ディグレス森林とシャハル騎士団
森の中を進んでいく。
私たちは王都への旅路の最初の街、ファルムに向かっている。
ディグレス森林を抜けて小一時間ほど歩けば、ファルムにたどり着くことができる。
大凡半日程度の道行だ。夕方までには到着する予定である。
無理をすればもっと早く進めるのだろうけれど、急ぐ理由は特にない。
馬車が一台通ることができるぐらいの道を歩く。
道の左右には、家の建材や、薪などの燃料にも使われる伐採された木々が綺麗に並べられている。
古い切り株と、新しく生えてきている木々と、空に突き出すように育っている木々。
伐採された木々のおかげで、森の中でも光の通りが良く、明るい。
草木の深みを帯びた爽やかな香りと、土の匂いが混じり合っている。生命力の香りだ。
「森の途中に、シャハル騎士団の駐屯地があります。この森には、炭鉱の洞窟と、伐採所があるので、警備を強化してもらっているのですよ。炭鉱や伐採所で働いている方々は、仕事の最中は泊まり込みですし、草原よりも森の方が、見通しが悪いせいで魔骸の被害に遭いやすいのです」
「騎士団、ね」
伐採所や炭鉱は、森の中央付近にある。騎士団の駐屯地もその近く。
森の入り口と出口と、いくつかの場所に物見台も設置されている。
「ヴァールハイトから見て、ロングラードの騎士団はどうかしら? セルヴァンが整備をしてくれて、各地に駐屯所があるわ。騎士団の本部は、サンタナに。ヴァールハイトが仕事中に、関わることは?」
私が尋ねると、ヴァールハイトは記憶を探るように視線を彷徨わせた。
「騎士団と合同で仕事をする、ようなことは特になかったな。だが、爺さん……セルヴァンは、積極的に傭兵ギルドに訪れては、これはという者を騎士団に入れるように働きかけているようだった。当たり前だが、その日暮らしの傭兵よりも、騎士団の方が待遇が良い」
「ええ。セルヴァンは、だから、傭兵ギルドに顔がきくの」
「街を巡回している騎士団の連中とすれ違うことはあったが、威張っている様子もねぇし、よくやってるんじゃねぇか? 騎士団の連中が街を歩いているだけで、犯罪に対する抑止力になる。それに、安心感にも繋がる。街を守ってくれるっ……てな」
「あなたがそう評価してくれるのなら、安心よ」
「騎士の連中が威圧的だと、騎士団の姿を見かけた街の連中は怯えるからな。あんたの街じゃ、そんなふうには見えなかった。まぁ、あの頭の硬い爺さんが指揮して作った騎士団なら、威張り散らすこともしねぇだろうが」
「ふふ、良かった。……あなたに認められると、嬉しいわね」
「そんなに良いものでもねぇよ、俺は」
「私は……あなたを、尊敬している。尊敬する相手に認めてもらえると、嬉しいでしょう?」
「それは俺が、あんたの両親の敵討ちをした恩人だからか」
「それもあるけれど……でも、それだけじゃないのよ」
うまく、言えないけれど。
私はヴァールハイトのことを全部知っているというわけではないけれど。
「……例えば、……あなたのような立場になったら、……復讐しようって、思うかもしれない。あなたの立場を奪った、屑野郎に」
「いきなり口が悪いな」
ヴァールハイトは肩をすくめた。
「復讐なんてしねぇよ。元々、俺は出自もわからねぇ孤児だからな。グレンの方がずっと、英雄としては相応しいだろ?」
「そうは思わないけど……」
「薄汚ぇって言ってたじゃねぇか、俺のことを」
「そ、それは、その、髭も剃らないし、髪もぼさぼさだし、服もぼろぼろだったから……っ、で、でも、駄目よね。ごめんなさい。人を見た目で判断するなんて……私もまだまだだわ。反省よ」
「……あんたは、嫌味なんだか素直なんだか分からねぇな。……まぁ、この森の木々のように、まっすぐではあるんだろうが」
ヴァールハイトに褒められて、私はきゅっと唇を噛んだ。
恥ずかしい。胸が、ちくちくする。
どうしてなのかしら。よくわからない。
褒められるのが、嬉しいのかしら。尊敬している相手に褒められたら嬉しい。これは、普通のことだ。
けれど、痛みがあるのは、少し、苦しいのは、どうして。
「……エルフィ様!」
森の中央はかなり開けた場所になっている。
騎士団の宿舎と、伐採所と、鉱山の洞窟と。小さな村ぐらいの人数が常にいるので、それなりに賑やかだ。
お店があるわけではないけれど、きのこが育てられている間伐材の山や、畑などもある。
「ギル! どうしました、何かありましたか」
私の元へ、ヴァールハイトと同じぐらいの年頃の青年が駆け寄ってくる。
騎士団の濃い藍色の軍服を着て、肩には腕章がある。シャハル騎士団の証である、星が三つ並んだ腕章だ。
さらりとした銀の髪のやや冷たい印象を受ける男性である。
ギルフェルド・ジニス。シャハル騎士団の各地の駐屯地の一つを任されている、分隊長の一人だ。
「エルフィ様、この男は……いや、それは今は良いです。こんな場所に、見知らぬ男と二人で。どちらまで行かれるおつもりですか?」
「王都に行く途中です。それよりも、あなたが慌てているなんて珍しいですね」
「今、森を抜けるのは危険です」
ギルフェルドは真剣な表情で、そう言った。
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