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エルフィ・ロングラードは曲がったことが許せない




 ヴァールハイトの話を聞いて──私は、沸々と怒りが腹の底から湧き上がってくるのを感じた。


「どういうことなの……!?」


 ダンッ、と、私は持っていたビールジョッキをテーブルに叩きつけた。

 叩きつけると割れてしまうので、正確にはやや大き目の音を立てて置いた。


「落ち着け、お嬢さん」


 困ったように眉根を寄せて、ヴァールハイトが言った。

 落ち着けですって。

 今の話を聞いて、落ち着くなんてできるわけがない。

 お上品にワイングラスに注がれた赤ワインに口をつけていた私だけれど、ヴァールハイトの昔話があまりにもあんまりだったから、赤ワインのグラスがいつの間にかビールジョッキに変わっていた。


 ヴァールハイトがぐびぐび飲んでいるビールが美味しそうだったし、苦い昔話には、ワインよりもビールの方が合うような気がする。


 侍女たちが気をきかせてか、私たちのテーブルには、ビールのおつまみに最適な枝豆と、チョリソー、鳥軟骨の唐揚げが置かれている。

 どれもこれも私の好きなものだ。

 ヴァールハイトをもてなすということで、お上品なテーブルにお上品なお食事を用意してもらっていたのだけれど、私は実をいえば結構──ビールを飲みながら枝豆を食べて、気づいたら朝、みたいなこともある。


 歯磨きとか着替えなどは、侍女たちが酩酊した私の手を引いて、手伝ってくれているらしい。

 たまに記憶がなくなるのは、アレク様との婚約が駄目になって、領地に帰ってから、特に浮いた話もなく二十歳になり、お酒のおいしさを知ってしまってからだった。


 ロングラード領のお酒は美味しい。私は身を持ってそれを知っている。


「落ち着いていられるものですか。何なの、今の話は。どういうことなの、ヴァールハイト!」


「どうも、何も、……グレンは、姫様が好きだったんだろ。それに、俺の名声が気に入らなかったとか、そんなとこだろうよ」


 ヴァールハイトは何杯目かのジョッキを空にしながら言った。

 何杯も飲んでいるのに、酔っている様子はない。

 英雄というのは、お酒にも強い物なのかもしれない。


「骸竜の討伐は、王国民の悲願……それを一人で成し遂げてくれたあなたは、本当に、英雄だわ。それなのに……なんて卑劣なの、グレンという男は……私が見たグレンは、栄光ある騎士団長として、そして、英雄として、堂々と皆の前に立っていたわよ。ラシャーナ姫と一緒にね。嘘つきだわ。卑怯で、卑劣だわ……!」


「お嬢さん、だから、落ち着けって。もう、終わったことだ。あんたが怒る必要はない」


「怒るわよ、怒るに決まってるじゃない! あなたは私の、お父様とお母様の仇を討ってくれたのよ、王国に、平和を齎してくれたの……それなのに、こんな終わりってないじゃない。酷いじゃない」


「終わってはいないぞ、俺は生きてる。まぁ、名前は変わったがな」


「でも、本当は、姫様と結婚するはずだったんでしょう? あなたは、姫様が好きだったのでしょう?」


 ラシャーナ姫だって、ヴァルトの帰りを待っていたはずなのに。

 それなのに、ヴァルトは死んでしまったと思っていて、好きでもないグレンと結婚することになってしまったなんて。


「悲劇だわ……」


「おい、泣くなよ、お嬢さん。あんた、少しばかり悲しい話を聞いたぐらいで、泣くような女じゃないだろ」


 ぼろぼろと、涙が溢れる。

 手慣れた様子で、側に控えていたルイーズが私にハンカチを差し出してくれる。

 私は目尻をハンカチでごしごし拭いた。


「泣くような女なのよ。悲しくなんてないわよ。悔しいじゃない。どうして、本当は地位も名誉も名声も愛する女性も手に入れることができたはずのあなたが、こんなところで、なんとなく薄汚れた姿で、傭兵をしているだなんて……」


「薄汚れていて悪かったな……」


「酷いじゃない、腹が立つじゃない、こんなのってないわよ。あなたの話を聞いていたら、私の婚約破棄なんて、霞んでしまうわよ。ヴァールハイト、あなた、泣き寝入りしていて良いの?」


「泣き寝入りしているわけじゃねぇよ。それに、別に俺は姫様のことをどうしても嫁にしたかったとか、そんなわけじゃねぇしな。グレンが、俺を追い落として姫様を手に入れたかったとして、わざわざ奪い返したいとも思わない」


「そこに愛はなかったの……!?」


「いや……お嬢さん、案外ロマンチストなのか? 恋愛なんて下らねぇとか、言いそうなのにな」


「私は別に、恋愛が嫌いとか、そういうわけではないのよ。私のような……気の強い女を選んでくれる男性はいないだろうなとは、思っているけれど。私のことは良いのよ。問題は、あなたよ、ヴァールハイト」


「俺か」


「そうよ。あなたは生きているし、あなたの顔をみれば、あなたがヴァルト・ハイゼンだって、皆んなわかるでしょう? 堂々と、王都に戻ればよかったじゃない」


「一度戻った。だが、その時はすでにグレンは英雄として讃えられていて、姫様と結婚した後だったからな。今更、あいつの居場所を奪う気にはなれねぇし、それに……」


 ヴァールハイトは、一度言葉を濁した。

 それから、やや深刻な表情を浮かべる。


「……骸竜が消滅した時、禍ツが世界に溢れた。骸竜が生きていた頃とは比べ物にならねぇほどの魔骸が、国中に蔓延ってる。今の俺は、魔骸を倒しながら静かに暮らしてぇし、国やら騎士団やらとは関わりたくねぇんだよ」


「それは、あなたが最後に聞いた、骸竜の声と関係があるの?」


 ヴァールハイトは消滅する骸竜の声を聞いている。

 その声は『お前が、継げ』と、まるでヴァールハイトが国を滅ぼすような予言のようなものを残している。


「さぁ……俺には、よくわからん。今の所、体におかしな様子もねぇし、そもそも、俺はこの国やグレンを恨んでるわけでもねぇしな」


「腹が立たないの? 酷いことをされたのに」


「もっと酷い目にあってる奴らなんざ、この国にはたくさんいる。お嬢さんが知らないだけだ」


「知らないわよ。あなたは知っているの? だったら、教えてちょうだい。それに、……やっぱり一緒に、王都に行きましょう。私、頭に来ているの。王都に行って、グレンを、一発殴ってやらないと気が済まないわ!」


「……お嬢さんが殴ってどうするんだ。そもそも、王都に行く目的が変わってるだろ」


「だって、許せないもの。……許せないわよ、こんなの」


 私が新しいビールに口をつけようとすると、ジョッキが私の手から抜き取られる。

 いつの間にかヴァールハイトが私の真後ろに立っていた。

 それから「飲み過ぎだ、エルフィ」と、嘆息しながら言って、私の体を軽々と抱き上げた。


お読みくださりありがとうございました!

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