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28 別れ

「準備は良いか」


「……はい」


 オーダスカが星へ還り、その晩皆は静かに過ごした。

 空が明るくなった後、何が奪われ何が残っているのかを確認し荷物を馬車に乗せる。新しく団長となったアドは他のキャラバンの者と話し合い、このままエンゲラズへと向かうことを選んだ。

 取り急ぎ必要なのは路銀。奪われても被害が少ないようにとアドは劇団の財産を分けて袋に入れていたのだが、オーダスカが殺害された際に彼の持っていた片方を奪われていたことが分かった。そしてアドが持っていたもう片方も、予想外の出費で消えてしまう所だった。


「お前もお人よしだな。自分が働くだなんて」


「あくまで、その腕輪を買い戻すまでです」


 ターンが連れてきたのは、多腕族の傭兵だった。当然仕事をすれば報酬を支払わなけばならないのだが、持ち合わせの半分を奪われたメフィニ劇団にその能力はなかったのだ。一度サウワンに戻り預けてある金銭を支払おうとアドは提案したが、傭兵に「そこまで暇ではない」と一蹴されてしまった。

 しかし二代目団長の就任早々に訪れた窮地を救ったのは、勇一だった。


「しかし、面白いなこの腕輪。魔力の込められた(つた)が、同じく魔力の入った金の飾りを包んでる。よっぽど大事に作られたんだろう」


「約束、忘れないでください。俺がそれを買い戻すまで、どこにも売らないって」


「ああ約束した。だからお前も、精々死ぬほど働けよ」


 勇一の腕輪を見た多腕の傭兵は、代わりにそれで支払うなら良いと言い出した。散々悩んだ後、劇団の皆のためならと渋々腕輪を渡す。しかし腕輪がその手に渡る際、勇一は一つ傭兵に頼んだ。それは彼自身の支払いで、それを買い戻させてほしいという提案だった。しかし彼には支払いできる分の金銭を持っていない。つまり彼に出来る唯一の方法は、自分を売ることだったのだ。

 当然アドは反対した。支払いができたのなら、それでいいじゃないかと。せめてエンゲラズに行くまでは一緒に居たいという気持ちも込めて、エンゲラズへ護衛としてついて行くアイリーンと一緒に来てほしいと。しかし勇一には無理な相談だった。あの腕輪はサラマ(恋人)を感じる唯一の品なのだと。あれと離れ離れになるのは、この身が裂かれるより辛い事なのだと少女に言って聞かせる。


「行くぞ、今立たなきゃあ夜までに戻れねぇ。しっかりついてこい」


「うっ……く。はい」


 竜人の村で数ヶ月鍛えた身体でも、持たされた荷物は重く感じた。それは近しい者の死と、それを経験した年端も行かない少女を置いていく罪悪感、そして別れの名残惜しさを一気に背負ったからでもあった。

 傭兵が言うには、これから自分たちは国境を超えるのだという。エンゲラズにあとわずかという所で正反対の方向へ向かわなければならないもどかしさに、勇一は唇を噛み締めた。

 国境の向こう、つまりは多種族同盟の支配する地。目の前の人物は「またの名を『黄金同盟ゴールデン・アライアンス』と言うんだ」と話した。


「じゃあ、アド…………元気で」


「ん。もう会うことは無いでしょうけど、元気でね」


「アド…………大丈夫?」


「何が? 死んだ恋人追っかけて、大事な人たちを放っておくようなのがいなくなったって平気よ」


「…………」


 アドは突き放すように言い放つ。一通り片付けを終え、それぞれが馬車の前に立つ。全員が勇一との別れを惜しむ中、アドだけが気丈に振舞っていた。

 少女の両手に巻かれた赤い包帯が痛々しい……その手は固く握られていた。


「ユウ、元気でね……アド、お別れを」


「フン……」


「じゃあなぁユウ……達者でなぁ」


「それじゃあ……さようなら」


 大きな荷物を背負い、傭兵の後を追う。その歩幅は勇一よりも広く、彼は小走りでついて行かなければならなかった。徐々に遠のくメフィニ劇団の皆を、勇一は何度も振り返った。距離が開く度に結び目がほどけていくような気がして、何度も歩みが遅れる。その度に息を切らせて傭兵に追いついた。


 木々の陰ですぐに街道が見えなくなったが、二人は歩き続けた。近くを流れる小川まで来ると休憩するように言われたので、ひとまず荷物を下ろす。最初に左手を見ると、削れた肉を覆うように被されたポワポワ草。星魔法の代償で半分ほど失った小指は、不思議なことに出血が止まっていた。


「女神魔法だったか、本当にあったとはなぁ。もう痛くはないのか?」


「ガージャさんがポワポワ草を沢山くれたので、しばらくは大丈夫だと思います」


「ああ、薬草の知識があるなんて助かったな。それにその草、北側には結構生えてる」


 ガージャは指の痛みにのたうつ勇一の為に、保存していたポワポワ草のほとんどを持たせた。彼は勇一に、草は炙って食べれば沈静作用があり、揉んで患部に張れば鎮痛作用があると教えた。大陸の北側には多く自生しているので、形をよく覚えておくようにとも言った。


