6 帰還と報告-1
太陽は完全に隠れ、気温も下がり冷たい風が吹く。しかし凍えるほどではない。
こんな夜は火を起こして物思いに耽り、たまに星空を見上げたりすると、なんとなく自分が出来た人間のように錯覚してしまうから不思議なものだ。
3人で集落に戻ると、昼のガルクの様子を知っていた住人達が出迎えてくれた。皆一様にガルクが背負った獲物を見て驚いている。
自身の数倍大きな獲物を一人で背負っている姿はまるで
「まぁ、完全に漫画みたいだもんな…」
誰に話すでもなく独り言つ。話題を共有できる人がいなからなのか少し寂しそうだ。
ガルクが獣を降ろす。 ズン、と重々しい音とともに歓声が上がった。皆気持ちの高ぶりを抑えられないようで、数人の女性は駆け足で各々の家に駆けこむ。
皆、一様に「ありがとう」と感謝の言葉を口にした。彼らが被ってきた被害は、想像以上だったようだ。
ガルクも満更ではない様子で「なにかあったら、いつでも俺に」等と宣っている。まぁここで本当の事を言うのも野暮と言うものだし、サラマもそれを知ってか暖かい目でガルクを見つめていた。
皆口々に「おかえり」と手を振っていたが、そのほとんどはサラマとガルクに向けられていることをなんとなく察している勇一は、少し疎外感を感じていた。
よそ者は所詮よそ者である。思うにサラマの適応能力がおかしいのだ、多分。
「おおぉい!」
その場から離れるにしてもなんとなく切欠がつかめずにいる勇一に、声を掛ける者がいた。
その声は竜人達の壁を押しのけ、やっとの思いで姿を現す。一人の年老いた竜人だった。
「おおうあんちゃん!良かった、無事だったかぁ!」
「ドウルさん」
この髭を生やした緑色の鱗の竜人が、勇一に網を渡したドウルである。
そしてガルクに締め上げられ勇一達の居場所を話した張本人だ。
「すまねぇなぁ…、ガルクがあんまり怖い顔で来るもんだから、つい……」
パリパリと頭を掻きながら、ドウルはしゃがれた声で申し訳なさそうにしている。
肩を落としたその姿は、彼らの体格にそぐわない程に小さく感じてしまう。
「いや、気にしないでくださいよドウルさん。確かに驚きはしましたが、俺は何もされてないですし
それに結果的に言えばガルクが来てくれて良かったと思いますよ」
「そりゃあ…、どうしてだい?」
「俺の命を救ったのも、あいつにとどめを刺したのもガルクの剣です。
あいつが来てくれなければそれもありませんでしたから……」
間違いなくこれは本心だろう。ガルクが来なければもっとまずいことになっていたし、最悪帰ってこられなかった。
予想だにしていなかったことが後に良い方向に働くという話は、終わってから初めて気付くものだ。
「そうかいそうかい。まあ、あんちゃんが無事に帰ってこられたのはなによりだなぁ!」
ニカっと笑って勇一の背中をバンバンと叩く。本人からすれば労いの意味でやったのだろうが、竜人の力でたたかれると衝撃で肺の空気が全て吐き出されてしまう。
そんな勇一など気にする風もなく、ドウルは獣を見やる。
「おまけにこんな大きな獲物まで来るなんて…、当分は食料を気にしなくていいなぁ」
獣の方を見ると、既に住人総出で解体作業に取り掛かろうとしている所だった。すっかり日が沈んだというのに巨体を吊るすための櫓が組まれ始めている。
一列に薪のはいった入れ物が並べられると、火の魔法を使える者がそれに向かって順番にパチンッパチンッと指を鳴らす。すると小さな火が起こり、それがやがていくつもの盛大なかがり火へと変貌する。
女性陣は屋内から大きな包丁やら重そうな壺やらを持ち出し、男性陣は包丁を受け取り獣の身体を吟味している。これから解体を行うのだろう。
「さぁ、今日はもう疲れたろう。長のところに行って挨拶したら、腹になにかいれてゆっくり休むといい。
朝には作業も終わってるだろうし、明日はうまいものを食わせてやるぞ」
労いの言葉をかけるドウル。勇一はその言葉に素直に従うことにした。
実のところ昼に食べた果実だけでは物足りなかったし、命の危機に直面したこともあって疲労も限界だった。
動物が解体され行く様を見届けたかったが、もうそんな体力はない。
サラマの方に目を向けると、こちらに手を振っている。ガルクは彼女の隣にいるが、相変わらず彼をみようともしない。
勇一は背後から聞こえる祭りのような喧騒に後ろ髪を引かれながら、サラマ達とともに長の家へと向かうのだった。
***
「おかえり、ずいぶんと大変だったようだね」
サラマからの報告を聞き勇一に声をかける人物、地底に響くような低い声で唸るように話す竜人だ。暗い緑色をした体格は集落のどの竜人よりも大きく、ドウルほど歳はとっていないようだが、その風体からは何事にも動じない気質が見てとれる。
彼こそサラマとガルクの父親、そしてこの集落の長ファーラーク。身体中に入れられた刺青や鱗につけられた装飾品の多さは、そのまま地位の高さを表しているのだろう。体格や話し方も相まって、見る者に威圧的な印象を与える。
「ええと…、まあ…はい。なんとか帰ってこられました」
この人を前にするとどうも萎縮してしまう。
それは刺青のせいでも、身体の大きさから来るものでもない。一つ一つの所作、煙草に火をつける動作さえ余裕と実力を持った人物だと、そう思わせるだけの雰囲気があったからだ。
「あの獣にはほとほと手を焼いていたんだ。仕留めてくれたことに感謝するよ」
それから、とファーラークは続ける。
「客人を危険な目に会わせてしまったことに謝罪しよう」
ファーラークは深々と頭を下げた。突然のことに勇一は狼狽えてしまう。
全身刺青の巨漢に頭を下げられたのだから当然だ。だがファーラークにとってはそれこそ当然の事だった。
「君が集落の外に出るのを許可したのは私だ。君の身になにかあったら、それは私の責任だからな」
「頭を上げてくださいファーラークさん…、皆こうして無事に戻ってきたんですから…」
「見ての通りピンピンしてるし、私達は大丈夫よ父様!」
「サラマ、お前は自分のことを棚にあげるんじゃない」
頭をあげたファーラークがサラマを睨み付ける。さすがのサラマも思わず身を引いてしまう。
それから彼は、ゆっくりと話始めた。
「お前は私に『真っ直ぐに行って帰ってくるだけよ』と言ったな?だから湖まで行くことを許可したのだ。
確かに、確かに…、アレを仕留めたことは素晴らしかった、称賛されて然るべき成果だ。だがそれとこれとは話が別」
「ううっ…、でっでも」
「言い訳無用、明日は一日皆の手伝いをする事、良いな」
ファーラークは有無を言わせず判決を下した。続けて「もう行きなさい」と退出を促す。サラマはまだ何か言いたげだったが、彼の眼力を見て観念したのか長い首をしゅんとさせ「わかりました…」と呟きとぼとぼと長の家を後にした。
「…さて次は」
ファーラークはガルクに目線を移した。
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