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24 立つ鳥跡を濁させず-2

「早く起きなさい、いつまで寝てるの」


「もう少し……」


「休み明けはいつもこうなんだから……ほら」


「うぅーん」


「勇一君も来てるわよ」



 ***



「…………ッブハアッ!!」


 勇一は何が起こったのかわからなかった。

 もうすぐ穴の出口……ラレイをさらった者たちの背中が、アトラスタの腕の隙間からすぐそこに見えていた。出口の光に奴らが消え、直後に凄まじい熱が襲ってきたのを彼は覚えている。

 急な息苦しさに目を覚ます。何かが自分の上にのしかかって、胸を圧迫している。周囲は光一つない闇で、視覚的な情報は期待できそうもない。


「お、起きたな。ったく、目は覚めねえし寝言は始まるし……大丈夫か? どこか打ってねぇか?」


「お、俺はどれくらい?」


「すぐさ。埋まって、寝て、寝言言ったと思ったら起きる。忙しい奴だ」


 勇一は自分が目を開けているのか閉じているのかわからなかった。身体はかろうじて動くが、まるで緩く縛られているかのように制限されている。

 彼は目と鼻の先からアトラスタの声がするのが妙で、とりあえず彼女がなにか知っていないかと期待した。


「アトラスタ……い、いまどうなってるんだ」


 固く冷たい凸凹した感触が背中に当たっていたので、勇一は自分が仰向けで横になっている事は把握できた。手足も指先は動くので、なんとか五体満足であることに安堵の息を漏らす。


「今? 今はあのテントの時みたいに、オレがお前に覆い被さって……息を吹き掛けるなよ、気色悪い」


 どこを向いても完全な闇だ。時々パラパラと砂や小石が落ちる音が聞こえてくる。そして勇一はようやく置かれた状況を理解した……自分たちは生き埋めになっているのだ、と。


「まさか、俺を庇って……大丈夫なのか?」


「ま、咄嗟のことだったからな。腕が一本折れただけだ」


「駄目じゃないか! すぐにどけ、手当てを……」


「やめろ!」


 目の前で響いた怒鳴り声で、彼は一瞬怯んでしまった。


「オレの上に、でけえ岩があんだよ。なんとか支えてるが、いつまでもつかわからねぇ」


 坑道が崩落したとき、天井の大きな岩の破片が勇一へ降り注いだ。アトラスタは咄嗟に彼を庇った。急げば彼女だけは太陽のもとに出られたかもしれないが、その身体は次の瞬間には後ろを向いていたのだ。


「はぁ……手詰まりみてえだな」


 アトラスタの呼吸が荒くなったのに勇一は気付いた。折れた腕の痛みと背中にかかる重量、そして薄くなる空気。アトラスタが力尽きるのが先か、窒息が先か……。刻々と迫る死の気配に、彼女は半ば諦めている。

 しかし勇一はそうではなかった。


「アトラスタ、俺は復讐を終えるまで死ぬわけにはいかない」


「もう終わってんだよ。オレが闇雲に突っ込んだせいでこうなったんだ。ああ畜生、もう一回ラレイの顔を見たかったな……」


「見せるさ」


「無意味な励ましはやめろ。お前の力を使っても、今回は無理だろう」


 彼女はほんの少し怒りを込めたが、勇一からは諦めや絶望は伝わってこなかった。それどころか、闇のなかでもはっきりとわかる気迫が放っている。

 彼はすぐにもぞもぞと身体を捻り出した。なにかを探しているとしても、この暗さでは見つからないだろう。しかし彼は、そんななかでも見える目を持っていた。


「出口とは別の道に、ゴブリンどもの死体があったんだ。それを使う」


「ここで力を使うのか? だがこの状況じゃあ」


「実は、教えていない力がある。今まで無意識に使ってて、意識して使うのは今回が初めてなんだ」


 アトラスタの鼻先から垂れた汗が、勇一の額に落ちた。多腕族の高い体温も手伝って、そこは蒸し風呂のように暑くなっている。


「!」


 アトラスタはわずかな土の振動を感じ取った。最初は小さかったそれが徐々に大きくなるので、まっすぐこちらに近づいて来ているのがわかる。何者かが二人のいる空間に向かって掘り進んでいるのだ。


