7 帰還と報告-2
ファーラークはガルクに目線を移した。
「…お、おう!」
ガルクはこれから自分にどんな決が下されるのかと身震いした。勇一の前ではあれほど態度が大きかったガルクが、親に叱られる前の子どものように背筋を伸ばし座っている。彼らがこうも畏怖しているファーラークとは一体何者なのだろうか。
「ガルク、お前には話して貰いたいことがあってな」
「…?」
「お前とサラマの二人でアレをどうやって仕留めたのか、という話だ」
ファーラークは子どもが新しい玩具を切望するような顔をした。彼にとって狩りの話というのは、何よりの娯楽なのだろうか。
だが対照的にガルクの表情は凍りついた。
「ええっ!?えーっと……」
「…?」
ガルクが動揺するのも無理はない。集落への道すがらサラマに聞いたところによると、ガルクはかなり初期の段階で獣の突進を正面から止めようとして吹き飛ばされ、あまつさえそのまま昏倒してしまったらしい。それが本当なら、ガルクは獣狩りにほとんど役に立っていないことになる。
気配でわかるほどにガルクの心が揺れているのがわかる。
ガルクはどうにかして情けない事情を話すことを回避したいのか「えぇーっと」とか「そう、そうだな…」等としどろもどろになっていたが、ついに諦めて声を絞り出した。
「……てないんだ」
「うん?すまん、聞こえないんだが」
「…なにも、してないんだ」
「…なにもしていない?」
流石のファーラークもその答えは予想していなかったのだろう。
多分彼の頭の中では「ナニモシテイナイ」と言う言葉の理解から始めているのかもしれない。
「それが……」
彼は短く説明を始めた。
それは本当に短く、ほとんど内容のない話だった。我に帰り話を聞いたファーラークなど、目を閉じ天を仰いだ程だ。
「…と、言うわけだ」
重々しい沈黙、ファーラークが言葉を発するまでに何時間もかかったような気がする。
ガルクは腹をくくったのか、じっとして目線を下に落としている。
煙草を一吸い、彼は煙と一緒に言葉を吐き出した。
「ガルクよ…、あんまりこんなことは言いたくはないんだがな」
「……」
紫煙がゆらゆらと天井まで糸を引いている。
煙草はかなり短くなっているが、彼は新しい煙草を出さずに言葉を続けた。
「お前はもう成人なのだから、独りよがりな行動は慎め。…サラマに良いところを見せたいのはわかる」
わかるがな、と彼は続ける。それは我が子を諭すような調子だった。
対してガルクは相変わらず、なにもない地面を見つめている。
「それで死んでしまっては、もともこも無かろうに。自分でなく、皆のために…」
皆のために…その言葉が聞かれた途端、ガルクの目付きが変わった。目を見開き、落とした視線をキッとファーラークに向け言い放つ。
「そのみんなってのは」
ガルクが話に割り込んだ。それがはじめての事だったのか、ファーラークは驚きの表情を隠しきれない。
「ここの皆か。それとも、外のやつらも入るのか」
「…」
ファーラークは一瞬怪訝な表情をしたが、はっとして苦々しく顔をしかめた。
空気が張りつめる。
勇一は自分とは全く関係のないやり取りが始まったからか、早く戻りたそうな表情をし、二人に聞こえないようにため息をついた。
「親父の言いたいことはわかってるつもりだ。俺は次の長だからな。てめぇの身も案じなきゃならねぇってのも、わかってるつもりだ」
ガルクは話を続けた。態度は落ち着いて見えるが、語気は強く怒りを感じる。
「皆のために、皆のためにって……。そうやっておふくろは死んじまったじゃねえか!」
「ガルク!」
ファーラークはガルクをたしなめるが、ガルクは意に介さない。
「ブラキアの奴らは、自分さえ良ければそれで良いって恩知らずばかりだった!こいつもきっとそうだ!ある日突然、礼も言わずに消えちまうんだろうよ!」
ガルクは立ち上がり声を荒げて訴える。
当の勇一は指差されて唖然とした。やはりガルクは、勇一の事をブラキアと呼ばれる種族と信じきっているようだ。
「俺はここの皆のためにならな、いくらでも働いてやるよ!」
だがな!とガルクは続ける
「俺は献身する相手を間違いたくねぇ。大事なモン無くすのは二度とごめんだ…!」
ファーラークに背を向けて歩き始める
「あ、おいガルク!どこに…」
「寝る!!」
乱暴に扉を開けると、ガルクはそのまま闇に消えていった。
残された勇一はずっと唖然としっぱなしだ。全く…と最初に口を開いたのはファーラークだった。
「見苦しい所を見せてしまって、すまないね」
「いえ…」
気にしないでください、とは言わなかった。ガルクから向けられた怒りは相当なものだ。しかし身に覚えのないことで向けられる矛先を、気にしてない等と宣える程彼は腑抜けではない。
「あの、今日はもう…」
「ああ、そうだな…。また君の話を聞きたいと思っていたんだが…。後日によろしく頼むよ」
ファーラークは精一杯の愛想笑いを勇一に向けた。勇一も他人の過去に全く興味がないわけではないのだが、いま聞き出すのは到底無理だろう。
その内、何故ガルクからこんなにも恨まれるのか折を見てファーラークに聞いてみようと彼は思った。
立ち上がりファーラークに一礼すると、年期の入った戸を開け勇一のために建てられた小さな天幕へと向かうのだった。
***
誰も使っていなさそうにもかかわらず、妙に綺麗な天幕の中、ボロボロの布の上に藁を敷き詰めただけのベッドに寝そべり、小さな器に入った乾物を口に放り込む。初日から感じていたが、綺麗な天幕とボロのベッドの組み合わせはやはり不自然、しかし彼にとってそんな事はあまり気にならないようだ。
勇一はこれからの事を考えている。異世界に来て数日、彼らに保護されたのはとても幸運な事なのだが、いつまで世話になるつもりなのだろうか。
「このままここで一生を終える、訳にはいかないよな」
だからといって彼にとって全く未知の世界を冒険する気には、中々なれない。
この世界は、彼が考えているよりもはるかに厳しいのだ。
「あの時、ガルク達と出会ってなかったら…」
所々シミのある布を身体に掛けながらぼそり、と呟く。
外では未だに喧騒は止まない。むしろまだまだ騒がしくなりそうでさえある。
しかしその喧騒ですら、彼の疲労と眠気には勝てなかったようだ。
天幕を通してもわかる月明かりを感じながら、ガルクから目の敵にされた初日の事を思いだし眠りにつくのだった。
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