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8 力の使い方-1

「どうもお前には厄介な癖があるな。もっと相手を見ろ、目を逸らすな、腕を大きく振りすぎだ、戦闘は一回武器を振れば終わりじゃねえんだぞ」


「ゼエ……ゼエ…………」


 勇一の傷がとりあえず塞がるのに、およそ一月を要した。

 幸い別の病気などを併発することなく、おとなしく塞がってくれたことに彼は安堵した。

 怪我に効くらしいダンドターロルの温泉に毎日のように入っていたのが功を制したようで、わずかな痛みこそあるものの見た目には問題なく見えるまでに回復した。毎日入浴する習慣の無い町の住人たちにとって、連日浸かりに来る勇一は変わり者に見えていたに違いない。

 抜糸には目も眩むほどの激痛を伴った。アトラスタは以前傷を縫った時と同じように彼を押さえつけ、乱暴に糸を引っこ抜いて行く。ほんの少し前、彼は年端も行かぬ少女に抱き着いて号泣したばかりだというのに、今度はラレイが見ている前で絶叫してしまった。

 怪我の治癒にはポワポワ草が一役も二役も買った。貼れば止血の効果があり、煎じて飲めば沈痛作用もある。流石に勇一の知る薬品の効果とは比べるべくもないが、それでも、何もしないよりは遥かにましというものである。

 やがて医者から怪我はもう大丈夫だろうと言われると、アトラスタはすぐにヴァパへ立つと宣言した。唐突な決断に勇一は困惑したが、ラレイは違った。彼女は落ち着き払った様子で、部屋の奥から何かを引きずり出す。それは彼女が内緒でまとめた、二人分の旅の荷物だった。

「いつもこうなんだ」とラレイは呆れ顔で勇一に話す。アトラスタはこうと決めたら、すぐにやる人だ。だからこういうのは慣れている、と。

 半ば引きずり出されるように地上に出ると、ラレイへの挨拶もそこそこに慌ただしくダンドターロルを出る。それからはひたすらに東へ向かった。

 そうして出発した日の夜のこと。適当な寝床を見つけ腹ごしらえも済ませた彼らは、修練と称した打ち合いを行っていた。


「よぉし、今日はこんなもんでいいだろう……ところでよぉ」


「…………」


 勇一の方は汗が滝のように流れているのに、そんな様子をアトラスタは涼しい顔で眺めている。体力も経験も明らかに彼女の方が上だ。座り込んだ勇一は項垂れ、肩を激しく上下させている。その手の中できらめくショートソードをじっと見ていたアトラスタは、勇一の状態などお構いなしに続けた。


「ふうむ……おい、これを切ってみろ」


「え……わっ!」


 彼女は足元から拾い上げた細長い形状の石を、突然勇一の方に放り投げる。意表を突かれた彼は咄嗟にマナンで払うと、金属が鳴らす軽妙な音が微かに響いた。直後、滑らかな切り口を携えた石が二つ地面に転がった。

 勇一からすればいつもの切れ味なのだが、そう思わないアトラスタはずいと大きな掌を前に出す。


「…………」


「ちょっとその剣、貸してみ」


「いや、その」


「いいから!」


 別に盗りゃしねぇよ、とマナンを引ったくった彼女は、迷うことなく自らの腕にマナンを食い込ませた。飛んできたゴブリンが触れただけで裂けてしまう程に、マナンは鋭い。勇一はアトラスタの腕が飛び、見るも凄惨な光景が始まってしまうと思わず目を逸らしたが……。


「!! 嘘だろ……切れて、ない?」


「やっぱり、これは魔鉄か……それも、とびきり上等な」


 彼女の腕にはわずかに切り傷がある程度だ。直前に石を両断した剣とは思えない切れ味に、勇一は驚愕した。

 その後もアトラスタは、マナンを石にあててみたり雑草を払ってみるものの、力任せに振りぬいた結果が出るだけ。本来のマナンの切れ味はまるで眠ってしまったかのようだった。


「どうして……」


「魔鉄は魔鉱石を精練して作る。通常時は鉄と同じだが、魔力を通すと硬くなる性質があってな。防具に使われる……ただ恐ろしく高価なんだ」


「高価?」


「ああ、致命傷を受ける部位にだけ使う事があるが、兵卒には絶対に使えねぇ。かなりの地位の奴が、どうしても戦場に出なければならない時に使われる……かもしれねぇ。聞いて驚け、例えば喉当てを魔鉱石で作るだけで……土地と、そこに建てる城と、そこに努める使用人に一年間支払う手当と大体同じ価値がある」


 勇一には想像できない例えだったが、彼女の表情を見るに相当どころではない価値があることは理解できた。彼女から返されたマナンを持つ手が震える。落ち着いて鞘に戻すと、思わず安堵の息が漏れた。


