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メアリ―後日談

そしてもう一度、何度でも

メアリースー後日談です。

「二度目の月祭り~いえーい!」

「創太様、今宵はまた随分とテンションが高いですね」

 あながち場違いとも言えぬテンションに反して落ち着いた返答を返すのは莢さんこと皁月莢。煌びやかな金髪を片編み込みに、アサガオの浴衣を着て佇むその姿はまごう事無き大和撫子……ではないが、俺の中で大和撫子は物凄い美人という意味合いなので間違っていない。莢さんは大和撫子だ。

「いや、テンション上がるでしょうそりゃ。今までローテンションを強制させてた原因は無くなってますから」

「?」

「ああいや、何でもありません。それにほら、莢さんとお祭り行くの初めてじゃないですか」

「そうですね」

 月巳市を代表するのがこの月祭りだ。確か記憶によれば月喰を鎮めるとか鎮めないとか、今となっては形骸化した目的だし、当人は生き永らえる為に定期的に人さらいをする始末。尤も、俺が婿になればその必要はなくなるとの事で、今年以降被害が出る事は無いと思われる。曰く、『つまらん人間一人攫うよりも坊とまぐわっていた方が我としても有益だ』との事。

 莢さんはあちこちを見回して、不思議そうに首を傾げた。

「どうしました?」

「……初めて来たと思うのですが、何故でしょう。凄く懐かしい様な…………」

「それはほら、昔からの伝統行事ですし、小さい頃に行ったのかもしれませんよ?」

「そういうものですか」

「そういうものです」

 過去、俺のテンションを最低にしてきた周防メアリはもういない。正確には、『無欠の希望』だった彼女はもう何処にもいない。そして世界を混乱に陥れた跋として、彼女はもうどんな存在にも認識されなくなってしまった…………俺を除いては。

 皁月莢はかつて周防家のメイドさんだった。彼女のもつ懐かしい感覚はそこに起因しているので、気のせいという事はないのだが、記憶の錯誤がどんな影響を及ぼすか分かったものじゃない。あれは無かった事にするしかないのだ。俺以外は。

「因みにそれ以降の記憶は?」

「……無いと思います」

「じゃあこれから積み上げていきましょうよッ。来年も再来年も、俺はきっと莢さんを誘いますから!」

 彼女には身寄りがない。周防天畧によって強引に手中に収められた彼女には帰る場所がここしかない。メアリはまだ罰を受ける理由もわかるが彼女にそんな謂れはない。だからせめて、メアリの代わりに俺が幸せにしたいと思う。

 プロポーズなどでは決してないのだが、何というか俺は莢さんの穏やかな顔がとても好きだ。彼女にはいつまでもそういう顔をしてもらいたいのだ。

 精一杯の笑顔で語り掛けると、莢さんはそっぽを向いてしまった。暗くて分かりにくいが頬が染まっていて、耳も赤い。照れ隠しにしては隠れておらずへたっぴだ。 

「……お戯れを。そのお気持ちはとても嬉しいのですが、そういう発言はあらぬ誤解を生む事にもなりますよ?」

「どうせ何しても誤解される時はされるので気にしてません。さ、行きましょう。今重要なのは楽しむ事です」

 彼女の手を掴み、俺は進んで人混みの中に足を踏み入れた。

 


 俺が今日のお祭りを楽しみにしていたのには理由がある。



 そう。今年のお祭りには『妹』も参加するのだ。

 それは茜さんと俺の嫁……改めて言うと恥ずかしい……こと月喰が教えてくれた。というか彼女が見つけ出してくれた。この日をどれだけ待ち続けていたか、それは誰も知らないだろう。彼女の存在は俺の唯一の心残りと言っても良い。

 勿論、何もかも元通りとはいかない。一度死んだ彼女が生き返るなんてそこまでは求めていない。俺は『視える』のだ。生きているか死んでいるかは些末な問題だ。だから多くは求めない。せめて仲直りがしたい。

 本当は直ぐにでも『妹』の待つ裏側へと行きたいのだが、莢さんを後回しにするのもそれはそれで違うだろう。それにお祭りに参加したのに辛気臭いばかりでは思い出にもならない。

