルフェルドにもヴァールハイトにも「エルフィ様は休んでください」「あんたは休め。俺も休む。あんたにそこまでされちゃ、騎士団の面目が立たないだろ」と言われたので、大人しく従うことにした。


 砦の中は、ディグローシュにのし掛かられた時の振動で、棚が倒れたり、壺が割れたりなどの多少の破損はあったようだけれど、中の方々も建物自体も無事だった。

 食堂に用意された鹿肉のローストとパンを食べている間、砦の中に逃げていた人々は、ヴァールハイトの力について聞きたがった。

 何人もが私たちにお礼をしにやってきて、ヴァールハイトを『英雄』だと言って讃えた。


 ヴァールハイトは不機嫌になるわけでもなく、必要以上に愛想を振りまくわけでもなく、適当に返事をしながら食事をしていた。

 私はなんとなく落ち着かない気持ちで、ちらちらとヴァールハイトを見ていた。


 とても、居心地が悪そうに見えた。

 それに──私たちの体を蝕む瘴気を大量に体に取り込んだのに、平気だなんてとても思えない。


「エルフィ様、ヴァールハイト様、ありがとうございました。あれほどの魔骸の来襲を受けたというのに、被害は最小限ですみました。怪我人はいますが、命を落とした者はいません。全ては、お二人のおかげです」


 食事を終えてそろそろ出立しようかと、砦の入り口から出たところで、被害の確認や怪我人の救助にあたっていたギルフェルドが戻ってきて言った。


「今日は、泊まっていかれてはいかがですか? お礼をさせていただきたいと考えています。それに、ヴァールハイト様からも色々話をお聞きしたい」


「様なんて柄じゃねぇよ。俺はエルフィに雇われたただの傭兵だ」


「……あなたはどこの、どなたなのですか? 魔骸を……あのように倒せる方を、私は知りません。或いは──かつて骸竜の討伐に向かい命を落としたという英雄ならば、それが可能だったかもしれませんが」


「ただの傭兵だよ。ちょっと強いだけの」


「ヴァールハイトはただの傭兵よ。ちょっと強いだけの。セルヴァンと同じぐらい強いから、ギルは吃驚したかもしれないけれど……」


 ヴァールハイトが肩をすくめるので、私もヴァールハイトの言葉に同意した。

 本当は、ヴァルト・ハイゼン──ギルフェルドの言う英雄その人だと、ヴァールハイトは隠したがっているのだろう。


「お嬢さん、この騎士様とは親しいのか?」


 ヴァールハイトが唐突に不思議なことを聞いてきたので、私は首を傾げる。

 ギルフェルドはロングラードの騎士なので、顔や名前を知っているというだけで、特別親しいということはないのだけれど。

 それに、エルフィではなくて、どことなく苛立ったように『お嬢さん』と呼ばれた。

 何故だろう。何か、気に触ることをしてしまっただろうか。


「親しくはないわよ。ロングラードを守ってくれていることに、もちろん感謝はしているけれど」


「エルフィ様と親しい、などと。とんでもないことです」


 首を振る私たちに、ヴァールハイトは眉を顰めた。


「ギルと、呼んでる」


「ギルフェルドを?」


 どことなく不満げに言われて、私はギルフェルドを見上げた。

 ギルフェルドは──今は騎士団の分隊長をしているけれど、昔はロングラードの屋敷にいたのだ。

 これはギルフェルドに限ったことではなくて、セルヴァンは『見込みのある若者を育てる』ことを生きがいにしている節があって、何人かの青年を騎士団に所属させるまではロングラードの屋敷に行儀見習いとして住み込みをさせて、自ら稽古をつけていた。


 ギルフェルドはその中の一人で、私もセルヴァンに体術や聖銃の指導をしてもらっていたので、共に訓練することも何回かあった。

 セルヴァンがギルフェルドを『ギル』と呼んでいたので、私も自然にそうなったというだけだ。


「あまり、深い意味はないのよ。何か、おかしかったかしら」


「いや」


 ヴァールハイトは腕を組むと首を振った。

 よくわからないわね。

 考えても仕方ないかと思い、私はギルフェルドに向き直った。


「せっかくの申し出だけれど、今日はファルムまで行きたいの。皆が無事で良かったわ、ギル。あなたたち騎士団が、森で働く人々を守ってくれているおかげで、皆が生活できているのです。ありがとう」


「もったいないお言葉です。どうか、お気をつけて、エルフィ様。ヴァールハイト様、エルフィ様をよろしくお願いいたします」


 私とヴァールハイトは騎士団の方々や森で働く人々に見送られて、出立した。

 本当は──ヴァールハイトを休ませてあげたほうが良いかもしれないと思ったのだけれど。


 でも、『英雄』と呼ばれるたびに、ヴァールハイトは居心地が悪そうにしていたから。


 それに。

 私も。

 あの力を使ったヴァールハイトを持て囃す人々の、熱狂に似た感情を見ているのが、なんだか心苦しかった。


「……ヴァールハイト、あの」


「どうした?」


「……疲れていない? ごめんね。本当は、休みたかった?」


「俺はあんたに従う。あんたの判断に文句はねぇよ」


「……あのね」


「あぁ」


「助けてくれて、ありがとう。あなたがいなかったら、私、死んでいた」


 森の出口までの道を歩きながら、私はヴァールハイトに話しかける。

 先程はなんだか怒っているように見えたヴァールハイトだけれど、今はいつも通り。


 楽しそうでもなければ、苦しそうでもない。


「……さっき、どうしてか怒っていたわよね。ごめんなさい。私、知らないうちに誰かを怒らせてしまうところがあるみたいで。……もちろん、自覚があってきついことを言っている時もあるのよ。でも、そうじゃない時もある。アレク様なんて、ただ話をしているだけで、いつも苛々していたもの」


「それは、王子様が愚かなんだろ。あんたのようなまっすぐな女と喋っていて、苛立つっていうのは、自分の落ち度を認めたくねぇ……それだけのことだ」


「……慰めてくれるの?」


「事実だろ」


「あなたはどうして、怒ったの? ギルと呼ぶのは、いけなかったかしら。……確かに、私が騎士であるギルの名前を気兼ねなく呼ぶのはいけない気がするわね。だって、特別扱いしているような感じになってしまうもの」


 私はぶつぶつ言いながら一人で納得した。

 ヴァールハイトは「そういうことにしておいてくれ」と、嘆息した。


「あのね、ヴァールハイト」


「なんだ?」


 ヴァールハイトがもう怒っていないことに安堵した私は、砦での戦いの後から思っていたことを伝えることにした。

 言葉を濁したり、隠したりするのは、得意じゃない。

 思ったことは伝えたい。

 だって──人は、いつ死んでしまうかわからないのだ。

 私の両親みたいに。


「あの力……もう、使わないで。聖痕の力。……あなたはあの力がなくても、十分強い。浄化は、私の聖弾で行うから」


「……何故だ? 力を役立てろとは散々言われてきたが、使うなってのは、はじめてだな」


「何か、嫌な感じがしたの。……あなたの体を犠牲にしているような、嫌な感じが」


 ヴァールハイトは驚いたように目を見開くと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「ふ、はは……っ、本当に、あんたは真っ直ぐで、馬鹿正直なお嬢さんだな」


 森の中に、ヴァールハイトの快活な笑い声が響く。

 私は撫でられて崩れた髪をおさえた。

 猫を可愛がるような撫で方だったけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。





 

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