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そうしてヴァルト・ハイゼンは死に、ヴァールハイトとなった



 結局、ラシャーナ姫を連れ、グレンと共に城に戻った。

 従者の者たちは、途中の街で馬を調達して帰るということになり、ともかく姫を城に送り届けるのが先決であると。

 

 ラシャーナ姫はグレンの馬ではなく、俺と相乗りをしたがり、断る理由もなかったので馬に乗せて城へ戻った。


「……ヴァルト様は、我が国の、救世主なのですね。……ヴァルト様がいなければきっと、皆、命はありませんでした」


 震えながら俺にしがみつき、大きな青い瞳に涙を溜めながら健気に微笑むラシャーナ姫に、はじめて親愛の情のようなものを感じた。

 それまではずっと、向けられる思慕に近い感情が、面倒だと思っていたのに。


 城に戻ると、すぐに陛下と宰相、大司教に呼ばれた。

 謁見の間に、グレンと共に俺は並んだ。

 ラシャーナ姫は自分も共にいると言って、国王陛下の隣に並んでいた。


「まずは、礼を言おうヴァルト。そしてグレン。姫の命を救ってくれて、ありがとう」


 陛下の言葉に、俺たちは深々と礼をした。

 命を救ったなどという実感は、まるでなかった。

 気づいたら、骸竜が逃げていったという感覚に近いだろうか。自分自身の力で何かを成したわけではない。


「ヴァルト、お前の刻印だが、大司教より話がある」


「古き言い伝えです。この国に厄災が訪れる時、女神ソファラが救国の英雄を選ぶ。その者の手の甲には、聖痕が浮かび上がり、すべての邪悪を払うだろうと」


「……聖痕」


 思わず、呟いていた。

 手の甲にそれが浮き出てから、それが何かさえよくわからずに過ごしてきた。


「ソファラの聖痕。……はじめてそれがこの国に現れたのは、古の時代。屍の王が蘇り、ソファラの英雄がそれを打ち滅ぼしたと。屍の王とは、骸竜のことではないのかと、私たちは考えております」


 この国の神職は、女性が就く決まりになっている。

 銀の髪をした麗しの大司教は歌うようにそう言って、両手を胸の前で合わせると、礼をした。

 それから、一歩後ろに下がった。


「ヴァルト、救国の……ソファラの英雄であるお前に、骸竜の討伐を命ずる。骸竜を討伐し無事戻ったら、ラシャーナをお前の妻として授けよう。それが、ラシャーナの望みでもある」


「……姫君を」


「あぁ。確か、ヴァルト。お主の出自は、孤児であったな。姫を妻に迎えるにあたり、お主には爵位と、領地を与えよう。無事に戻ったらではあるが。戻ることを、信じている。骸竜の討伐を、頼んだぞ、ヴァルト」