 そういう理由から俺のテンションはまあまあ高い。屋台全てを遊びつくす勢いだ。

「創太様。射的などいかがでしょうか」

「射的……ああ、いいですね! じゃあいい感じの商品があったら莢さんにプレゼントしましょう。日頃お世話になってるお礼って事で」

 因みに俺の事情を知っている人間―――今となっては存在しないだろうが―――は疑問に思うだろう。他にも連れて行くべき女性が居るのではと。

「すみませーん。十六発分お願いします」

「あいよッ。銃は好きに選びな」

「分かりましたっと。うーん……まあ直感でいいか」


 例えば、命様。


 正式名称は常邪美命。偽りから生まれた本物の神様。俺の信仰する神でもあり、最初から最後まで俺の味方になってくれた大好きな神様だ。メアリが奪っていた力を取り戻した事で制限が解けているので、来ようと思えばいつでも来られる。わざわざ一緒に行く必要はない。

 十中八九、裏側こと『闇祭り』で正妻戦争を起こすだろう。前もって言っておくが本気で誘惑されたら神や妖怪の肢体に抗える訳がないので、俺は理性を捨ててしまう。このお祭りは裏も表も純粋に楽しもうという感情が根底にあるので、また違ったいざこざが起こるのは好ましくない。だから連れてこなかった。確実に後で合流するし、本人も特別気にしていないだろう。

「莢さん。欲しいものありますか?」

「…………あのリングを」

「リング? リングって……ああ、あれですか。あの犬のぬいぐるみがかけてる奴ですか。じゃあぬいぐるみですね……成程。どうやって撃とうかな」


 例えば、茜さん。


 人が嫌いなので来たとしても裏だ。表も楽しもうという時にわざわざ連れて行く意味は無い。俺は大歓迎なのだが。

「すみません。これ身を乗り出して撃つのは―――」

「肘までなら認めるよ」

「肘までですかー……」

「あの、無理はなさらずとも、創太様の御好きな物を取っていただければ」

「俺が欲しいのは思い出です。莢さんとはこれから長い付き合いになるんですから、せめてこれぐらいはお礼させてくださいよ……あー外した」


 例えば、周防メアリ。


 実は誘ってはみたのだが、『創太君は何かやる事がありそう。一緒に行きたいけど、私行かない』と謎の鋭さを発揮されて気を遣われた。その代わりに『来年は絶対、絶対行こうねッ! 約束だよッ?」と言われてしまったが、今のメアリとなら大歓迎だ。

「うーんここかな。 ……当たったけど、当たっただけ」

「……もう少し角度をつけてみては如何でしょうか?」

「角度?」

「頬を打つ感じで撃てば良いのでは、と」

「ああ~。やってみます」

       

 例えば、月喰。


『闇祭り』の運営側なので論外だ。どうせ会えるし会うつもりだ。俺は一応、彼女の婿だから。

「―――おっしゃあっ!」

 十二発目は狙い通りの場所に着弾。体勢を捻られた犬の縫いぐるみはそのまま前に傾き、落ちていった。残りの奴は適当にお菓子でも当てておいた。

「アドバイス感謝します。お蔭で取れましたよ」

 ぬいぐるみからリングを取って、莢さんに手渡す。しかし何を考え直したのか俺からぬいぐるみを取ると、またリングを掛け直した。

「あれ、リングが欲しかったんじゃ?」

「創太様が私の為に取って下さったぬいぐるみです。せめてこの祭りが終わるまでは、このままでも良いかと思いました」

「そうですか? まあ莢さんが良いなら俺は気にしませんけど」



「次はあそこに行きませんか?」


 

 彼女が指を差したのはイカ焼きの屋台。小腹が空いたのだろうか、この時の為に敢えて昼を抜いたお蔭か、イカ焼きの匂いを直に感じ取った瞬間お腹が鳴った。この喧騒で誰かに聞こえる筈も無いが、何故だか俺は、自分がはしたない奴だと恥じ入る気持ちになった。

「……そうですね、行きましょうか」

 今度は莢さんに腕を引っ張られて次の屋台へと向かい出す。その瞳は、喪われた青春を取り戻すが如く輝いていた。



















 一時間、二時間。それくらい経過しただろうか。

 本日は無礼講と言わんばかりに振り回してくれたが、俺は嬉しかった。それはきっととても単純な理由で、言うなれば好きな人に振り回されたから。勘違いされがちだが、別に好きな人は幾らいたっていいだろう、憎む理由が無いのだから。俺は莢さんもメアリも月喰も命様もつかさ先生も幸音さんも茜さんも好きだから交流している。

