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二日酔いの朝とマルグリットとルイーズ



 寝室の扉から出ると、寝室から扉を隔てた隣にあるリビングルームに、私の側付き侍女のルイーズと、古くからロングラード侯爵家に仕えてくれている侍女頭のマルグリットが待っていた。

 マルグリットは両親が亡くなってから十五年間、私やこの家をずっと支えてくれている。


 十五年前はすらりとした美人だったけれど、今はふくよかで豊満なおばあさまという感じだ。ヴァールハイトはマルグリットのことを婆さんと言っていた。

 確かに髪に白い物が混じり始めているけれど、まだ溌剌としていて若々しい。


 ルイーズはマルグリットの娘だけれど、マルグリットは小柄でふくよか、ルイーズは背が高くスレンダーだ。

 ルイーズはよく「そのうち私も、マルグリットお母様のようにまんまるになるんですよ、エルフィ様」とぼやいている。


「ヴァールハイト様、なんと、二日酔いのエルフィ様をたった五分程度で起こしてきたのですね……! 凄い、頼りになります!」


「流石は救国の英雄ですこと。素晴らしい働きです。この調子で毎朝起こしてください」


「エルフィ様は普段はとっても物わかりが良く清く正しくしっかりした立派な主なのですが、お酒を飲み始めると大変なんですよ、いつも」


「いつもは私とルイーズが、フライパンとお玉などを持ってきて、起きろ起きろと言いながら、エルフィ様の寝室で大騒ぎするほどですからね」


 ルイーズが飛び跳ねるぐらいに喜んで、マルグリットがにこやかな笑みを浮かべて頷いている。

 私は非常にいたたまれない気持ちになりながら、頭を抱えた。


「二人とも、寝室での出来事をヴァールハイトに言わないで頂戴……」


「言っておかないと駄目ですよ、エルフィ様。だって、エルフィ様はヴァールハイト様とお二人で王都まで旅をするのでしょう? 街に寄ればお酒を飲むでしょうし、護衛と主の部屋が別なんてまずありませんから、エルフィ様の酒癖と寝るときの癖を今知っておいて貰った方が、後々気が楽かと思いますよ」


 ルイーズが胸の前で両手を合わせて、一生懸命という感じで言った。

 ルイーズはマルグリットから私の世話係を引き継いでから、とても熱心に私に仕えてくれている。

 とても有難いのだけれど、アレク様から婚約破棄をされたあとは、「エルフィお嬢様の良さがわからないなんて!」と、荒れに荒れて大変だった。

 今でも良く怒っているし、良く泣いている。

 感情的なのだ。でも、ルイーズが側にいてくれて、私はとても救われている。


「そうです、エルフィ様。どうせあざらしのジョゼちゃんは持って行くのでしょう。いついかなるときも離さない、灰色のあざらしを」


 マルグリットが優しく続ける。

 そろそろ年だから引退しようかしらと時々言うマルグリットは、昔はルイーズのように「お嬢様、私がいますからね。旦那様と奥様がいなくても、お嬢様にはこのマルグリットがいます」と、よく泣いていた。

 けれど最近はとても落ち着いていて、ロングラードの使用人たちの心の安定剤のような存在だ。


「ヴァールハイト様、あざらしのジョゼちゃんは、エルフィ様の大切な物なんです。エルフィ様の亡くなったお父様からの最後の贈り物で、エルフィ様の心の支えなんです。だから、エルフィ様があざらしを抱いて寝ていても、可愛いって思っていただけると、ルイーズはとても嬉しく思います……!」


