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23 立つ鳥跡を濁させず-1

「このっ! 離しなさいよぉっ、だれかーーっ!!」


「静かにしやがれっ! くそっ、何でこんなやつ連れてきたんだ!」


 ダンドターロルの北は、険しい山々が連なっている。そこは過去、多くの鉱夫たちが働く鉱山があった。良質な鉱石が採れる鉱山は人々を豊かにしたが、今はみる影もない。同盟が結成されてから急激に需要が増加し、それにともなって採掘量も増え……百年もたずに枯渇してしまったからだ。後には放置された採掘道具たちが、主人の帰りを静かに待ち続けている。

 山肌には無数の坑道が空いている。そこに風が吹き込むとまるで泣き叫ぶような音が遠くまで響くので、人々は山道を通る際に足元から目を離さないように歩いた。曰く「鳴き声を探せば山に食われちまうぞ」と。やがてそこは「泣き山」と呼ばれるようになった。


「あんたたち、早くこれをほどきなさい! さもないと……」


「さもないと? さもないとどうするってんだ」


「あんたの頭を引きちぎって、お尻に突っ込んでやるんだから!」


「てんめぇ……馬車をぶっ壊しといて、まだ足りねぇのか!」


 見た目に反して口が悪い女だ、と男たちは思った。手足を縛られたラレイは、頭全体に包帯を巻いた大男に抱えられている。そのそばを歩く黒い狼の男が、彼女に悪態をついた。


「全く、てめぇのせいで仲間が一人死んだ。馬車もぶっ壊れて使いもんにならねえ。こんなことになるなら、最初っから縛っときゃよかったぜ」


「まあまあ旦那様、せめて仲間が来るまでの辛抱ですよぉ。そうしたらこの女も好きにしてもらって構いませんから」


「バツさんよ、それまで俺たちが生きていたらの話だろぅ?」


 バツと呼ばれた姿勢の悪い男が、ニヤニヤしながらねばついた声をだす。


「モゴ……モゴモゴ」


「おいおい、お前は喋んない方がいいぜ。まだ痛むんだろ?」


 馬車でダンドターロルを離れた男三人とラレイは、山道へと向かった。採掘が行われていた時代に使われていた道を通って北側を迂回し、彼らはヴァパへ向かおうとしている。しかし途中で予定外のことが起こった。人質として連れてきたラレイが、男たちが目を離した隙に逃げ出そうとしたのだ。

 ラレイはまず、手綱を握る男を馬車から蹴り落とした。蹴り出された先が運悪く急な坂だった男はそのまま転がり落ち、打ち所が悪く死んでしまう。続けて彼女がとった行動に、呆気にとられていた男たちは泡を食った。なんと彼女はそのまま馬を奪って逃げようとしたのだ。しかし馬の扱いなど初めてだったものだから、暴れだした馬をどうにもできず、なすがままに馬車を破壊されてしまった。荷物だけは無事だったものの、輸送手段を失った彼らはそれを背負って歩く羽目になってしまう。


「イライラするぜまったくよぉ! この落とし前、どうやってつけんだ!?」


「はあ!? 落とし前つけるのはあんたたちよ! ダンドターロルがあそこまで広がるのに、どれだけかかると思ってるの! それを……ムグ」


「…………」


「声を出すんじゃねぇっ!」


 彼女を抱える男が、その口を塞いだ。しかし遅かった。猛然と追い上げる追跡者が、遂に彼女を発見したのである。


「ラレイーー!!」


「その声、ああまさか……アトラスターー!!」


 山肌に声は反射し、応えはラレイに届いた。彼女は口を塞ぐ男の手を噛むと、再び叫ぶ。その声は導かれるようにして、山道を走る二人の元へ届けられた。



 ***



 鬱蒼とした木々が狭める山道を、二つの人影が走る。脇目もふらずアトラスタは走り続け、それに勇一が辛うじてついてきている。大量の汗をかきながら自分についてくる勇一を見て、アトラスタは確認した。


