生い茂るもの:ディグローシュ
私はギルフェルドの顔を、訝しく思いながら見上げる。
森を抜けるのは危険、とは。
やはり何かあったのだろう。
「ギル、魔骸ですか……!?」
「ええ。生い茂るもの、ディグローシュ。突然、森に溢れました。今は皆で討伐をしています、戦えない者は騎士団の砦で待機をさせています。エルフィ様も、討伐が終わるまでは中に……」
「魔骸はどこにいますか、ギル。皆を避難させなければいけないぐらいに数が多いのなら、加勢します」
「エルフィ様が……? そのような危険なことをさせられません、討伐が終わるまでは、どうか、建物の中に」
「私の聖銃は飾りではありません。皆を守るために、魔骸と戦うために訓練を重ねてきました」
私はスカートを捲った。大腿のホルスターには、聖銃をさしてある。
聖銃を抜いて、スカートを戻した。
ギルフェルドは慌てたように視線を逸らし、ヴァールハイトはやれやれというように額を手で押さえながら嘆息した。
「ギルフェルド様! 前線が崩れました! 巨大なディグローシュが……!」
森の奥から、騎士たちが駆けてくる。無事なものもいれば、体から血を流しているものもいる。
歩くことができないのか、他の騎士に抱えられて逃げてくるものも。
その後ろから、何かが追ってきているのがわかる。
枝葉が、ざわざわと揺れる音がする。それが徐々に近づいてくる。
鳥たちが空へと群れを成して飛び立ち、地響きと共に轟音が響く。
空が突然陰った。
雲が太陽を隠してしまったのかと思った。今日は朝からずっと良い天気だったのに、唐突に曇ったのかと。
けれど、そうではない。
私たちを高い位置から見下ろしている、不気味な視線を感じる。
肌をちりちりと焼くような、痛いぐらいの。
見上げた先には、大木──というには大きすぎる、小山ぐらいにありそうな木の姿。
ぐねぐねと伸びる枝は、重なり合いねじれている。木が動くたびに、枝先にある葉が、雨のように落ちてくる。
木の幹には、ぼこぼこと瘤のように人の顔のようなものが浮き出ている。
人の顔には、無数の目がある。その目はぎょろぎょろと、縦横無尽に動いては、周囲を確認しているように見える。
「……ディグローシュ。随分でけぇな」
ヴァールハイトはさほど驚いた様子もなく、静かな視線を異形にむけている。
ギルフェルドは眉間に皺を寄せて、首を振った。
「いや……あれは、何だ。木に取り付く瘴気。ディグローシュ。魔骸の中ではまだ弱い。数が多いが自走する木、というだけだ。近づけば襲いかかってくるが……今回も、大群ではあったが、このような姿のものは……」
「ギル、建物の中に人がいるのですよね……!?」
巨木は──巨大なディグローシュは、騎士団の宿舎としても使用されている、石造りの砦を覗き込むようにしている。
背の高い砦よりも、ディグローシュはずっと大きい。捻れた木の枝がまるで鋭い爪のように、砦に突き刺さっている。
森の奥から逃げてきた騎士団の方々を庇うようにして、ギルフェルドが前に出る。
「おい、お嬢さん……!」
考えるよりも先に、体が動いた。
砦が破壊されたら、中に逃げている人たちが潰されてしまう。そうでなくても、あの捻れた枝に貫かれたら……!
ヴァールハイトの静止の声が聞こえたような気がした。
けれど、走り出した足は止めることができない。
「炎弾!」
リボルバー式の弾倉を開いて、ホルスターの横の弾丸入れから弾丸を取り出すと、中に込める。
カチャンと、軽快な音を立てて弾倉を閉めて、私はディグローシュに向かい弾丸を放った。
聖銃の弾丸にはいくつか種類がある。魔骸を浄化するための聖弾。これは、魔骸には有効だが威力が低く、ある程度魔骸を弱体化させないと効果が薄い。
炎弾や、雷弾、氷弾はそれぞれ炎や雷、氷の力を帯びた鉱石からつくられるもので、純粋な攻撃用の弾丸だ。
弾丸が打ち込まれた場所から、バシュッと音を立てながら、赤い火柱があがる。
「馬鹿か、エルフィ! 森の中で炎弾を使うな!」
「馬鹿ではないわ、ちゃんと考えている!」
立て続けに数発打ち込む。ディグローシュは、元々は植物だ。
植物が魔骸に変化したものである。だから、炎に弱い。
火柱が枝に燃え移り、表面を焼いている。魔骸は苦しげに身をくねらせた。
ヴァールハイトが私を叱咤しながら、剣を抜いてディグローシュに向かい走っていく。
「エルフィ様、下がって!」
その後を、ギルフェルドも追いかける。
私は再び弾倉を開くと、弾丸を詰め込んだ。
「氷弾障壁!」
ディグローシュは砦から体を離して、燃え盛りながら私の方へと向かってこようとしている。
魔骸に感情があるとは思わないけれど、攻撃した私に怒りを感じているようにも見える。
多分、それは本能のようなものだ。
目の前に敵がいたら、捕食する。殺す。磨り潰す。
魔骸にはそれしかない。
氷の弾丸がディグローシュの周囲に、氷の壁を作り上げる。
周囲の木々に炎が燃え移り、燃焼するのを遮るためのものだ。
「嘘……っ」
けれど、巨大なディグローシュは軽々と氷の障壁を破り、私に向かって巨大な枝を振り下ろした。
丸太か、それ以上の質量と大きさのある木の枝が、しなやかにしなる鞭のように私に向かってくる。
ディグローシュの幹から続く足は、何本もの根っこが繊毛のようにして地面を滑っている。
早い。
そして、大きい。
まるで、巨人に押しつぶされるように、動くことができない。
「エルフィ様!」
騎士団の方々が、私を呼ぶ声がする。
私は再び聖銃を構えた。逃げられないなら──応戦するしかない。
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