「や、やめて、ルイーズ……」


 私は真っ赤に顔を染めながら、力なく首を振った。

 今までにこんなに恥ずかしいことはあったかしらというぐらいに恥ずかしい。

 ヴァールハイトはルイーズの話を静かに聞いた後、私の顔をまじまじと見つめた。


「あぁ、なるほど。可愛い。そうか、あんたは可愛いんだな。偉そうなお嬢さんかと思ったが、年相応に可愛い」


「ひっ、やめ、やめて……やめてください、困ります……っ」


「別に、あざらしのジョゼちゃんを抱いて寝るぐらい、良いんじゃねぇか? 俺も寝る時は上半身裸だ。脱がねぇと眠れねぇんだよ。野営の時は困るんだよな、この癖は」


「し、支度、支度をしますから、ヴァールハイト、向こうに行っていてください……!」


 冗談なのか本気なのかよく分からないことを言うヴァールハイトの背中を押して、私はヴァールハイトを部屋から追い出した。

 パタンと閉まる扉に背をつけて、乱れた呼吸を整えている私に、マルグリットとルイーズがとても微笑ましそうな視線を向けている。

 私は恐る恐る顔をあげて、とても後悔した。

 その意味ありげな視線。

 言われなくても、なんとなくわかるもの。


「エルフィ様、とても素敵な殿方を連れてきましたね」


「エルフィ様……マルグリットは嬉しいですよ。エルフィ様が一生独身でいるなんて悲しいことを言うものですから、街で片っ端から評判の色男を連れてこようかと画策していたところでした」


「マルグリット……一体何を画策していたの……」


「男性の良さなど、実際お付き合いしてみないと分からないものです。私も庭師のクリフと最初に会ったときには、なにこの土臭い男は、と、思った物ですから」


「クリフは野菜作りが得意だからね……」


「お父様の爪には大体土が挟まっていますからね。それは土臭いでしょうね」


 マルグリットの話に、私とルイーズは頷いた。

 クリフもかなり年をとったけれど、広大なロングラード侯爵邸の土地の一部を菜園にして、美味しいお野菜をいつも作ってくれている。

 野菜作りも得意だけれど、庭園もとても綺麗に整えてくれる。


「ともかく、エルフィ様。ヴァールハイト様は少々態度と言葉が悪いですが、良い方のように思いますよ。仲良くしてくださいね」


「そうです、エルフィ様。お母様も私も、エルフィ様が素敵な方と結婚することを、楽しみに生きてきたのですからね……!」


「二人とも、ヴァールハイトは護衛だし、忘れられない好きな人がいるのよ。困らせてはいけないわよ。私の、両親の仇を討ってくれた、恩人なのだから」


 ヴァールハイトは、きっと今でもラシャーナ姫が好きなのだろう。

 忘れられないから――まるで、世捨て人のように、暮らしているのだろうと思う。

 ちくりと、胸の奥が痛んだ気がした。

 昨日会ったばかりで、少し話したばかりなのに、こんなのは変よね。


「エルフィ様、そんなことはないと思いますけれど」


 ルイーズが不満げに何かを言おうとするのを、マルグリットが遮る。


「私たちも少し焦りすぎました。ともかく、エルフィ様。支度をして朝食にしましょう。旅支度をして出かけられるのでしょう?」


「ええ。急ぐ旅にしたくないから、早めに出立したいとは思っているわ」


「どうしても行かなければならないのですか、エルフィ様? 第二王子殿下の結婚式なんて、出席しなくても良いのに」


 ルイーズはずっと、私が結婚式に参加することを、不満に思っているみたいだ。


「そういうわけにもいかないわよ。私はロングラード侯爵だもの。それはもちろん、意地とかはあるわよ。けれどそれ以上に、招待状を貰って、よほどの事情があるわけでもないのに参加しないなんて、王家に叛意があると思われかねないでしょう」


「そうでしょうか……」


「可能性の話よ。例えば何かあったときに、ロングラード侯爵は王家の招待を断ったとかなんとか言われて、難癖つけられて、領地を奪われるかもしれないでしょう? 私の立場と、ロングラード侯爵領を守るためには、出席しておいた方が良いのよ」


「エルフィ様、立派です」


 マルグリットが褒めてくれるので、私は頷いた。

 お母様の変わりのように私の側にいてくれたマルグリットに褒められると、嬉しい。


「エルフィ様、私も行きたいです」


「ありがとう、ルイーズ。けれど、街の外には魔骸が出るし、あまり安全な旅とは言えないの。もちろん、ヴァールハイトは強いから、ルイーズが一緒でも大丈夫だとは思うけれど、でも、やっぱり私は、ルイーズや侍女たちを、わざわざ危険な旅に同行してとは言いたくないのよ」


「エルフィ様の御身の方が、私の命よりも尊いではないですか」


「命の尊さに差などないわ、ルイーズ。そんなことは言ってはいけない。それに、安全な旅にできるようにヴァールハイトを雇ったのよ。今まではセルヴァンがいてくれたから問題がなかったけれど、でも、ヴァールハイトはセルヴァンと同じぐらい頼りになる」


 私はルイーズを安心させるために微笑んで「だって、救国の英雄だもの」と言った。


お読みくださりありがとうございました!

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