「まあちょっとばかし例えが大げさすぎたかな。だがまあ高価なことには変わらねぇ」


「俺、そんな物でゴブリンとかを斬ってたのか……もっと大事にしないと駄目かな?」


「馬鹿」


 腰に手を当てたアトラスタが、勇一の額を小突く。人差し指で軽くそうしたつもりのようだが、彼の脳は軽い衝撃を受けたような感覚を覚えた。


「武器ってのは使ってなんぼだ。使わなきゃただの棒きれ、美術品じゃねぇんだぞ」


「それはそうだけど……」


「それにな、さっき魔力を流せば硬くなるって言っただろ? 刀身が全部魔鉄で出来てるそれは、オレ程度の魔力じゃあ応えねぇ」


「応える?」


「ああ、オレが魔力を流してもそこらの剣と同じだ。その剣は……」


「マナン」


「そう、マナンはもっと強力な……途方もなく膨大な魔力を流して初めて真価を発揮するみてぇだ」


「……女神魔法の魔力が、そうさせている?」


「多分な。お前が持つ力は、マナンが本来の力を発揮するのに必要だってわけだな。……だが魔鉱石を武器に使うなんてなぁ。硬くなるのは知っていたが、剣に加工すれば鋭くなるなんて聞いたことがねぇ。女神魔法の魔力がそうさせているのか、しかし……」


 顎を一つ撫でたアトラスタは、自らの持つ武器に目をやった。大小様々な六つの武器は、皮製の入れ物にまとめられている。丁寧に手入れされたそれらは何年も彼女と歩み、手に取られた一つは火の光を鈍く反射した。


「ま、その剣はお前でなきゃ本来の力を発揮できねぇ、だから大事につかってやれよって事だ…………今日は終わり! さっさと水を汲んで来い」


「…………」


 勇一の手持ちは一振りのショートソードと星魔法。魔法はその特性上迂闊に使えないので、実質彼の武器はショートソード(マナン)だけだ。

 彼は剣を収め立ち尽くした。全身から吹き出す汗が風に当たり、思わず身体を震わせる。星魔法はいつか使うときが必ず来るだろう。その時のために、身体のために、出来るだけ温存した方がいいのではないかと言う、漠然とした思考が顔を覗かせる。


「……おい、どうした?」


「…………」


 いや……と勇一は頭を振った。――迂闊に使えないのだから、いざというときのために練習しておいた方がいいんじゃないか? 星魔法がどこまでできるのかを把握しておかなければ、必要なときに必要なことができないかもしれない。

 そこまで考えて女神魔法の代償を振り替えり、「やはり」と踏みとどまった。


「……一人でなにやってんだよ。さっさと行ってこい」


「あ、ごめん……行ってくる」


 ヴァパへと出発したその日の夜、アトラスタが「稽古をつけてやる」と言い出した。復讐のために強くならなければならない……常々そう思っていた勇一としてはありがたい提案だったが、いまいち彼女の言動の意図がつかめなかった。それから彼女は、六本あるうちのたった一本の腕で勇一の攻撃を全て捌ききった。結局勇一は、彼女から一本も取れないでいる。

 二つの皮袋を持って、生い茂る雑草を闇の中踏み越えて行く。すぐそばには小川があり、勇一は畔に腰をを下ろした。


(アトラスタは一体、何を考えてるんだろう……)


 彼は言いつけられたことを始める前に、冷たい水を自らの顔面に数度浴びせる。埃と汗にまみれた頭が幾分かすっきりした気がした。そして二つの皮袋を充たすと、すぐに闇に浮かぶ火の元へ虫のように向かう。


(わかるわけ無いか。そんなことより、今は彼女が与えてくれたチャンスを生かさなきゃ。少しでも強くなって…………奴を殺す)


 星魔法、竜人の誇り、そして復讐。十六の青年が背負うには重すぎるものが、彼の両肩にのし掛かっている。

 野盗と有角の男を手に掛けた感触を思い出すたび、たまに手が震えだす。脳は瞬時に氷点下まで冷えるが、彼は歯を食い縛って耐えた。そしてそれはまだ自分が人間である証拠だと無理矢理思い込ませる。

 あれこれ考えている彼の前に焚き火が現れた。炎の熱と時々枝が弾ける音が肌に当たると、安堵の感情がささくれた彼の心を癒した。

 しかし直後、勇一はアトラスタがいないことに気付いた。その場で見回してみても姿が見えない。


「アトラスター! どこに……」


「静かに! 伏せてこっちにこい」


 不快な違和感にたまらず声をあげると、声を抑えた叱責が飛んできた。とりあえず声のした方へ姿勢を低くして向かって行く。背の低い草むらには、うつ伏せになって薄暗い背景を観察するアトラスタがいた。


「アトラスタ、一体どうし……むぎゅ」


「ほうら、あれだ。見てみろ」


 不意に引き寄せられた勇一は首に腕を回され、彼女の腕と胸の間に詰め込まれた。彼女の身体から蒸発した汗が微かに鼻をつくと、彼は自らの鼓動が速くなるのを感じた。背中からは筋肉質な、顔面は張りのある柔らかい感触に挟まれ、一瞬抵抗を忘れてしまう。

 石のように固く首に巻き付いた腕を精一杯の力でどかし、差された方向に目を向ける。直後勇一の心臓は縮み、肺がからは冷たい息が吐き出された。


「あれは…………!」


 草むらの向こうで、モゾモゾ蠢く者がいる。それはひっきりなしに地面をかきむしり、雑草を根から掘り出し食べていた。小柄な体躯に痩せ細った四肢、ギラつく血走った目は落ち着きなく周囲を見渡している。何よりも二十歩程離れているにも関わらず、二人の鼻に突き刺さる腐臭。間違えるはずがない。


 ――ゴブリン。

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