「おい、本当にいいのか?」


「乗り掛かった船ってやつだ。最後は綺麗に別れたいじゃないか」


「だが、ただ働きだ」


 ダンドターロルを飛び出した自分を追いかける勇一に、彼女は預かっていた腕輪を放り投げた。「金はラレイの部屋においておけ」と彼を突き放し、返事を待たずに走り出す。本来ならばこれで二人の関係は終わりだ。アトラスタはラレイを追い、勇一は晴れて復讐の旅を再開できる。

 しかし彼はいう事を聞かなかった。腕輪をつけると「俺も行く」とだけ発し、走るアトラスタを追いかけ始めたのだ。


「ただ働き? 馬鹿言うなアトラスタ。俺はラレイに看病してもらった恩があるんだ」


「ユウ……」


「だからこれは、仕事じゃなくて恩返し。文句はないな?」


「……」


 アトラスタは諦めたのか戻れと言わなかった。そうして二人はラレイの追跡を続ける。


「アトラスターー!!」


「ラレイの声……アトラスタ、こっちだ!」


 二人はラレイを攫った馬車を追跡した。そのうちすっかり破壊された馬車を発見すると、今度は土に残った足跡を探し始めた。



 ***



 生きた心地がしないのは男たちの方だ。人質がいるとはいえ、いつまでも連れていけるわけでは無い。荷物が多ければいずれ追い付かれるだろう。彼らはダンドターロルを一部破壊した張本人だ。捕まって連れ戻されれば、報復が待っているのは想像に難くない。

 追跡者は既に自分たちの痕跡を発見した。その事実も彼らの焦りに拍車をかける。


「まぁ、荷物が軽くて助かったぜ。これが武器だったりした日にゃあ……」


「旦那様がたぁ、こっち、こっちですよぉ」


 男が山肌に空いた穴を指差した。穴の側につるはしや大きな袋が放置されているので、それが自然にできたものではないことがわかる。バツは背負った荷物が天井に当たらないよう、姿勢を低くして穴に入った。他の男もそれに倣い、屑水晶のランタンを取り出して入って行く。


「おいおい、本当にここが通り道なのか?」


「もちろんですよぉ。運ぶ物が物ですからね、輸送には慎重を期しています。ここは坑道で、しばらくすると出口があります。ほら、空気が流れてきているでしょう?」


「ふうむ、たしかに」


「…………」


「元々馬車は放棄する予定だったんです。まぁ、あんなに速く手放すなんて思いませんでしたがねぇ……出口に馬を繋いでありますよぉ」


 用意周到な男だと狼男は思った。つまりそれだけ大切な荷物なのだ。箱は皮帯で身体に固定され、ちょとやそっとのことでは落ちないだろう。岩肌を露出した天井に時々箱を擦りつけながら、三人の男たちはしばらく進む。


「おいユウ、足跡だ! アイツらここに入りやがったんだな!」


 背後から背筋も凍る程の怒声が坑道内にこだました。遂に見つかった……一列に並んだ男たちは一斉に肩をすくめ、しかし震える足をとにかく前へ出した。追いつかれる前に逃げなければ、しかし狭い坑道が彼らの進行を阻む。

 最後尾を歩く包帯の男は、忙しなく目線を動かした。先にあるぼんやりとした光は出口だろうが、自分たちが近づくにつれ光が遠ざかっているような気がして浅い呼吸を繰り返した。小脇に抱えた女が妙に静かなのが逆に恐怖で、とにかくこの狭く暗い空間から解放されたかった。

 狼男とバツは坑道内に響き渡る怒声に怯え、ぎゅうと拳を握り締めた。うしろで包帯男が急かすので、たまに小石に躓きながら出口を目指した。


「いたぞ! おいユウ、こっからどうにかなんねえのか?」


「……だめだ、間に合わない。追いつくしかなさそうだ」


 追跡者が何やら言っているが、気にしている暇などない。既に目の間に迫った出口が手招きをしている。男たちはすぐさま太陽の元へ飛び出した。切迫した気分と空間から一気に解放され、心なしか身体も浮く程軽く感じる。と、バツは背負っていた荷物を解きだした。彼が言っていた馬が目の前に繋がれているというのに、何をやっているんだと二人は憤慨した。