「新しい団長さんは、これから大変だろうなぁ。親が死に、好きな男も消えた、頼りになるのは仲間だけか」


「……好きな男?」


 勇一はきょとんとした顔で傭兵を見た。傭兵はその表情を見て心底呆れたと頭を掻き、ため息をつく。


「てめぇの事を言ってんだよ。へたったお前のそばにいたあの娘、想い人を見る目だったぜ。……まさか、別れも告げずに来たのか?」


「…………!!」


 勇一の身体に電撃が走った。そう言われて、ようやく今までの彼女の行動に合点がいった。このままでは良くない……何故かは分からないが、今はっきりさせなければならないと言う強烈な思いに彼は突き動かされた。荷物を置き、傭兵に叫ぶ。


「ごめんなさい! 必ず戻ります!!」


「ぅえ? あ、おい!」


 勇一は来た道を全力で戻っていった。



 ***



「アド……」


 彼は木々の中に消えていった。ほんのわずかな期間過ごしただけなのに、彼女は彼の事を好きになってしまった。エンゲラズに着いて、彼の用が済んだら一緒になって……など漠然と考えていただけに、突然同時にやってきた父親の死と彼との別れは彼女の心を引っ掻き回した。

 思えば、ちゃんと自分の気持ちを伝えていなかった。恋人が死んで少しも経っていないという彼に想いを伝えるのは、人としてはしたないと彼女は思っていた。


「これ、ライアンが出発までに用意できなかったもの。私が持ってきた」


「アイリーン……」


 手渡されたそれは、荷物検査免除と書かれた通行証だった。隅にはマイファーニ家の家紋が彫ってある。これを門番に見せれば、わざわざ皆が外に並ばなくても都市に入ることが出来る。


「ありがとう……お母さんの為に」


「ん。ユウに色々言わなくて良かったの?」


 アイリーンは何でもお見通しか……アドは肩をすくめた。事実口づけをしても気持ちに気付かない勇一の鈍感ぶりには辟易したが、彼の頭の中にはまだ恋人がいるからだろうと無理やり理解した。それでも彼への想いは消えなかったが、しかし最後には理性が感情を制した。

 彼女はじんじんと痛む両手に視線を落とした。


「いいの。どうせ別れるんだって、わかってたし」


 でも、せめてはっきりさせてほしかった。と心の中で不満を漏らす。気付いてないならないなりに、態度に出してほしかった。しかし彼の瞳はいつまでもサラマという人物を映していて、他を見てすらいない。そんなまっすぐな所が好きだったと気付いたのは、初めからだったかもしれない。

 思い出が走馬灯のように脳裏を過ぎ去っていく。もう会うこともないのだから、出来るだけ早く忘れよう……そう決心して、踵を返した。


「ゼェッ……ゼエッ…………! アドッ!!」


(いやだわ、もう幻聴が聞こえる。そんなにユウに心残りがあるのかしら)


「アド…………」


(もう会わない、会う事もない。もしかしたら劇団が有名になったら見に来るかもしれないけど、その時私はあなたの事なんて忘れているでしょう)


「アド」


(ああでも、ユウの声を聴けるのは嬉しい。今なら素直になれそうな気がする。ユウに私の気持ちを伝えて、断ったらぶん殴ってやるの……それで)


「アド!!」


「あぁーーうるっさいわね! 人がせっかく忘れようとしてるのに、ごちゃごちゃ言うな!! ……あう」


 振り向いた直後、視界は何かに塞がれた。直後に、とても好きな匂いを感じ取る。アドが好きな人の匂い。

 勇一はアドを胸に抱き、力いっぱい抱きしめた。他の皆は邪魔してはいけないと、いそいそと馬車に隠れる。


「アド……ごめん」


「…………何がよ」


「アドの気持ちには、答えられない……俺は、まだ……うぐ」


 勇一の脇腹をアドが小突いた。本気でないが、小さな拳が柔らかい場所にめり込む。


「わかってるわよ……そうだと思ってた。あーあ、散々ね。これから大変なのに人は抜けるし、お金はサウワンだし。エンゲラズに着いたら、身体でも売って稼ごうかしら」


「そ、そんなの駄目だ!」


「なんでよ。もうあなたには関係ないじゃない。私が私をどう扱おうと勝手でしょう?」


「アド………………」


「…………冗談よ。アンタに免じて、清く正しく稼いで生きるわ。…………ああー、もう!」


「?」


 突如勇一の胸に顔面をこすりつけ始めた彼女。心配になった勇一はすっかり短くなってしまった黒髪をかき分けた。そこには真っ赤に目を充血させた黒い瞳があった。


「見ないで……見るな! 好きでもない女の子に優しくなんてしないでよ! 突き放してよ! だからアンタは…………ううぅ……うあああああ!」


 少女の涙腺は遂に決壊した。痛い程に抱きしめ、彼に顔を埋める。その表情は、ようやく表れた十一歳の少女そのままだった。


(俺は……馬鹿だ。ちゃんと伝えもせず、あいまいなままにするところだった。十一歳だぞ? 親が死んで、辛くないわけがないじゃないか!!)


「ごめん……ごめんな…………」


 今にも壊れそうな少女の身体を強く抱きしめながら、勇一も涙を流した。

 彼女は未だ萌芽にして、これからその肩に多くの物がのしかかるだろう。しかし彼女を慕い助ける者も多く現れるだろう。

 アドリアーナ・メフィニはこれから数えきれない人や出来事に支えられ、やがて地上のどこにいても見えるような大樹へと成長して行く。やがてその姿は、大陸中に知れ渡る。


 メフィニ劇団の未来に、終わりはない。








 ――――――二章「大樹の少女」 終

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