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多腕のトレジャーハンター

 ようやくたどり着いた扉の前で、私は胸の高鳴りを押さえられずにいた。明かりを扉に近付けてみると、そこは金の装飾が敷き詰められたいかにも重要そうな場所であることがわかる。その威厳ある佇まいに私は触れることすらおこがましく思えて、中々ノブに手をかけられずにいた。


「ガーリー、まだぁ?」


 後ろで待機しているキナールが間抜けな声を出す。私は今この先にある物に敬意を払っているんだ、邪魔をするな。


「遂にたどり着いたのよ。感激しないの?」


「私はさっさと終わらせてお風呂に入りたいんだけど!」


「キナールはもうちょっと、ロマンってものを……」


「ロマンでお腹はふくれません。ほら、はやく開けてよぉ」


 彼女を殴りそうになる手を押さえ、私はため息をついた。いつもそうだ、キナールはロマンがわからない。発掘も調査も腕は良いのに、感動に浸るなんて事をしない。ここにくるまで、何度ペースを崩されたか……。

 しかし、扉の先を早く見たいというのは私も同じだ。キナールと協力し、扉を左右から開こうと私は肩を当てた。


「わかったわかった。じゃあ、開けるわよ…………フンッ!!」


 ギギギィ…………


 重々しい音を響かせ、大きな扉はゆっくりと地面を擦って行く。大きく口を開けた部屋……その先には途方もない時間、外界と隔絶されてきた空間があった。

 埃が舞うなかをライトで照らしながら慎重に進む。真っ暗な空間に、一目でわかる高級そうなテーブルが現れた。大きめなそれの上には三つの盃が置いてあり、これもひと目で金でできていることが分かる。


「ガーリー、ここすごいやぁ」


「すごいのは当たり前でしょ。三千年もの間、まったく盗掘されなかったんだから」


 よほど大切なものが置いてあるのだろうこの空間は、長らく歴史の中に埋もれていた。しかしひょんなことから私がヒントを見つけ出し、長い解読と調査の果てに見つけ出したのだ。

 キナールは奥の方へ光をやる。照らし出されたのは、部屋に所狭しと並べられた本棚だった。それほど大きくない部屋はほとんどが本棚で埋められ、中央のわずかなスペースにテーブルが置いてある。手袋をした手で慎重に本の背表紙を撫でてみると、私が知っている文字が現れた。


「『太陽王回顧録』…………第一巻!?」


「え、だ、第一巻……? ちょっとガーリー、冗談はやめてよぉ」


「冗談なんかじゃないわ! ほら、これ!」


 太陽王回顧録……それはこの国の歴史を学ぶ上で最も重要といわれる歴史的資料。しかしいくつもの抜けがあり、すっぽりと抜け落ちている部分もある。

 これまで幾度となく不明とされた回顧録が出回ったが明らかな偽物ばかりで、もしかしたら最初から存在しないんじゃないかなどと言われたほどだ。第一巻に至っては見つかったという報が出るたびに学者たちがこぞって押しかけ、偽物だとわかれば死人の様な顔をした彼らが帰って行く。それほどのものなのだ。

 しかし今私の目の前にあるのは、誰も手が付けられていない場所にある回顧録。しかも極めて状態が良い……私は幸先の良いスタートに手汗を拭いた。


「いきなりすんごいもの、見つけちゃったねぇ」


「これはもっとあるわ……絶対に」


 私とキナールは目を合わせ、二人でランプの光量を上げる。歴史的発見をしたという興奮を抑えながら、部屋の調査を再開した。



 ***



「……間違いないわ。この部屋に、太陽王がいた」


「ううん、でもどうしてこんなところに?」


 調査をすればするほど、私たちは自分たちが発見したものの大きさに身震いした。ここで太陽王とその妻が回顧録を執筆していたことが分かったのだ。テーブルに乗る黄金の盃には、王室のレリーフが彫ってあった。一つにはドラゴンと太陽、もう一つには女の横顔とそれを囲う五属性のシンボル。これは王室以外に使用が許されていない。回顧録の筆跡も、私が知る限りでは太陽王本人の物。庶民だってここには住みたくないだろうこんな小部屋で、彼等は何故作業していたのだろう。

 私たちは小休止しようと適当なスペースに座り、バックからお茶を取り出した。ポワポワ草から煮出したお茶を二人で飲むと、いつだって思考をクリアにしてくれる。


「ねえガーリー、私が疑問に思った事いくつか言っていい?」


「ダメって言っても言うでしょ。なに?」


「へへ、まずはね……」


 キナールはライトを天井へ向けた。天井はドーム状になっており、小さなランタンがぶら下がっている。しかしキナールが言いたいのは天井に描かれた絵だ。


「竜と人座……」


 この国が興されたとき、太陽王は国の「あるべき姿」を描き、星座として制定した。その中の一つに、全ての種族は手を取り合い共に同じ道を歩むべしという意味を込めて「太陽王とその妻が手をつなぎ、見つめあった状態」を星座にしたものがある。子どものころから大人たちに教えられて育つので、この国で生まれ育つ人たちは皆全ての星座を暗記している。

