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辻褄

作者: 竹下博志

また夢をみた。

空全体が燃え上がり、そのあと真っ暗な時が過ぎていった。

そして、ここら辺りはだんだん寒くなり、身体の震えが止まらず、

俺たちはみんなで身体をくっつけ合って寒さをしのいだ。

腹が減ったなぁ。と、誰かが言った。

あの、大きな卵。

俺たちは、よくあの大きな卵を取りに行ったものだった。

卵を産む奴らは、とても身体が大きくて、俺たちを見つけると、

踏んづけて潰して、動けなくなると、バリバリと骨を砕く音を響かせながら俺たちの仲間を貪り喰ったものだ。

しかし、その奴らも、ここら辺が寒くなると、どんどん居なくなっちまった。

だから、大きな卵を食べる事はもうないだろう。

俺たちは、手当たり次第に食べれそうなモノを齧ってみては、それで何とかやり過ごした。

そして、雪と氷が辺りを覆い尽くす頃には、大きな奴らを見る事は殆ど稀になった。

まだ、ここら辺が蒸し暑くて、緑が一面だった時、俺たちは緑の葉の陰に隠れて、コソコソと大きな奴らに見つからない様にしたものだ。

奴らは、すっかり我が物顔で、堂々と歩き回っていた。

それが今や、あの丸々と太った大きな身体、美しくしなやかな身体は見る影も無い。

たまに出会う奴らは、殆ど骨と皮ばかりで、寒さに震え、飢えて力なく、来たる死に怯えた目をして、ぐったりとするばかりだった。

俺たちは、俺たちを襲う奴らの居ないこの世界で、初めて堂々と歩く事が出来たのだ。

まぁ、と言っても、とても寒くて、いつも腹が減っていたのだったが。

 腹が減って、目が覚めた。

俺は、散歩に出た。

日の出と共に起きて、先ず散歩に出るのが日課なのだ。

駅前は閑散としている。

良い天気で、風が少しだけあって、その風が何かの花の香りを運んできた。

こんな日は最高だ。

俺は、夢の事を考える。そりゃ、今だって季節が変われば震える程寒い日もある。

しかし、ずっと続くわけじゃない。

今日みたいな日もあって、一方で、灼熱の日もあるが、通して見れば、トントンだろう。

夢の世界じゃ、ずっと寒い様だった。

夢なのに、どうしてわかるかって?

そりゃわかるだろう。自分の夢だもの。

ともかく、俺は有難いと思う。

俺は、だいたい寒いのも暑いのも、まぁ好きだとまでは言わないが、平気な方かも知れない。

人というものも、本当にこれが同じ人なのか?

と思うくらいに、みんなそれぞれがバラバラで、俺みたいに寒いのも暑いのも平気な人間も居れば、とんでもなく、そういった事に弱くて、ちょっとでも寒いものならば、寒い寒いと大騒ぎをし、また、ちょっとでも暑いものならば、暑い暑いと大騒ぎをする奴らが居て、

おいおい、冗談だろう。と、思うくらいだが、どうやら冗談ではないようで、本当にガタガタ震えたり、汗だくだったりする。

だが、人というもの、みんな同じだと思う方が大いに間違いなのかも知れない。

俺は男で、好きになるのは、もちろん女で、まぁもちろんという言い方は、そうでない誰かを不快にするくらいだから、世の中のそれが不快な奴らの中には、男が男を好きだったり、女が女を好きだったり、見かけは男なのに、中味は女だったり、あるいはその逆だったりする。

どうして、そうなっているのか、俺にはわからない。

また、正直言って、その感覚も理解は出来ない。

だが、そういう奴らが居るということには、多分なんらかの意味があって、バランスをとっているのだろう。世の中に無駄があるとは思えない。という感覚ならば、理解できる。神様とか創造主という言い方をしても良いのだろうが、仮にそういう奴が居たとして、この世の辻褄合わせときたら、そりゃもう俺がどうとか言える範囲じゃない。まったく上手く仕上げたもんだ。感心してしまう。もっと、世の中に深く関われれば、畏怖の念とやらまで行くのだろうが、今のレベルでも充分だ。

だってそうだろう、また夢の話で恐縮だが、この世が雪と氷で閉ざされようという時に、あの蒸し暑いジャングルを我が物顔で謳歌していた連中が、また再び氷の王国でも王権を振るうなんて日にゃ目もあてられない。ジャングルで割を喰った俺たちが氷の世界ではささやかながら我が物顔、それでこそ辻褄が合うってもんだろう。