「ヴァルト様、どうか、お気をつけて……」


 随分一方的なことだと思ったが、骸竜の討伐が聖痕を持つ俺の役割だとするのなら、断る理由もない。

 そうして俺は、骸竜の討伐に向かうことになった。

 その時、グレンがどんな顔をしていたのかなど、俺は知りもしなかったし、気にもならなかった。 


 数日後、荷物を纏め、騎士団の全権をグレンに渡すことを部下に伝え、骸竜討伐の旅に出る俺の元にラシャーナ姫が現れた。

 王都の南の大門の前で、従者と共にラシャーナ姫が、お忍びなのだろう、いつものドレスの上から簡素な黒いローブを纏い、待っていた。


「ヴァルト様、どうか、ご無事で……私、ヴァルト様が戻られる日を、お待ちしています」


「……俺が戻ってきたら、姫は俺と結婚をすることなるのですが」


「もちろん……! 私がそれを望みました。私は、ヴァルト様が好きです。どうかあなたの妻にして欲しいと思います」


「姫君、俺は孤児で、騎士団では汚い仕事もしてきました。人だって、殺している。何人も。この手は血に塗れています。……あなたに俺はふさわしくない」


「ヴァルト様の手は、人を守るための手です。私を守ってくださった。私は、あなたが好きです。おかえりを、お待ちしております」


 ラシャーナ姫はそう言って、お守りだと、俺の腕に魔除けの腕輪を嵌めてくれた。

 それはソファラの泉の石が嵌め込まれた、金の腕輪だった。

 それから、泣き出しそうな表情を浮かべて、俺に抱きついてくるラシャーナ姫を、俺は抱きしめた。

 激しく強い愛情のようなものは感じなかったが、心の中にじわりと芽生える、愛おしさのようなものには気づいていた。


 無事に、骸竜を討伐して戻ろう。

 死にたいと思ったこともなく、また、生きたいと思ったこともなかったが──愛する誰かのために生きることを望んでも、良いような気がしていた。


 骸竜の足跡を追って、旅を続けて、北のルノワルド火山の奥の洞窟を、骸竜が棲家にしていることを突き止めた。

 その頃には、何体もの魔骸と戦い、俺は聖痕の扱い方に慣れていた。


 骸竜はどうやら、俺から逃げているようだった。

 俺の行く先々でその噂を聞き、被害にあった街や森を歩き、聖痕による浄化を行なった。

 ようやく追い詰めた骸竜を俺は、聖痕の力を纏わせた剣で、打ち滅ぼした。


 火山の洞窟の奥は、ぼこぼこと噴煙をあげるマグマに囲まれたような場所である。

 そのマグマの中に、打ち倒した骸竜が沈んでいく。

 なぜ現れたのか、なぜ厄災を振り撒くのか、そして、なぜ自分が女神ソファラに選ばれたのか、俺にはさっぱりわからなかった。


 断末魔の声とともに、聖痕の光に体を焼かれてなかば溶けさせながら、マグマに沈んでいく骸竜を俺は見ていた。


「ヴァルト! やったのか!」


 そこに、なぜかグレンの声が響いた。

 どうしてグレンがここにいるのかと思いながら、俺は振り向いた。


「グレン……!」


 今まさに、骸竜を倒した俺の腹に、俺に向かってまっすぐ駆けてきたグレンの手に持っていた、ナイフの切っ先が沈んだ。

 焼け付くような痛みが、体を襲う。

 普段なら、避けられていた一撃だ。

 骸竜を倒したばかりで気が緩んでいたのか、それとも、長くかかった旅の疲れが出たのかわからない。

 突き刺さったナイフを引き抜かれると、俺の腹から鮮血が溢れ出した。

 がくりと片膝をつく俺の背中をグレンが踏みつける。

 それから、俺の腕から腕輪を外した。


「悪いな、ヴァルト。貴様はここで死ね。ラシャーナ姫も、騎士団長の座も、私のものだ」


 青ざめた顔で、やや興奮気味に見開かれた瞳で俺を見据えて、グレンは言った。

 あぁ、グレンは。

 姫君が、欲しかったのか。

 愛情なのか嫉妬なのか、わからない。わからないが、俺はグレンの感情にまるで気づかなかった。

 俺の体はグレンに蹴り落とされ、骸竜とともに、マグマの中に沈んでいく。


『憎いだろう。憎いだろう。この国は滅びるべきだ。お前が、継げ』


 そう、頭の中に声が響いた気がした。

 俺は、骸竜の体から溢れ出る禍々しい瘴気を、マグマの底に沈みながら、見ていた。

 焼け死ぬのだろうと思ったが、不思議と、痛みも熱さも感じなかった。


 俺は結局、死ねなかった。

 気づけば俺は、一人。

 どこかの森の中に倒れていた。怪我もなく、火傷もなく、無事だった。

 けれど俺は王都には戻らなかった。ヴァルト・ハイゼンは死んだ。

 その時の俺には怒りも憎しみもなかったが、色々なことがどうでも良くなってしまっていた。

 救国の英雄などどこにもいないのだと、青空を見上げながら自嘲した。


 

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