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22 孤独-2

「…………ここだ」


 平原の南でゴブリンどもを排除した討伐軍は、亀裂が生まれた地点をついに発見した。

 そこは元々自然豊かな山だったというのに、今は悪臭をまとう茶色い禿山となってしまっている。ごくわずかに残ったはぐれゴブリンどもを処理する部隊に、勇一とアトラスタの姿があった。

 アガラ江の狭窄部を渡り、何度も浅瀬を渡り、斜面を登って行った先。足跡や不快な粘液の飛び散りを観察しながら進んで行く。やがてそこにたどり着いた時、勇一は溢れる涙を抑えられなかった。


「ここにあのファーラーク・フォーナーが住んでたのか……」


「ああ……みんな、ここで死んだ…………」


 斜面が続く山の中で、不自然に平らに馴らされた場所。森の中にあって明らかに拓かれた一帯だった。誰かの手が加えられたことはわかるが、そこに誰が住んでいたかを示す物は何もない。亀裂から現れた者たちが食いつくし、移動の際に骨や鱗まで拡散させてしまったからだ。

 奴らは口に入れられるものは何でも食べてしまう。肉はもちろん、草木も、それで作られた家屋も。


「ここにファーラークさんが座ってたんだ……今は何もないけど、家が建ってて、そこから村が一望できた」


「……」


「ここでよく皆と食事をした。ミーデさんが作ると何でも美味しくてさ……」


 一つ一つ記憶を確認するように、過去の体験が現実であったことを噛み締めるようにゆっくりと勇一は語る。そして遂に、決して忘れることができない場所へ立った。


「ここ、ドウルさんが倒れていた場所だ。ここで……あいつに会った」


「ドウル……剣豪ドウルか! すげえ奴らの集まりだったんだなぁ」


 それでも彼らは生き残れなかった。命を繋ぎ、勇一を脱出させるので精いっぱいだった。

 周囲を探索する同盟軍は村跡を見て冥福を祈っている。身元を確認できるものが無いかと探している者もいた。しかし全ては散り散りになり、発見には至らない。


「……ユウ、あのさ」


「わかってる。力を使ってみたら……だろ? ……駄目だ、何も感じない」


「そうか……なんか悪いな」


「いい。……呼び出したところで、なんて言えばいいかわかんないし」


(……嘘だ)


 本当はそこかしこに命の残滓が残っている。彼の目の前で揺らめく白いもやは、おそらくドウルの物だろう。嘘をついたわずかな後ろめたさは、本音を口に出して相殺した。

 勇一は胸に手を当てて村の中央を向き、深く頭を下げた。どうか安らかに……と冥福を祈り、その場を立ち去ろうとする。


「…………ん?」


 歩き出したつま先に何かが当たった。本来なら小石か何かだろうと気にも留めない出来事だが、勇一は妙にそれが気になった。視界の端で数回地面を跳ねたそれは、砂の中でも容易に見つけられた。

 手に取ったそれを見て、勇一はそれが何なのかわかった。時間が立ち異臭を放つそれは、将来彼の助けとなるだろう。彼はそれを握り締め、跳ね上がりそうになる心臓を抑えた。


(これは……!)


「おい、何か見つかったのか?」


「……いや、何も」


 後ろのアトラスタから見えないように、彼はポワポワ草が入った小袋にそれを放り込んだ。それから何食わぬ顔でアトラスタと合流し、捜索を終えヴァパへと帰る同盟軍と共に歩む。

 もうすぐアトラスタとの旅が終わる。終われば、別れる。もう会う事もないかもしれない。彼女も同じことを考えていたのか、帰路の二日間、一言も発することは無かった。



 ***



 ヴァパでゴブリン討伐の報酬を受け取った二人は、現在ダンドターロルへの道程にあった。護衛を請け負う代わりに馬車に乗せてもらい、距離の大半を短縮させる。馬車と別れれば当然徒歩だ。もう間もなくダンドターロルへ着くだろうと言う時になってもアトラスタは無口だった。

 報酬はダンドターロルへ到着したら渡すことになっていた。街へ着くまでに必要な物資や新調した装備品の代金を差し引いても、彼女への支払いにはなお余裕があった。


「アトラスタ、もうすぐ着くぞ」


「……」


 無言で歩む彼女の足下はどこかおぼつかず、体格からは想像できないくらい頼りなく見えた。


「なあ、しっかりしろ。いつかは別れるんだ。もしかして、いつもそうなのか?」


「なわけねぇだろ……」


 気の抜けた返事が一言、そしてまた無言。気の合う仲間との別れが嬉しい者など稀有だろう。しかし別れは新たな旅立ちでもある。もう少し出会ってからの事を振り返りながら歩いてもいいんじゃないか……と、若干肩を怒らせながら勇一はアトラスタの前を歩いていた。

