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9 力の使い方-2

 ゴブリンが何故ここに。

 いつの間にかそこにいた小鬼は、そろそろ就寝を考えていた気分の二人を叩き起こした。緊張の糸が張り詰める。しかしこの状況に対する姿勢は、二人の間で大きく違った。

 勇一がゴブリンに気付かれないように身体を低くしているだけなのに対し、アトラスタはしきりに周囲を見渡している。彼女の頭が大きく動く度に、たてがみの様な赤い髪がなびいた。


「アトラスタ。バレるって……」


「ん、いや……ゴブリンは一匹見たら十匹は居るってくらい集団で行動する奴らだ。奴が一匹だけってのはあり得ねぇ」


 彼女は目の前にいるゴブリンが一匹だけではないと予想し、せめて数だけでも把握しようと努めていた。しかし伏せているとはいえ、ただでさえ大柄な多腕族が頭を上げるとどうしても目立ってしまう。森は遥か遠くに見え、まばらに立つ木々の元ですがり付くような茂みがいくつかあるだけ。周囲には背の高い草木も少なく、二人の姿を隠すには心もとない。


「奴らが居るって? まさか」


「いいや、居る。時々地面をいじくりまわす音が複数聞こえる。だが場所がわからねぇ。三、四匹なら全然問題ないが……」


 短く息を吐いた彼女が頭を下げ、勇一と顔を付き合わせる。


「『わからない』が、一番怖えんだ。まいったな、闇雲に突っ込むのは最悪手……かといってこのままで良いわけがねぇ」


「…………」


 勇一は目を閉じた。一匹だけならこれほど幸運なことは無いだろう。だが彼は、自分よりも遥かに実戦経験が豊富であろう彼女の考えを信じることにした。その彼女の話では、間違いなく複数いる。そして問題は、数がわからない。

 確認している一匹は二人に背を向けている。そこで粘ついた不快な音をたてながら地面を掘っている様子。たかがゴブリン、二人なら間違いなく始末できる。しかし迂闊に動けないもどかしさに勇一は歯噛みした。

 自分に出来ることは無いか、せめて今の状況を動かせるようなことが……そう考えた矢先に思いついたのは、やはり星魔法の事だった。


(星魔法……それが俺の知っている『死霊術(ネクロマンシー)』なら、近くに死体でもあれば行動が起こせるかもしれない。でも代償が……)


 伏せたままの彼は目を開き、今度は左手に目を移した。小指は不自然に短くなっているものの、出血も痛みも感じない。しかし使えば必ず代償が支払われるのだから、迂闊には使えない。

 しかし勇一の瞳には、淡い覚悟の光が灯っていた。


(でもこのままじゃあ、見つかるのも時間の問題だ。もしかしたらアイツが集団の一番端かもしれない。それなら最悪逃げられるかも……もし集団の真ん中に居たら……考えたくもない)


 いつかは使うかもしれない……ならば、今がまさにその時ではないか。何が出来るかわからない。しかし竜人の村から脱出した時とは違い、状況を打破できるかもしれない力を持っている。


(使わなければ、棒切れと同じ……か)


「……よし」


「うん? どうした」


 勇一は集中するために目を閉じた。魔法を使うには目を閉じなければならない、という決まりはない。強いて言えば、なんとなくそうした方が良いと彼が思ったからだ。


(女神の…………神の力だ、何でもできなくてどうする。できて当然と思い込むんだ)


 じわりと暖かい液体が、握りしめた左手のなかで生まれた。直後に襲う刺すような痛み。それが肘や肩を通して脳に伝わると、彼は目眩を感じた。しかし集中はやめなかった。


(握った枝を、親指でへし折るように。肉がへばりついた骨を、バキッと噛み砕くように)


 勇一が痛みに耐えながらも前方へ意識を向けると、閉じた瞼の裏から光が見えた。闇のなか、ゴブリンを挟んだ反対側に、光を帯びた人ひとり分くらいの霧のようなものが漂っている。それがどうしても気になっていると、勇一の意識は突如その身体を離れた。

 今までそこにあった景色から一転、そこは闇だけが支配する世界に彼はいた。まるで瞼の裏に存在する世界に精神だけが飛ばされたようだ。しかし突然のことであるにも関わらず、彼は極めて冷静だった。


(これは……幽体離脱、みたいなものだろうか。懐かしい感じがする)


 闇のなかで漂う感覚、平衡感覚はまるで役に立たず、しかし彼の意識は研ぎ澄まされた。ある一点の光る霧に向かって近づいていると感じると、本当に光の方へ進む。そんな状況を彼は平然と受け入れた。

 不思議と自身が置かれた状況を冷静に受け入れることが出来たのは、彼に既視感があったからだ。自分の身体も見えない闇の中、少し離れた場所に光が漂っている。光の正体を掴もうと、彼は既視感の原因は後回しにしてゆっくりと光に近づいた。


(冷たい光だ。ん? これは……ゴブリンの死骸!)