ところで、俺の夢のバリエーションにはもう一つあって、それは雨が降らなくなって、森がどんどん小さくなっていくというものだ。

森の中には美味い果物がたんまり成っているんだが、そこには近づけない。

果物の周りには筋骨隆々で、力強い欲深い連中が常に見張っていて、なかなかそこで果物を喰うというわけにはいかない。しかも、連中の欲深さときたらなかなかのもので、おまけに執念深いときた日にゃ、俺たちはすっかり森の外側に追いやられていた。まぁ、果物が喰えないくらいならば、他のものを喰えばいいわけで、美味くないことを除けば大した事はないわけだが、森の周りにはちょっと厄介な獣がうろついていて時々俺たちの仲間を寝ているうちに、こっそりとさらっていくのが問題だった。森の真ん中に棲む奴らはそんな俺たちを横目で見ながら、自分たちは安全な木の上に寝床を作っていた。獣の中には木の上に登れる奴もいたが、やはり俺たちの方がさらい易いと見えて、俺たちの一族はだんだんとその数を減らしていった。ただどういうわけか、それまではみんなで一斉に暗くなったら寝ていたものの、たまに暗くなっても起きている奴が出てきて、あいつは変わった奴だなぁ、なんてみんな言っていたが、そいつらのおかげでさらわれる奴が減ったのも事実だ。

ただ困った事に、さっきも言った通り雨がどんどん降らなくなって、森が小さいなってきちまった。俺たちは自分の身体を木の陰に隠せなくなった。剥き出しの草原にぽつりと置かれて、獣達はやりたい放題だ。獣達に会ったが最後、奴らの方が強いので、もう諦めるしかない。こんな時少しでも出来る事があるとしたら、獣達に見つかるより先にこちらから獣達を見つけて逃げるしかない。幸い、俺たちの中に後ろ足だけで立ち上がれる奴がいて、そいつが獣達を見つけてくれるようになった。俺たちはそれまでは他の獣と同じように四つ足で歩いていたんだが、最初に後ろ足だけで立ち上がった奴を見た時に、やはり変わった奴がいるもんだと思ったものだ。あんなことに意味があるなんて、考えもしなかった。だから言った通りだろう。夜中まで起きていたり、他のみんなと違うことをしてみたり、変わった奴だなあと、その時は思ったとしても、また意味がわからなかったとしても、無駄なことなんて無いんだ。中には意味のわからないままに終わっちまうこともあるが、的に当てるためにはいくつか投げてみないと駄目だろう。また、投げる数だって多けりゃ多い程良いし、投げるものだって色々投げてみるものだ。的に当たらないものを無駄という奴が時々いるが、そんな奴らは物事がわかっちゃいない。だってそうだろう。的は見えないんだから。当たって初めて、当たったってわかるんだ。そんなゲームに無駄なんてあるか。なんでもかんでも、多けりゃ多い程良い。

 ところで、夢の続きなんだが、森がどんどん小さくなっても、あの欲深な連中は森から出ようとしなかった。奴らはもう森にしか住めないんだ。だから、森が減っていくにつれて、奴らもどんどん減っていった。俺たちは弱い立場だったが、悲観しなかった。心の底では、そのうち辻褄があってくるだろうなんて考えていた。そして、その通りになったんだ。

 俺は、こんな夢を繰り返し見ている。

それは俺の今の境遇がそうさせるのだと思ってる。

あれは、何年も前の事だ。大きな大陸の真ん中で発生した小さな目に見えない生き物が、地上にいた殆どの人間を殺してしまった。誰かが誰かに責任を取らせようとして、戦争になった。戦争はすぐに終わったが、それは軍人がやはりこの小さな生き物に殺されてしまって、人数が足らなくなってしまったからだった。

それからは早かった、先ず石油が手に入らなくなって、電気が止まった。

新鮮で綺麗な水も手に入らなくなった。

当然、食べ物もなくなった。多くの人が小さな生き物に殺されなくとも、寒さと飢えと、不潔な環境に耐えられずに亡くなっていった。多くの人が今までの環境が変わってしまう事で、亡くなっていった。蒸し暑いジャングルが氷の世界に変わった時のように。はたまた、住み心地の良い森がどんどん小さくなっていった時のように。

彼らはこの世を謳歌していた。謳歌し過ぎた。辻褄があって今がある。

俺の生活は変わらない。昔も今もそのままだ。

散歩から帰ってきてビニールシートの家に入る。

好き好んでここにこうしている訳じゃない。

なんとなく、此処にやってきた。

環境は当初過酷だったが、準備期間があった。

いくら俺でも、いきなり今の境遇じゃあ持たなかったかも知れない。実際にそんな奴らをたくさん見てきた。俺にとって幸運だったのは、この準備期間は比較的良い時代に迎えられたという事だ。しかし、もしかしたら、そうじゃないかも知れない。いきなり、今の環境に置かれても平気だったのかも知れない。それはもうわからないし、知らなくても良い事なのかも知れない。

案外、一番大切なのは、此処にきた理由なのだろう。

なんとなく、という理由。誰かが全体の辻褄を合わせるために、俺を使った。当の俺にはその理由はわからない。最初に夜中に起きていた奴だって、最初に後ろ足で立ってみた奴だって、多分なんとなくだったに違いない。

畏怖の念まではいかない。ただ、感心するばかりだ。

そもそも、俺の短い人生の間に、畏怖の念に達するほど、この世の中に深く関わる事が出来るなんて、冗談だろう。

見えない的に当たるか当たらないかなんて、誰がどう考えたって、無茶な話だ。

もし、的が見えたなら、その時は畏怖の念ってやつに打たれてやろう。

それまでは、この辻褄合わせに乗っかるだけだ。


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