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エルフィ、護衛を連れ帰る



 私はヴァールハイトをとりあえず、半年間雇うことにした。

 王都の城で行われる第二王子アレク殿下の結婚式が行われるのは二ヶ月後。

 ロングラード侯爵領から王都は、シュランの言った通り補給や休憩を含めると、順調な旅路で二週間程度かかる。


 街の外には魔骸が出現するので、ドレスなどの大荷物を持っての旅路というのはあまり賢明じゃない。

 王都のロングラード侯爵邸についてから、結婚式に出席する支度をするべきだろう。

 ドレスを作ったり、アクセサリー類を整える時間を考えると、さっさと出立したほうが良い。


「半年間の契約で、一月三十万ルピアとして、六ヶ月間で百八十万ルピアですね。ですが、セルヴァン様の腰痛に免じて、少しまけましょうか」


「セルヴァンの代理として雇うのですから、そんな吝嗇なことはいいません。セルヴァンほどに強いというのでしたら、半年で三百万ルピアではいかがでしょう? もちろんこれは、手数料抜きです。傭兵ギルドには、百万。総額、四百万ルピアにしましょうか」


「い、いいんですか? ヴァールハイトは確かに強いですが、それは俺が強いと評価しているだけで、騙しているかもしれないじゃないですか」


「これから私、王都までヴァールハイトと共に、二人で旅をするのだとあなたに伝えましたね。使えない傭兵を私に押し付けて稼ぐようなことをすれば、私は命を落とすでしょう。そんなことになって困るのは、あなたではないですか、シュラン」


「それはそうです。セルヴァン様は怒るだろうし、この街の人々はエルフィ様を慕っているから、俺はここでは生きていけなくなりますよ」


 両手で自分を抱きしめるようにして、青ざめて震えるふりをするシュランに私はため息をついた。


「いろいろ言いましたが、セルヴァンはあなたを信頼していて、セルヴァンが信頼するあなたを私も信頼しています。本当は今日も一緒に来ると言っていたのですが、セルヴァンはもう高齢ですから、私は自分の目で、人を見て、物事を判断したいと思ったのです」


「その結果、その高額だと?」


「ええ。ここに来る前に、一人傭兵を雇いたいといえば、王都への旅なのだから、五人は雇えと言われるかと思ったのです。セルヴァンのように強い男は、あまり多くないでしょうから。でも、あなたはヴァールハイト一人で良いと言った。……つまり、それぐらい強いということですよね?」


「それは、胸を張って。セルヴァン様よりも強いかもしれないですよ、ヴァールハイトは」


「それは頼もしいですね。それでは、四百払いましょう。といっても、ヴァールハイトに支払う分が三百ですから、ここでは、百万ルピア、お支払いします」


 私はワンピースのスカートの下、太腿に巻き付けてある小物入れから、手のひら大の薄い金塊を二つ取り出した。


「金貨百枚だと重たいですからね。金塊二つで百です。換金所で換金してください」


「エルフィ様、賢明な場所に金を隠しているとは思いますが、あんまり人前でスカートを捲るのは……」


「ショートパンツを履いていますから、問題ないですよ。スカートは、飾りです」


 私はスカートを下ろして、ヴァールハイトを見上げる。


「それでは、いきましょうか、ヴァールハイト。今日からあなたは私の護衛として、働いてもらいます」


「あぁ、もう良いのか? 長かったな」


「人を一人雇うとは、それなりに時間がかかることなのです」


 もっさりとした大きな男は、特にそれ以上何も言わずに私のあとをついてきた。

 シュランが「しっかりやれよ!」と、お店から出るヴァールハイトの背中を叩いた。

 ヴァールハイトは「あぁ」と短く返事をしただけだった。

 シュランの気やすい態度に怒ったりはしないみたいだ。


 寡黙なだけで、案外気さくなのかもしれない。

 まだ知り合ったばかりだし、よくわからない。

 ともかく、身嗜みをもう少しなんとかした方が良いわねと、私は隣を歩くヴァールハイトをちらりと見ながら考えていた。


 何を考えているのかよくわからない男と二人で歩くというのは、案外居心地の悪いものである。

 日傘をさして歩く私の少し後ろを、ヴァールハイトは静かに歩いている。

 隣を歩かないのは、従者という身分を心得ているからなのかしら。

 それとも、日傘がぶつかりそうだから、とか。


「ヴァールハイト」


「なんだ、お嬢さん」


「お嬢さんではありません、エルフィです。エルフィ様とお呼びなさい」


「お嬢さん」


「エルフィ様」


「敬って欲しいのか?」


 寡黙なだけで優しいと考えていた私が、間違っていた。

 私は目線を遮っていた日傘を閉じると、前髪に隠れてあんまり見えないヴァールハイトの黒い瞳を、挑むようにして睨みつける。


「傭兵ギルドで働いているのですから、もっとしっかりとした礼儀のある方だと思っていました」


「傭兵に礼儀を求めるのか? 世間知らずだな、お嬢さん」


「私は世間を知っています。無礼さを格好良さだと勘違いしているのではないのかしら? あなた、幾つなの? 私のような年下の小娘に偉そうな口を利いて喜ぶなんて、底が浅いわね」


「……口が達者なお嬢さんだ」


「お嬢さんと呼ぶのをおやめなさい」


 呆れたようにヴァールハイトが肩をすくめてくる。

 私はかつて、婚約者だったアレク様にこのような口を利いて、可愛げのない女だと怒らせた記憶がある。

 けれど、ヴァールハイトは怒っている様子はない。

 ただ、私を世間知らずのお嬢さんだと侮っている。敬う気持ちが湧かない。それだけなのだろう。


「……まぁ良いわ。別に私も、敬われたくてあなたを雇ったのではないもの。仕事さえしてくれたらそれで構わないわ」


「礼儀は苦手でね。それは、助かる」


「余計な話をしなくてすみそうで、私も助かるわ」


 嫌な男だなと、思う。

 けれど、私が言い返しただけで、それはそれは怒っていたアレク様よりはまだ良いのかしら。


「誰か、誰か、助けて……!」


 侯爵家への帰路に就く私の耳に、悲鳴じみた叫び声が聞こえてきたのは、ヴァールハイトとの会話が険悪なまま終わってしばらくしてのことだった。




お読みくださりありがとうございました!

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