 ラブもライクも紙一重。恋愛経験を積むに積めなかった俺にはまだ注ぐべき愛がたくさん残っている。不埒な言い方になってしまうが、俺の周りに居る女性が美女ばかりなせいで、異性として意識しないというのは正直無理な話だ。特に莢さんとは添い寝もした仲で、目を閉じれば今も髪の匂いが流れ込んでくる錯覚さえ存在する。

 幸音さんは例外としても、この感覚は死ぬまで治らないだろう。治すつもりもない。異性として多少なりとも意識していた方が身が引き締まるというものだ。

「もうすぐ花火ですね」

「花火? ああそう言えば。後一時間か……」

 このままでは『闇祭り』に行く機会を見失うと踏んだ俺は、一度人混みの外に莢さんを連れ出すと、小さく両手を合わせた。

「済みません。ちょっと場所を取っててもらって大丈夫ですか? 行かなきゃいけない場所がありまして」

「行かなきゃいけない場所? 私も同行いたしましょう」

「いやいや。花火って良い場所取りたい人がたくさんいますからね。俺も今年は、出来れば良い場所で見たいので莢さんには場所を取ってもらいたいんです。……頼めますか?」

「承知しました」

 逡巡する様子も無く承諾。お礼も程々に、俺は急いで『闇祭り』の入り口となる路地まで向かう。基本的にその路地を通る場合は帰宅する場合であり、暗黙的に出口とされるその場所は人通りが少ない。俺はそこに入って引き返せば、それで『闇祭り』に入場完了だ。ただし入ると言ってもちゃんと人の気配が消えるまで歩かなければいけないので誰でも入れるというものではない。まして俺という婿が居る今、月喰に他の人間を攫う理由は皆無だ。恐らく出入り口を絞っている。

 全速力で路地を駆け抜け、人の気配が何となく遠ざかった所で反転。全速力で路地を出る。

 


 そこではやはりというべきか例年以上の盛り上がりを見せる怪異や幽霊の姿があった。



 『闇祭り』。平たく言ってしまえばオバケの祭りだ。生者からすれば酷く場違いな場所だが、だからと言ってこちらから迷惑を掛けない限り怪異達も敵意は持たない。今も屋台や舞踊、音楽に夢中でこちらの事を気にする怪異は一人として存在しなかった。

「……さて」

 ここに『妹』が―――檜木清華が来ているらしい。

 祭り道の最奥には月喰が運営を担っているだろうから最悪彼女に聞けば解決するが、妹はこの眼で探したい。すれ違う怪異達に会釈を交わしながら、目を皿にして彼女を探す。俺が迎えに来ると知らせているかは分からないが、どちらにしても時間を潰す為に屋台に並んでいる可能性がある。お客だからと無視するのではなくきっちり探そう。






「…………兄貴」







 止まっていた時間が動き出す。凍らせていた感情は雪解けを迎え、春の訪れと共に言葉を発露させる。

 月喰が用意したのだろう、桜舞い散る浴衣ち明らかに不慣れな下駄を履いている。在りし日の姿のまま、檜木清華がそこに立っていた。

「………………さや、か」

 メアリに洗脳され、つかさ先生に脳を提供し、挙句の果てに己の心さえも消して犯罪行為に手を貸した妹。俺はそんな彼女の事が大嫌い…………いや、きっとそんな言葉を何度並べても本心からは言えないか。それが兄妹というものだ。彼女は何も悪くない。悪かった事なんて一度もない。悪かったのは環境だ、ほんの少し調整を間違うだけで全てが狂う。その究極系がメアリである。

 一歩、一歩と。距離を確かめる様に足を進める。

 虚実を抱きしめたくはない。

 せめて。

 せめて彼女が本物と分かる距離まで。

 紛れも無く、確実に、絶対に、明らかに、檜木清華が本物と分かるまで。

「兄貴! ごめんなさい! 私、私勝手な事して―――本当に、本当にどうかしてた! 赦されるなんて思ってないけど! ごめん……ごめん……うぇッ、なさい…………!」

 本物と確信出来る距離ではない。しかし気が付けば『妹』を抱きしめていた。もう、あの体温は感じられない。『死んだまま生者の状態を再現』なんて出来ない。もう俺は彼女の死を知っている。それが利用されていたのも知っている。