 氷がそのまま霧になったような光に勇一が触れる。と同時に、光の正体が頭に流れ込んできた。彼の目には同族に食いつくされた一匹のゴブリンが写った。

 それは元々やせ細った四肢から、さらに肉と皮をはぎ取った状態で転がっている。上半身しかないのは何かが持ち去ったのか、それともその場で消費されたからか……。すでに血液も抜けきったようで、断たれた胴体には赤黒い空洞がぽっかりと開いていた。

 頭部の状態もひどいものだった。頭皮はほぼめくれ上がり、耳も両方が乱暴に引きちぎられている。顔面は骨が露出して人相などあったものではなかったが、深く窪んだ眼孔に虚空を見つめる目玉が片方だけ残っていた。

 腕と目玉が残っている、これなら星魔法が使える……早速勇一は行動に移した。とりあえず光に手をかざしてみると、光はその手に吸い込まれていく。彼がいる世界で唯一の光が消えると、ここで出来ることはもうないと踏んだ彼は「戻れ」と念じた。すると身体が後ろに勢いよく引っ張られ、直後に何かの衝撃を受けた彼は反射的に目を開いた。


「おいどうした、さっきから固まりやがって……」


「アトラスタ」


「お、おう。なんだいきなり」


「あいつら、共食いするのか」


「……食えるものを食うからな。仲間を食ってもおかしくはねぇな」


 軽蔑した表情をゴブリンに向け、アトラスタは吐き捨てた。


「ゴブリンの死体があった。それを操って奴らの数を確かめる」


「いつのまにそんな……星魔法ってのは訳がわかんねぇな」


 光が自分に吸い込まれた光景を思い出し、彼はそれで準備は整ったと確信できた。なぜならすでにその頭のなかには、潰れかかったゴブリンの目を通した風景が写っていたからだ。

 早速彼はゴブリンを操ってみた。いちいち命令を出さずとも、それは彼の手足のように動き進んで行く。下半身の無いゴブリンの移動は這いずりながらのため、視線も地面すれすれだ。さらに雑草によって視界が悪い。しかし安全な場所から偵察ができると言う、圧倒的有利な状況を得たという事実は、二人の緊張を和らげるには十分すぎた。


(ゲームと同じだ。操って、見つからないように敵の位置を確認する。このゴブリンは損傷が激しいから、こっそり排除するのは無理だ。せめて数だけ……いた、早速一匹。あっちにもいる)


「俺たちからみてゴブリンの右側、五歩くらい行った所に一匹……そのすぐ近く、奥にもう一匹」


 二人からは見えないゴブリンを順調に発見して行く勇一。時々這いずる音に反応する個体もあったが、そもそも目が悪いようで距離によっては発見されても無反応なことがあった。勇一が覗いている視界もはっきりとしたものではなく、動きを見せる何かに近づき姿を確認しなければならない。きっと近眼の者はこんな世界を見ているんだろうと思いながら、十五匹目を見つけたところで偵察をやめた。二人でなら、突破できない数ではない。


「……ふう、確認できたのは今ので全部。後は見当たらない……少なくとも近くにはいない」


「ユウ」


「なんだよ……お、おい離せって」


 アトラスタは勇一の左手を取ると、凄まじい握力でその手を開かせた。真っ赤になった手のひらから、数滴の赤い雫が地面を叩く。感覚がなくなる程に強く握りしめた拳に痛みが戻ると、勇一は口元を歪めた。


「やっぱり削れてんだな」


「代償なんだ。しょうがないだろう」


「……悪いな、こんなことに力を使わせちまって」


「俺のためでもあるんだ。気にするな、とは言わないけど…………ありがとう」


 アトラスタの慈しみをもった眼差しに、若干戸惑う勇一。彼女はどこからか取り出したポワポワ草を削れた小指にあてがうと、手早く包帯で巻いた。


「お前はそこにいろ。十匹程度なら一人で十分だ」


「え? あっ……」


 勇一が止める間もなく、武器を担いだアトラスタが前方へ躍り出た。彼女は派手な足音を響かせつつ、最初に発見したゴブリンへと向かう。

 あまりの唐突な行動に、勇一はその背中を見送ることしか出来なかった。

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