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討伐と吸収



 私に向かい振り下ろされる丸太よりもずっと太く長いディグローシュに向かい、私は聖銃の銃口を向ける。

 聖銃を撃った時、その反動で体がぶれて弾道が逸れないように、脇を締めて腕を体に近づけて、銃身は真っ直ぐ。

 リボルバーに仕込んだ氷弾は六発。

 氷弾障壁を作り上げるために撃ち込んだ弾は四発。


 残りは、二発。


「砕け散れ……!」


 炎を纏い燃え盛る枝に向かって、氷弾を打ち込む。

 ディグローシュに撃ち込まれた氷弾は、パキパキと音を立てながらディグローシュの腕を氷漬けにした。

 燃え盛る炎を覆うようにして氷を纏うディグローシュの腕は、けれど一瞬凍りついただけで、すぐに氷が割れてしまう。


「……っ」


 あまりにも一瞬のことだった。

 けれど時間の進みがゆっくりになったように、感じられる。


(私は、無謀だった──?)


 なんの力もないのに、魔骸に立ち向かおうとした。


(けれど、後悔はしていない)


 私は私のできることをしなければいけない。

 人々の命を守るのが、ロングラード侯爵家に生まれた私の勤めなのだから。


 終わりとは、こんなに呆気ない。


 かちかちと、震える指が何度か引き金を引いた。

 弾倉は空っぽだ。聖銃の引き金は僅かに抵抗があるだけで、銃口は沈黙を続けている。

 目を閉じずに、ディグローシュを睨みつける。

 死にたくない。

 けれど、体が動かない。逃げる時間なんてないことを、体が本能として悟っているみたいに。


 私の両親も、骸竜に襲われた時、こんな気持ちになったのかしら。

 ただ襲いかかってくる化け物を、なにもできずに見上げるしかなかったのだろうか。


 ──馬車は血塗れで、指が数本残っているだけだった。恐らくは、食べ残しだろう。


 そんな言葉が脳裏をよぎる。それと同時に体が恐怖でがたがたと震えた。


「エルフィ! 馬鹿が……!」


「……ヴァ、る……っ」


 瞬時、体がふわりと浮いた。

 ヴァールハイトが私を抱えている。

 まるで、空を飛んでいるみたいに。


 眼下に私を押し潰そうとした太い木の枝が、地面を抉り取っている光景がある。

 地面が揺れる衝撃に何人かの騎士たちが倒れた。


 ギルフェルドの剣が振り下ろされた木の枝に突き刺さった。

 ディグローシュに痛覚はないのか、剣に貫かれて切断された短くなった枝を振り回し、ギルフェルドを弾き飛ばそうとする。


 私を抱えたヴァールハイトは、軽々と、ディグローシュから少し離れた場所に着地をした。

 私の体を優しく降ろして、目じりや頬に、無事を確かめるように触れる。


「悪いな。咄嗟のことで、馬鹿とか言った。あんたも必死だってのにな。……無事か、エルフィ」


「は、はい……」


「あれぐらいの異様なでかさになると、瘴気の量もうんざりするほど多い。聖弾は効かねぇだろうな。……エルフィ、ここで見てろ」


「でも、私も!」


「あんたは十分頑張った。ディグローシュの意識を建物からこっちに逸らしたんだからな」


 ヴァールハイトは私の頭をぐいぐい撫でると、ディグローシュに向き直る。

 それから──右手の革手袋を外して私に投げた。

 私は革手袋を受け取って、聖銃と一緒にぎゅっと握りしめる。


 ヴァールハイトの聖痕が、赤く輝いている。


「さぁ、久々に働こうか。すぐに終わらせる」


 両手に剣を握り、ヴァールハイトは踏み出した。

 大地を蹴って飛び上がるヴァールハイトの振り上げた剣は、聖痕と同じく、赤く輝いている。

 光の残滓を残すその剣は、本来の剣よりも何倍も長く見えた。


「元の姿に戻れ、哀れな化け物……!」


 ディグローシュに比べるとヴァールハイトは、顔の前に飛び回っているカラスアゲハのように小さい。

 けれど──ヴァールハイトの方がずっと、強い。


 ヴァールハイトは、ディグローシュの脳天から輝く剣を振り下ろした。

 内側から弾けるようにして、ディグローシュが二つに裂ける。幹に浮き出ている瘤のような人の顔が、苦悶の表情と「ギィぃぃ……!」という、耳障りな声をあげた。


 二つに割れた幹から、どす黒い瘴気が溢れる。

 ヴァールハイトが右手を掲げると、瘴気は竜巻のように渦を巻いて、聖痕に吸い込まれていく。


 後に残ったのは、地面に散らばる何本もの丸太だけだ。

 皆が、呆気に取られた表情でヴァールハイトの姿を見ていた。


 在りし日の、英雄の姿を。


「ヴァールハイト!」


 私はその神々しく、けれど少し恐ろしい光景に言葉を失っていた。

 けれどすぐに正気を取り戻して、ヴァールハイトに駆け寄る。


 聖痕は──瘴気を浄化する。

 けれど、これは。ヴァールハイトの体に、瘴気が吸収されたように見えた。


「ヴァールハイト、大丈夫……!? 体に、おかしなところはない? 気持ち悪くなっていない? 熱は? 大丈夫なの……!?」


「落ち着け、エルフィ。特になんともねぇよ。俺よりも、あんたの方が危なかっただろ?」


「私は、あなたに助けて貰ったわ。……でも、こんな、浄化の方法……」


 私はヴァールハイトの聖痕のある掌を握った。

 じわりと、涙が滲む。

 ヴァールハイトはなんでもなさそうにしているけれど、丸太をディグローシュに変えてしまった、骸竜の残した瘴気を体に受けて、無事でいるなんてとても思えない。


「……英雄だ」

「聖痕の勇者だ……!」

「助かったぞ、皆、助かった……!」


 不安に駆られているのは私だけのようだ。

 騎士たちからも、砦に隠れていた人々からも、熱狂の声があがる。

 人々が助かったことは嬉しい。瘴気によって、土地が汚染されなかったことだって、喜ぶべきだ。


 わかっているのに、私は──笑いあい喜びあう人々のように、晴れやかな気持ちにはなれなかった。


「……皆、騒いでいる場合ではない。怪我人の手当を。砦の中の者たちが無事かどうかの確認を。前線から戻ってきていない兵士の捜索に行くぞ」


 熱狂を鎮めたのは、ギルフェルドの冷静な声だった。

 ギルフェルドは私とヴァールハイトに深々と頭を下げて、「エルフィ様と、貴殿がいなければおそらく、全滅していた」と、静かに礼を言った。





お読みくださりありがとうございました!

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