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ヴァルト・ハイゼンは、過去、聖痕の勇者となった



 気が付けば、私は私のことをべらべらとヴァールハイトに話してしまっていた。

 ヴァールハイトの相槌の打ち方なのか、それとも、気安い話し方なのか、どうしてなのかはわからないけれど――自分でも驚くぐらいに、あけすけに。

 トマトのスープが下げられて、サーモンの香草焼きの乗った皿が置かれる。

 ヴァールハイトの手元にはビールジョッキがあり、美味しそうにビールを飲み干している。


 太い喉と、喉仏の隆起が上下に動くのを目にして、私は視線をそらした。

 妙な、気恥ずかしさを感じた。


「……それで、ヴァールハイト。あなたは、どうして」


「俺か?」


「ええ、どうして、あなたは……栄光あるシャルムリッターの団長ヴァルト・ハイゼンから、ヴァールハイトと名を変えたの? 骸竜を討伐したのは、あなたなのでは……」


「俺は負けたんだよ、お嬢さん。骸竜にとどめを刺したのは、グレン・エジール。そう、言われているだろ?」


「……そう言われているから、私も、そう思っていたわ。でも、今はそれは違うと、感じているの」


「どうして?」


 ヴァールハイトは思いのほか綺麗な所作で、サーモンを二つに切ると、半身を口の中に放り込んだ。

 数回咀嚼して、飲み込む。

 それから、ビールジョッキに口をつける。


 暗い瞳の男だと感じていたけれど、今は、食事を美味しそうに食べている。

 良く分からない、不思議な人だけれど――でも私は確かに、ヴァールハイトを戦神だと感じた。


 私は、自分の直感を信じている。

 その直感が、骸竜を倒したのはヴァールハイトだと告げている。

 けれどたとえそうではなかったとしても、ヴァールハイトは骸竜を瀕死まで追い込んでいるのだから、討伐したのと同じだろう。


「……生きているのに、死んだふりをして、名を変えて生きている人には、それ相応の事情があるはず」


「骸竜に負けて――尻尾を巻いて逃げて、今だ。だから死んでいるふりをして、名を変えているとは思わねぇか? そんな、情けねぇ男だと」


「そうは思わない。あなたは強い。ヴァールハイト、私は自分の感じたことを信じているの。私は、私を信じている。だから、あなたのことを情けない男だとは思わないし、人には話せない事情があると、感じているのよ」


「……ふ、はは……っ、面白いお嬢さんだな、あんた」


「私は面白くない。いつだって真剣よ」


「あんたが馬鹿真面目に生きてることぐらいわかる。……そうだな、あんたになら話しても良いか」


 笑わない男なのかと、思っていた。

 けれどそんなこともなく、お酒を飲んだせいか、ヴァールハイトは声をあげて笑っている。

 それからふと真剣なまなざしで、私を見つめた。

 私の胸の奥まで見透かすような黒曜石の瞳が、どこか懐かしそうに、私を通り越して遠くを見つめているようだった。


「……俺に、この手の印、聖痕が現れたのは、骸竜が世界に現れたときとほぼ同時。十五年前、あんたの両親が犠牲になったのと同時期だ。俺はその時十三歳。親に捨てられた孤児で、食っていくために、騎士を目指してた」


「あなたも、孤児だったのね。セルヴァンと同じ」


「あぁ。十歳で、騎士の士官学校に入って、教官どもに扱かれて……だが、まだ一人前の騎士とはいえなかった。体も今よりも小さかったしな」


「十三歳では、そうでしょうね」


 私が十三歳の時は、まだ、この屋敷でセルヴァンに教育を受けていた。

 聖銃を扱いたいと言って、セルヴァンにはまだ筋力が足りないから、銃を撃つときの反射で、指がちぎれたり、関節が外れる危険があると言われていた。

 それに反動で照準が外れて、誰かに誤射する可能性もあるから、駄目だとも言われた。


「十三歳の中でも強い方ではあったんだがな。そのうち、骸竜が現れて、奴のまき散らす腐敗が、禍ツをうんだ。禍ツに汚染された土地では、動物や植物が変異して――それが、魔骸となった」


「……魔骸は、骸竜が死んだからうまれたのではないの?」


「それは違う。国は魔骸の存在を隠したがっていたんだ。だから、秘密裏に討伐を行っていて、大々的には公表しなかった。骸竜の存在に、国の連中は皆怯えてただろ? その上、魔骸が国に溢れるってんじゃ、な。恐怖心は暴動をうむ。どうにもならない何かを、皆誰かのせいにしたがるからな」


「それは、心が弱いからだわ。骸竜が現れたのは、誰かのせいじゃない。長い間討伐されなかったのだって、誰かが悪いというわけじゃない。誰にもそれができないのなら、私がそれを成し遂げてみせる……私はずっと、そう思ってきた」


「お嬢さんみたいなのは特殊だよ。大抵の人間は皆、誰かがどうにかしてくれる、誰かにどうにかしてもらいたいと、思うもんだ」


「そうかしら」


「ま、今のは余談だ。そんなわけで、魔骸の存在は伏せられていたわけだ。今よりもずっと数が少なかったしな。……それで、騎士団に入った俺は、まぁ、強くてな。めきめきと頭角を現し、騎士団長までのぼりつめた」


「それは自分で言うことかしら」


 私が呆れると、ヴァールハイトは苦笑交じりに笑った。


「ま、いいだろ。実際そうだったんだから。騎士団長になった俺は、ある日、副団長だったグレンと共に、ラシャーナ姫様の護衛の任務についた」


「グレン様の奥方様ね」


「あぁ。……あれは、なんだったかな。姫様が商業都市ラカームに行きたいと言っているから、護衛をしろと言われたんだったかな」


 商業都市ラカームは、王都の南、ニルギニア公爵領にある海辺の街である。

 貿易が盛んで、王国内では手に入らない異国の品も流通している、王国内では王都に次いで、大きな街だ。

 商人たちも商品の仕入れに訪れることの多い街で、私も数回、勉強のために行ったことがある。


「シャルムリッターの団長と副団長を引き連れて、外遊に行くなんて、豪勢なことね」


「相手は姫君だからな。まぁ、それで、その旅の途中で、骸竜に襲われてな」


「骸竜に……?」


「あぁ。……もう駄目かと思ったよ。骸竜は、剣を溶かし、鎧を溶かす。その体は崩壊と再生を繰り返していて、一太刀浴びせても、すぐに再生されちまう。死ぬしかねぇのかと思ったが、その時、俺の聖痕が光り出してな」


「……聖痕の力が、開放された?」


「もともと力はあったのかもしれねぇが、使い方も、それが何かさえわからなかったからな。聖痕が光り、骸竜の体を焼いた。骸竜は退いて――それで、俺は、聖痕の勇者なんて、呼ばれるようになったわけだ」


 ヴァールハイトはそこまで言って、一息つくようにして残りのサーモンを食べて、ビールを飲みほした。





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