 しかし照らされた天井に描かれた竜と人座は、私が知っているものと少し違っていた。


「あれ……?」


「塗料の劣化かなぁ。でもさ、ブラキアの方もよく見たら違うよね」


 私が知っているそれと構図こそ同じものの、描かれているのはまったく違う。


「他にもあるよ」


 キナールのライトが机の上に向かう。照らされたそれについては、私も疑問に思っていたところだった。

 部屋に一つだけのテーブル、その上に金の盃が三つ。一つは太陽王の、もう一つはその妻の……そして三つ目は、誰の?


「その盃、短剣と星のレリーフが彫ってあった」


「短剣と星……?」


 ますますわからない。太陽王と妻、その二人と一緒に居たこの人物は一体誰なのか……。私の記憶では、歴史の授業にも、どの論文にもこの人物の気配は無い。

 どうしてこの盃だけ使われた形跡が無いんだろう。

 これは歴史的に見ても重要な人物?

 ならなんで後世に伝わっていないの?

 王たちと一緒に居たのに、名前すらわからないなんて……なんだかかわいそう。


「……」


 私はふと立ち上がり、本棚に手を伸ばした。ここにきて最初に発見した「太陽王回顧録」……彼の名前がもしかしたら、この長らく存在が不明だった本たちの中にあるんじゃないかと思ったからだ。


「ガ、ガーリー……あんま触んない方が」


「最初だけ、最初だけよ」


 状態が良いと言っても、長い時を経た紙は慎重に扱わなければ。私はそっと埃を払って、回顧録の第一巻を開いた。


「なになに……堅苦しい序文ね……うん? これ、なんて書いてあるんだろう」


「……これ、古代ドラゴン語じゃない⁉」


 回顧録の最初は堅苦しい挨拶に始まり、舞台は太陽王が幼少の時から始まった。しかし私の目は別の所に引き寄せられた。表紙の裏に、明らかに筆記体と思われる文字列を発見したのだ。

 キナールがタブレットを取り出す。古代語の翻訳ソフトを立ち上げた瞬間、私はそれをひったくった。


「ガーリー! もう、腕が多い分手癖も悪いんだね!」


「あはは、ごめんごめん。待ちきれなくて」


 画面に映った翻訳文を、私は読み上げる。


「ええっと……『私がこの国をまとめ上げられたのは、ひとえに彼の勇敢な行動あってのことだ』」


「いきなりとんでもないカミングアウトね」


「『私は何としても彼の名前を後世に残したかった。しかし犯した罪の大きさゆえに、その存在は闇に葬られた。これを許してしまったのは、我々の罪、人生最大の汚点である』」


 太陽王にここまで言われる「彼」とは、一体どんな人物だったんだろう。私は続きが気になって、タブレットをずらし別の文字列を翻訳した。


「『彼は竜人の誇りを全うした。守るべきものを守った。その行為が悪と断罪されようとも、私と妻だけは彼の味方だ』」


「存在を抹消されるだけの罪、か……」


「『かの者の名は』ええーっと、う、う……ウェーノ・ユーチ? 発音がわかんないわ。あれ」


「ウェーノ・ユーチ? どっかで聞いた気がする」


「……『いつかきっと、違う時代、誰かが彼を見つけるだろう。願わくばそのとき全てを明るみに出し、彼の罪が赦されますように』」


「……どうする? 託されちゃったんじゃない?」


「多分、見つけてほしかったんだ」


「?」


 なぜわざわざ回顧録の最初にこれを書いたのか。それはここに誰かがたどり着くだろうと見越しての行為だ……私は直感でそう感じた。


「罪人になっても、それで抹消されてしまっても、彼は太陽王の友達だったのよ。だからここに書かれたんだ」


 ぱたんと本を閉じ、タブレットをキナールに手渡す。何故だかわからないが、この文章は本心からの願いだと私は思う。私の胸は、しんみりとした感情の中から現れた、ロマンを追い求める熱情に突き動かされた。


「ふふっ、託されちゃったんじゃあしょうがない。不肖このガーリー・クヴァが、太陽王の願いを叶えちゃいましょうかね!」


 待っててねウェーノ・ユーチ。私が必ず、あなたに太陽の光を浴びせるから!



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