 当然、勇一も全く寂しくないわけではない。しかしああも態度に出されると彼も参ってしまう。そうこうしているうちにダンドターロルのまばらな建物が見えてきたが、二人がまとった空気は湿ったままだ。


「そろそろ着くな。……なぁアトラスタ」


「ああ」


「腕輪を受け取ったら、俺はすぐに出る」


「ああ」


「俺の目的から離れはしたけど、無駄じゃなかったと思う」


「ああ」


「だから…………はぁ」


「ああ」


 同じやり取りは何度目だろうか、勇一は数えようとしてやめた。彼女の意識は雲の上にあるようで、何を言っても同じ返答しか返ってこなかった。


 そうしてダンドターロルを目前にして、二人はそこが異様な雰囲気に包まれているのに気づいた。地下との出入り口からは忙しなく人が出入りし、別の場所からは煙が上がっている。

 さすがのアトラスタも我を取り戻したようだ。視線は人と煙を行き来し、腰に差した剣に手をかける。そして二人で示し合わせると、一番近くの建物へと向かい地下へと下りて行く。


「なんだ!? ゲホッ、ゲホッ……」


「ああ! アトラスタ! 帰ってたのかい⁉」


 街に降りた二人に声を掛けたのは、見覚えのある雑貨屋の女店主だった。恰幅の良い身体を揺らしながら、土煙で咳き込む二人に手招きする。案内されたのは彼女の店で、その三軒隣は土に埋まっていた。


「あんら、ユウだったかしら? アンタも来てたのねぇ」


「お久しぶりです。たった今着いたところで……ええと、一体何が?」


 もうもうと舞う土煙が通路を埋め、そこかしこから土煙と悲鳴、指示が飛び回っている。女店主の顔も茶色い土にまみれ、衣服も所々破れていた。

 明らかに何か起こった様子に、勇一とアトラスタは気を張った。


「いやあそれがね…………ああそうよ! あなたたちがいたわ! ねえちょっと、誰かいるでしょう? 着て頂戴!」


 女店主は汚れた顔を明るく輝かせると、顔の前で手を打ち通路に向かって叫び始めた。訳が分からないという顔をする勇一らを尻目に、今度は女店主以上に埃にまみれた男たちが入ってくる。


「おおうアトラスタじゃねぇか! ザンガさん、もしかして……」


「そうよ、二人にお願いしましょうよ!」


 ザンガと呼ばれた女店主が勢いよく頷くと、男たちはほっとしたような表情で隣同士目を合わせている。しかし事情が全く呑み込めないアトラスタは、いら立ちを含ませて口を開いた。


「おいまてよ、仕事か? まずは何があったか説明するのが先じゃねぇか」


「ああ、ああ、そうだったな。あいつらが工事中の区画に何か怪しいもんを保管していたのを、ラレイが見つけたんだ」


「ラレイが? あいつはどうしてる、無事なのか?」


「ああそうだな、ええと、ラレイがな……ザンガさん、どこから説明すればいいかなぁ?」


 今一要領を得ない男たちを見て業を煮やしたザンガが、丸い身体を椅子の上で弾ませ怒りをあらわにする。


「まぁったく男たちは! いい? 怪しい男たちが使ってない部屋に何かを隠しているのを見つけたラレイが、そいつらを咎めたのよ」


「それで?」


「そうしたらあいつら、突然怒り出してラレイに手を上げたの! そこからはもう訳が分からない大乱闘よ!」


「おい、ラレイが殴られただぁ? そいつはどこだ、頭ねじ切ってケツに突っ込んでやる!」


「おお落ち着けアトラスタ! それで、この騒ぎは乱闘で?」


「多分そうよ」


「多分?」


 ザンガの説明を聞いてもよくわからない。これは相当混乱しているのだと勇一は思った。聞いた説明を彼が頭の中で組み立ててみると、怪しい男たちが突然紙のようなものを出したかと思うと、おぞましい魔力の流れとともに突然壁や天井が崩れだした……という事らしい。


「なぁ、それで、ラレイは!」


 いい加減痺れを切らしたアトラスタが怒りながら椅子から立ち上がる。と同時に、一人の少年が今にも泣きそうな表情を携えて駆け込んできた。


「ラレイちゃんが攫われた! 追いかけてきたら、ラレイちゃんを殺すって……どうしよう! うわああああん!」


 勇一とアトラスタは顔を見合わせる。すぐさま勇一は少年をなだめ落ち着かせると、怖がらせないように尋ねた。


「そのラレイを攫った奴らは、どっちに行ったか覚えてる?」


「ぐすっ……馬車で、北に…………」


「ありがとう。大丈夫、ラレイは俺たちが取り戻すからね。アトラスタ…………アトラスタ?」


 既に彼女の姿はなかった。かわりに店の出入り口には、彼女に弾き飛ばされたのだろう男たちが、折り重なって昏倒していた。

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