「おいバツさん! そんなことしてる暇……」


「ひひひ、いいことを思いついたんでさぁ」


 バツが箱の側面を開くと、中には薄い引き出しがいくつもあった。男たちは初めて中身を見たが、何が入っているのか理解できなかった。


「なんだそりゃあ……妙に軽いとは思っていたが、まさか紙か……?」


「……?」


「ひぃひぃひぃ……ただの紙じゃあありませんよぉ、これは呪文書(スクロール)でさぁ。それも飛び切り高価な……ね」


呪文書(スクロール)⁉ 三十年前にメイオール攻略の要になったっていう……」


 呪文書(スクロール)……狼男は聞いたことがあった。三十年前に突如として姿を現し、難攻不落の山岳国家メイオールを僅か一週間で堕としたと言われる兵器。彼はヴィヴァルニアがそれを量産し、サンブリア大陸を統一しようとしていると噂に聞いたことがあった。等級が分けられ厳しい管理がされ、同盟に流れてくるのは最低と言われる五等級が極わずか。しかも目が飛び出るほどの値段で売っているのを見たことがある。

 誰でも異なる属性の魔法が使え、しかも本人の魔力量に縛られない。魔力を流すだけで呪文書(スクロール)に対応した強さの魔法が放てるという、一等級ともなれば正に画期的な兵器。


「そ、それをどうしようってんだ? バツさん……」


「そっれっはぁ……こうするんですよぉ!!」


 バツの手には巻かれた呪文書(スクロール)が握られていた。その先には男たち……の後ろにある、今しがた自分たちが通ってきた穴。

 直後、その場にいた全員が凄まじい閃光を目にした。丸められた呪文書(スクロール)の先端から火球が放たれ、閃光と身を焼く熱量をもって穴付近に着弾した。


「あづ! あつ! あぢ! 毛が、毛が燃えるぅ!」


「モゴアアアアア!!」


 包帯の男は閃光に怯み、抱えていたラレイを落としてしまった。手足を縛られたままの彼女も、すぐそばを通って行っ火球の熱に身もだえた。


「ううっ、あ、熱い……!」


「おおっと、ちょっと……いや、予想以上の威力でしたねぇ。これで奴らは出てこれなく…………あら?」


 逃げ場のない坑道に火球を撃ち込めば、追跡者はやすやすと追っては来れないだろうとバツは考えていた。しかしそれによって、彼の予想を大きく超える結果が引き起こされる……山肌が震えだしたのだ。パラパラと斜面を転がる小石が男たちの足下に落ちる。包帯男は咄嗟にラレイを持ち上げ走り出す。それを見ていた他の二人も、同じ方向に逃げ出した。

 穴だらけの山が自重を支えきれず、地崩れが起こった。轟音と共に地面が滑る、巻き上げられた土が目や鼻に入り全員が咳き込む。穴の出入り口付近に繋がれた馬は落石によって死んでしまった。虚しく痙攣する体が土砂の上を流れ、難を逃れた男たちの元にたどり着いた。

 最早追跡者がどうなろうと彼らの知るところではなくなった。穴は完全に土砂で埋まり、誰の声も聞こえなくなったからだ。


「そんな……ア、トラスタ…………」


「ふう、ふう……死ぬかと思いましたよぉ。馬もダメになってしまって…………んまあいいでしょう、これで追跡者は死にました! 余裕をもって荷物を運べますねぇ!」


「……」


「ペッペッ! だったらちょっと一服させてくれ、あんまり土まみれじゃあ街道で怪しまれる」


 轟音が止むと、世界が死んだような静寂が訪れた。やがて思い出したかのように野鳥が騒ぎ、風が木々を擦り始める。そして親しい者の結末にすすり泣く声が、ただその場に滲んでいた。

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