 アトラスタは喜びの声をあげそうになって、すんでの所で口を閉じた。これが彼の力によるものだとしたら、全く声を出さない彼は、いま激痛と戦っているのだ。呑気に考えていた自分が恥ずかしくて、彼女は一度舌打ちをした。

 ぼこ、とすぐに正面の壁が崩れ、人一人がなんとか通れる大きさの穴が開いた。誰かが遂にここを堀当てたのだ。しかしわずかな光も空気の流れも感じないので、穴の向こうも密閉空間なのでは……と彼女は思った。


「な、なんだ? いったい誰が……おいユウ、引き込まれてるぞ!!」


「騒ぐな、ちょっと待っててくれ」


 開けられた穴から何者かの手が伸び、勇一の頭を鷲掴みにした。そのままアトラスタが止める間もなく、勇一は頭から引きずり込まれてしまった。その手が顔をかすめたとき、彼女ははっきりと腐臭を感じ取った。つまりそれは、オークの手だ。


「古い坑道に住み着いていたんだろう。運がいい……」


 穴の向こうから勇一の声がする。オークの叫び声がしないのは彼が操る死体だからだと理解したアトラスタは、ほっと胸を撫で下ろした。とりあえず身体を支えたことで痺れてきた腕を入れ換える。


「なあ、オレはあまり持ちそうにねぇ……いったい何を、おええ」


「我慢しろ、俺も吐きそうなんだ」


 勇一は小さな空間のなかで、畳まれたように小さくなったオークを目の前にしている。そして彼はマナンでオークの腹を裂いた。途端に広がる凄まじい悪臭……鼻を突き刺すような刺激臭が二人を襲った。これから行われるおぞましい術の下準備は、さらにおぞましいものだった


「よし、出来た。暗くてよかった、明かりがあったら絶対無理だこれ……」


「いったいそれで、何しようと……うぷ」


 勇一の操るオークは腹を裂かれたまま呻き声ひとつさせずに腕を伸ばし、大岩を支えるアトラスタの腕を掴んだ。同時に小さな影が穴を通り、彼女と岩の間に入って行く。ゴブリンだ。

 悪臭が自分の周囲を固めたことで、不快度合いが急上昇する。彼女は我慢の限界だとばかりに声をあげた。


「いい加減にしろ! せめて何をするか言え!」


「説明している時間はない。ラレイを助けたいだろう!?」


 ラレイの名を出されてしまっては、アトラスタは黙るしかない。勇一の力で脱出できると信じている彼女は、次に一刻も早くラレイを救い出さなければと気が気ではなかった。彼女の瞳に熱がこもり始めた。そう、早くラレイを助けなければ。これといった戦闘能力のない彼女は、男三人に襲われてはひとたまりもない。


「奴らの近くに死体がある。繋がれ……よし、アトラスタ」


「オレの中の空気が無くなる前に終わらせろ」


「わかった……オークが腕を引っ張る。合図でこっちに踏ん張れ。いち、に……さん!!」


「うおおおおおおおおおお!!」


 オークの凄まじい力がアトラスタを引き寄せた。同時に彼女も全身を使って引かれる方へ突っ込む。小さな穴は崩れ、彼女が通った直後に塞がれてしまった。その向こうで彼女のかわりに岩を支えていたゴブリンどもが、重さに耐えきれず押し潰された。


「そのまま! まっすぐ! 行け!!」


 引っ張られていた手が、ぬめった何かに突っ込んだ。その感触は、彼女が初めて動物を捌いたときにした経験そのものだった。裂かれたオークの腹は、突っ込まれた彼女の手を飲み込んで行く。底無し沼のように肘、肩、そして頭までも飲み込んだ。

 勇一がアトラスタにしがみついた。すでに上半身が飲み込まれた彼女と離れないよう、自らもオークの臓物に頭を突っ込む。粘液のように身体中に絡み付くおぞましい感覚は、視覚情報が無いゆえにぎりぎりの所で耐えられた。

 二人の爪先が遂にオークの腹のなかに消えると、後には土に囲まれた狭い空間と、物言わぬ死体だけが残された。

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