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8 回想-初日・ドラゴニュート

 その日、勇一は数本のろうそくだけが照らす薄暗い部屋のなかで目覚めた。

 その部屋は自然にできた洞窟に備蓄のための物資を保管した、所謂「倉庫」である。洞窟の入り口には木製の出入り口が設けられ、野性動物の侵入を防いでいる。

 目覚めた彼は次に、手探りで床を確認しながらろうそくの元へと向かう。視界のきかない中でどうにか壁に掛けられたろうそくの元にたどり着き、壁にもたれ掛かった。自分の身体を確認する。服装は、この世界に来たときと何ら変わらない。


「ここ…は?」


 彼は前夜、焚き火の前に落ちその先の記憶がない。見知らぬ場所で目覚めたということは、誰かにここへ連れてこられた事を意味していた。


『お、交代かい』


『ああ、お疲れさん』


 扉の向こうで声が聞こえる。それは、彼が聞いた久しぶりの人の声だった。

 安堵したのもつかの間、聞こえてくるものにある疑問が浮かぶ。それは聞き慣れた言葉だった。


「日本語…、日本語?」


 彼の最後の記憶は、焚き火に照らされながらこちらに向かってくる、尻尾がついた大きな影。逆光でシルエットしかわからなかったが、人でないことは明らかだ。どうしてもその時の記憶と、今聞こえてくる日本語が噛み合わなかった。

 だが、考えたとて何かが解決するわけではない。勇一は取り敢えず扉を叩き、戸の向こうにいる誰かに声をかけてみることにした。


「あのぉ!誰かいるんですか!?」


『……んおお!おい、聞こえたか!?』


『ああ、俺は長に言ってくる!』


 一人が走って行く音がする。残った方が勇一に声をかけた。


『おいあんた、ちょいと待っててくれ!』


 取り敢えず言葉が通じることに胸を撫で下ろした。他の状況が掴めないから、後はなるようになるだろう。

 少ししてから、ガチャガチャと錠前を外す音が聞こえる。


『あー、すまんがね。後ろに下がってくれんかね』


 なんとか聞き取れるしゃがれた声を理解し扉から離れる。やがて入ってきたのは、一つの大柄な人影だった。一瞬外の光で目が眩んだがやがてその姿をはっきりと捉えると、勇一は驚きの余り腰を抜かしてしまう。それは焚き火の側で見た影と同じ、太く長い尻尾があった。ふと彼は、過去に読んだライトノベルにリザードマンと言う種族がいたな、と思った。


「さぁて大丈夫か?立てるか?」


 出されたその手は大きく、短いがカギ爪があった。勇一は一瞬戸惑ったが恐る恐る彼の手を取り立ち上がる。グイ、と予想以上の力で腕が引っ張られ、このまま引きちぎられるのかと思った。


「よしよし、身体は大丈夫みたいだな。あー、これからお前さんを長の所に連れていく。そう緊張しなさんな、多分悪いようにはしないから」


 言葉が通じる不思議、偏見だが相手の姿形からは想像できない程に丁重に扱われる違和感。

 洞窟を出て真上からの日光を浴びながら、勇一の頭はどうにか状況を整理しようと奮闘していた。



 ***



 長の所、と言うのはつまり長の家のことだろう。今目の前にあるのは木造の古めかしい平屋だった。あばら屋と言えばそれまでだが、それでも、各所に施された幾何学な模様がどことなく気品を感じさせる佇まいをしている。

 それほど身長の低くない勇一でも扉の上枠が遥か高い所に感じられ、それが彼ら基準で建てられたものだと彼は気付いた。扉を潜るとそこは広間、目に入ってきたのは大きく歪な長方形の、いかにも手作りな木製のテーブル、そして最奥の暖炉。勿論彼らの体格に合わせたものなので間取りも家具も勇一には大きすぎる。

 丸太そのものの椅子に促されるがままに座った、彼からすればこれも大きい。


「やあ、ここの長ファーラークという。よく、眠れたかな?」


 勇一の向かいに座る巨体、刺青と装飾品の塊のような彼はゆっくりと勇一に話しかける。ここに来る途中に他のリザードマンを見たが、皆服は着ていなかった。革や骨・金属といった装飾品を身につけ、それが腰回りや胸などを隠すので、結果的に服の役割を果たしている。

 テーブルには勇一以外にも数人のリザードマンが座っていたが、彼らも外にいた者達と同様、服ではなく沢山の装飾品を身に付けていた。


「上野 勇一です。あの…」


「?」


「助けていただいて、有難うございます」


 こういう時は、とにもかくにも先ずは礼だ。向こうがどういうつもりだろうと、遭難してのたれ死にする運命から救ってくれたのは確かなのだから。


「これはこれは、君は礼儀というものを心得ているな。なあガルク、お前も見習いなさい」


「フン…」


 すぅ、と空気が軽くなった気がした。取り敢えず初手は正解のようだ。

 ガルクと呼ばれたリザードマンは、不機嫌そうに腕を組む。

 ファーラークはにぃっ、と口角をあげ話を続けた。


「そう固くならないでくれ、もともと君をどうこうするつもりなどないのだ」


 ただ…、とファーラークは続ける。

 彼が口を動かす度に、ワニのように長い顎の先についた装飾品がチャリチャリと揺れた。


「あそこで、何をしていたのかを聞きたいのだ」


 勇一は返答に窮した。正直に言ってしまって良いものなのだろうか、言ったところで信じてもらえるのだろうか。彼の中でもわからないことはたくさんあるのに、ちゃんと伝わるように説明できるのか。


