食べ終わった丼は伏せましょう
飲食店における迷惑行為「伏せ丼」。
ちなみに、壁ドン(SNSで流行っていた方)のほうが好きです。
「ニンニク入れますか?」
「全部普通で」
明日は土曜日で仕事が休み。
こんな日はジャンキーに食って、翌日の昼まで寝るに限る。
かー、やっぱラーメンはうめーな。
「おい、クソガキっ! お代要らないからに度と来ないでくれっ!!」
「……けっ! お客様は神様だろ! そんな口きいていいと思ってんのか! レビューサイトに悪評書くぞ!」
……なんかやりあってんなぁ。
うまいラーメンがまずくなるからやめてほしいんだけど。
俺はカウンター席で揉めている大将と、客のほうを見る。
そこで行われていたのは、いわゆる「伏せ丼」といわれる不衛生行為だった。
確か、SNS発祥の嘘マナーで一切流行らないまま廃れたハズだけど、まだやってる奴もいるんだ……。
なんだっけ? 「おいしくて、汁の一滴も残さず飲み干しました」とか言うことを示威する自慰行為だったよな。
どちらにせよ、「おいしかったです」って伝えることのできない陰キャムーブに過ぎないからやめたほうがいいだろう。
「お待たせいたしました。豚骨ラーメン全普通ニンニク入りです。 ……いつもいらしていただいているので、サービスで味玉つけときました。大将には内緒にしておいてくださいね」
バイトの女子大生ゆかりちゃんがラーメンを運んでくる。
閉店が近い時間だから、廃棄になるであろう味玉をサービスしてくれた。(なお、大将も黙認しているらしい)
「なんか、大将とお客さんもめてたね。まだ、伏せ丼なんてするやついるんだ」
「……〇ねばいいのに。あんなの客じゃない。 あ、失礼いたしました。ごゆっくりどうぞ」
バイトのゆかりちゃんですらブチギレるレベル。
もし、飲食業に命を懸けている人間であれば、殺してやりたくなるくらいの無礼な行為になるらしい。
昔、田中部長がやって、大将から出禁を言い渡されたから知っている。
逆に、絶対に田中部長が来ないから俺はこの店の常連になっているわけだけど。
「先輩、相席いいっすか?」
「岸部君か。良いぞ。ただ、ラストオーダーまで後20分だから早めに注文しろよ」
休み明けの仕事をしやすくするために、準備をするイケメン。
田中部長は知らない。岸部君が入ってくるまでは俺が、入ってきてからは岸部君が来週の仕事準備をしていることを。
それによって生産性が向上したらしく、営業部が表彰された。
その功績は全部持ってかれたわけだけど……。
実際、二人で出張に行ったときにはちょっと混乱が起きたらしい。
「岸部君、質問です」
「……なんすか? 失礼しました。なんですか?」
「まぁ、仕事中じゃないから言葉は気にしなくていいぞ。あなたは、食べたご飯が美味しかったので、店員に感謝を伝えたいと思っています。しかし、あなたは口下手で店員に声をかけることが出来ません。その場合の感謝の伝え方を答えなさい」
イケメンが顎に手を当てて考えている。
どうでもいいけど、絵になるな。
「確認ですけど、いわゆる『陰キャ』みたいな感じで声をかけられないっていう前提で良いんですよね?」
「あぁ、それ以外の前提は特にない」
「……実演しても?」
「構わない」
ちょうど運ばれてきたチャーシューメンしょうゆ味。
それを完食し、汁を飲み干す。
「これが俺の答えです。美味しいものは美味しく食べる。スープは別に飲まなくてもいいとは思うんですけど、俺は飲みました」
別に変なことをする必要なんてない。
つくってもらった人に感謝して美味しく食べるだけでいい。
変な嘘マナーに騙されて、変なことなんてしなくていい。
「……ちなみに伏せ丼はここの大将は優しいから出禁で済みますけど、ほかの店でやったら殴られても文句は言えないですね」
最近インフルエンザもはやり始めたから、そういった感染症対策としても迷惑だ。
感謝を伝えたいのであれば、残さず食べたり、常連になったり、「ごちそうさまでした」といったりするだけでいい。
丼の代わりに地面に伏せられるのは、迷惑行為をやった本人なのかもしれない。
ぶっちゃけ、「ごちそうさまでした」でいい話。
変なことはやめましょう。