 全て真実だ。両親は死んで、檜木清華も死んだ。俺はもう、一人ぼっちだ。

 それを踏まえた上でもう一度言おう。この冷たさは紛れも無く『妹』だ。明らかに、絶対に、確実に、紛れも無く―――俺の大切な妹だ。

「清華…………俺の方こそ済まなかった……俺が弱いばっかりに、俺が気付いてやれなかったばかりに…………ごめん…………!」

 『妹』の両手が俺の背中に回る。誠に情けない話だが、俺達は五分間、互いに泣きじゃくり続けた。何を言えばいいか、何を言わざるべきか。考えている内に涙が出てきて泣いた。その果てにほんの少しだけ落ち着いたので、俺は悲しみに締め付けられる喉を絞って、微かな望みを声に出した。

「…………俺は、何も望んだりしない。お前が死んでても、生きてても、大切な家族に変わりはないんだ…………帰ってきて、くれな、いか」

 涙に擦られた声で清華が答える。

「…………………………………………いい、の………………?」

「もう、家族を、喪うの、は。嫌なんだ。お前はあやま、ったけど、そんなのどうでも、いい! 帰ってきてほしいん、だ。清華…………!」






「……………………うん゛! わた、しも帰りたい、よ…………! お家に! 帰゛り゛た゛い゛!」






 そしてもう一度、抱擁を交わす。仲直りの握手か、はたまた涙隠しの相互協力か。長い長い時間、俺達は抱き締め合った。もう二度と離すまいという決意と共に、もう二度と悲しませまいという覚悟と共に。

 普段の事を思えばそろそろ月喰や命様が声を掛けてくる頃合いだが、空気を読んでくれたのだろうか。今日ばかりは清華に譲ってやるべきだと。

 そう考えてくれたなら、とても嬉しい。

「…………清華」

「何?」

 もう二度と、こんな目には合わせない。俺は手を伸ばして、彼女に最後の決断を委ねた。

「一緒に月祭り、楽しもうぜ?」

 

   


 


   、
















「すみません、お待たせしました!」

 息を切らせて先程莢さんと別れた場所に戻ると、先頭集団の方で手を振る彼女の姿が見えた。どうもナンパしようと思っていた男達が散り散りに散っていく。俺を恋人だと思ったのだろう、対応が面倒なので有難い限りだ。

「もうすぐ花火が始まってしまいますよ。何処へ行っていらしたのですか?」

「あーそれはちょっと教えられません。すみません」

「いえ、お気になさらず。誰しも秘密にしたい事はあるでしょう」

 隣に座った俺に莢さんは団扇を渡してきた。

「もう開始のアナウンスは終わりました。直に花火が上がると思います」

「成程。ギリギリ間に合ったみたいで良かったですね」

「…………創太様。一つだけ、私の我儘を聞いてはくれませんでしょうか」

「はい? 何ですか?」

 莢さんは身体をもじもじと動かした後、スススと身体を寄せて俺の肩に体重を預けてきた。

「……一度、やってみたかったのです。信頼出来る殿方相手に」

「なんか、恥ずかしいんですけど」

「私もです」

 そうは言いつつ、離れない。その理由は色々あるが、いつ花火が始まるとも分からず気が抜けないという事にでもしておこうか。


 ―――清華、来いよ。


 無言で手招きをすると、少し距離を取って座っていた妹が跋の悪そうに近づいて来た。しかしその移動も遠慮していたので、半ば強引に清華を抱き寄せた。

「ひゃッ!?」

「…………そういえば、花火は初めて見るな」

 聞こえるか聞こえないかぐらいの独り言に誰が反応するだろう。言葉を向けている筈の清華でさえその言葉が聞こえているかは分からない。抱き寄せられてからの清華は無抵抗で、ぼんやりした顔つきで空を仰いでいるから。

「また来年も―――この場所で」

 どちらにも告げるつもりで、最後の一言は明瞭に。




「一緒に花火を見よう」

 











 



 花火が、打ち上がる。

 

 満開の花々が天に散り咲いた。

 二人の仲直り(ひいては家族関係の修復)にフォーカスを置いたので、今回は莢さんと清華がメインです。残念ながらほとんどのヒロインが空気を読んでいます。


 ※空花が話題にも出なかったのは帰ってしまったからです。飽くまで創太の挙げた選択肢はこの月巳市内に居る存在限定の話であり、彼女の事を忘れている訳ではありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 辛い話が多かったのでこのまま清華には幸せになって欲しい。
[良い点] うんうん...しっかり仲直り出来たようで良かった。 [一言] 確かにほとんどのヒロイン空気読んでますね...とは言えまぁ綺麗な兄妹愛がまた見れたのでとても満足
[一言] 分かってはいたけどやはり妹ちゃんは生き返らないか……でも仲直りできて良かった!
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