「……」


 しかし下手に嘘や作り話をしたとて、それが今後のためになるとは思えない。それならいっそ…と、異世界の事、言葉の事、彼は全てを話すことにした。

 幸いなことにファーラークは口を挟まず静かに、勇一が話終わるのを聞き届けてくれた。



 ***



「ふぅ……む」


 ファーラークは考え込んだ。

 上野勇一と名乗るこの人物は、嘘を言っているようには見えない。事実、話が終わった後にいくつか質問をしてもそれほど矛盾はなかった。見たことのない素材の服装で、知らない世界の事をこと細かく話す彼に少し、いや大いに興味が湧いた。


 勇一は何度も不思議に思った。何度かファーラークの質問に答えたが、その度に周りのリザードマン達が怪訝そうな表情でファーラークと勇一を交互に見たからだ。

 一通り質問が終わると


「ははあなるほど…、なるほど、なるほど……」


 うんうんと一人納得しているファーラークは不思議そうに見つめる勇一の視線に気付く。


「いやどうも、君には不思議な力があるようだ。実は今、我々の言葉、大陸の公用語、そして古代ドラゴン語を分けて話していたのだよ」


 そんなに多言語で話していたのも気づかなかった。勇一には全て日本語で聞こえていたのだから。


「だが君は、全ての言語で答えた。特に古代ドラゴン語、この言葉を操れるものは、私を含め数えるほどしかいないはず。……だが君は古代ドラゴン語を話した」


 不思議な事だが、こちらに来るに当たって都合よく特殊な力を勇一くれた誰かがいたのだろうか。そうだとしたら、その誰かは何故自分をここに一人放置するのだろう。と、勇一は思った。

 全く釈然としないがこれ以上の答えを求めるには謎が多すぎるので、勇一は「そういうものだ」と無理矢理自分を納得させるしかなかった。


「話は変わるが……、君の話を聞くに、そちらの世界では、ええと、我々のいうブラキアや、ホラクトのような種族はいるが…」


 ブラキアやホラクト、これは勇一に最も姿形が似た種族だとファーラークは言う。会話の中で彼が説明した二つの種族の特徴はこうだ。


 ブラキアはどんな土地にも住み着き、大小様々な背丈、様々な技巧をもつ。この大陸で最も生活圏が広い種族だ。そして総じて褐色の肌を持つ。


 対してホラクトは体格が大柄で力があり、主に肉体労働に従事しているものが多いという。主に白か灰色の肌をしている。


「我々のような、例えば人狼族やラミア族といった、鱗や獣の体毛をした種族は存在しない、と」


「ええ、物語のなかには頻繁に登場しますが、あくまで架空の種族です。…あなた方のようなリザードマンも存在しません」


 ……。


 今まで勇一の世界の話について話し合っていた彼らが、勇一から「リザードマン」と言う言葉が発せられた瞬間、ピタリ、と話すのをやめ一斉に彼の方を見た。

 空気が凍った。

 静寂と、一気に視線が集まり困惑する勇一。突然、ファーラークの隣に座っていたガルクと呼ばれた者がテーブルから身を乗りだした。


「うぐっ…がっ!」


「てめぇ!今俺達の事を何て言いやがった!!」


 ガルクは突然、その大きな手で勇一の首を鷲掴みにしたのだ。

 ギリギリと締め付けられた首は気管を狭め、呼吸もままならない。身体が椅子から浮き、足は虚しく空を切る。


「うっ……あぁっ…!」


「こいつ!やっぱりブラキアだ!今ここでへし折ってやる!」


「ガルク、やめなさい」


 ファーラークは目を閉じて言う。

 枯れ枝を片手でぽきりと折らんとするように力が強くなる。ガルクの握力は強く、勇一が必死に抵抗してもびくともしない。


「勇一君、リザードマンとは、我々を見たままで言ったのかね?」


 何が悪かったのかもわからい、だが勇一は正直に答えるしかない。


「がっ…!は、い……」


 薄れて行く意識の中で必死に答える。殺生与奪の権利が相手の手に委ねられる恐怖は計り知れない。

 ファーラークは腕を組み、ひとつため息をついた。


「ガルク、離しなさい」


「親父っ!」


「二度、言わせるな」


 ファーラークはガルクを睨み付ける。それはガルクの口を封じる気迫を持っていた。


「…クソッ!おい、いいか!二度と俺達をその名前で呼ぶなよ!!」


「うぐ…っ、げほっげほっ!」


 テーブルに叩きつけられ、勇一はしこたま鼻を打った。呼吸ができることの幸せを彼は思い切り噛み締めた。


「げほっ、げほっ……ぜぇ、ぜぇ」


「勇一君、知らなかったのなら、仕方がないが…。これだけは覚えてほしい。我々はリザードマンではない」


 どっかと座るガルクを横目にファーラークは言う。彼の声の抑揚はここに来てからずっと変わらない。何事もなかったかのように勇一の目をみて続けた。


「我々は、竜人(ドラゴニュート)。その昔、空を支配した者たちの末裔だ」







読んでいただき、ありがとうございます



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